鎌倉幕府のつくりかた
一一八〇年、伊豆。
「ねえタカハシ、今日も人が来てるよ」
イチゴが庭を覗くと、武装した男たちが何人も集まっていた。
「そうですね」
タカハシは人数を数え、紙に書き留めた。
「昨日より多いね」
「増えました」
「人気者だね!」
「そういうことにしておきましょう」
部屋では、源頼朝が東国の武士たちと話していた。
平治の乱で父を失い、伊豆へ流されてから二十年。頼朝は三十三歳になっていた。その年、以仁王が平氏追討を呼びかけ、頼朝も挙兵を決めた。
「タカハシ」
「はい」
「戦になる」
「存じております」
頼朝が庭へ目を向けた。
「人を集めたい」
「すでに庭にいます」
「もっとだ」
タカハシも庭を見た。
「庭に入りません」
「場所を考えろ」
「帰っていただく案はいかがでしょう」
「却下だ」
戦が始まった。
最初から順調だったわけではない。石橋山の戦いで頼朝軍は敗れ、頼朝は安房へ逃れた。しかし、そこから再び東国の武士たちを集めていく。
一人増えた。十人増えた。さらに増えた。
タカハシの紙も増えた。
「タカハシ、また来たよ!」
「お名前は?」
「聞いてない!」
タカハシは立ち上がった。
「確認してきますね」
庭へ出た。
しばらくすると、庭から戻ったタカハシのところへ、イチゴがまた駆けてきた。
「三人増えた!」
「お名前は確認しました?」
「聞いてない!」
「確認してきますね」
「私も行く!」
「では一緒に行きましょう」
タカハシは紙を一枚追加した。
やがて頼朝は鎌倉へ入った。
鎌倉は三方を山、一方を海に囲まれ、守りやすい。源氏にも縁があり、交通の面でも東国をまとめる拠点に向いていた。
頼朝はここを本拠にした。
「ここに住むの?」
「そうなる」
「みんなも?」
「ああ」
イチゴは嬉しそうに振り返った。
「タカハシ、にぎやかになるね!」
タカハシは後ろを見た。武士がいる。馬がいる。荷物がある。その向こうから、また武士が来る。
「……そうですね」
「私の部屋もある?」
「もちろんです」
「タカハシの部屋は?」
「どこかにあるでしょう」
「近くがいいな」
タカハシは、割り振りを書いていた紙を見た。
「では、近くにしましょう」
「やった!」
イチゴが紙を覗き込む。
「ここ?」
「そこは頼朝様です」
「じゃあここ」
「厩です」
「じゃあここ!」
「台所です」
イチゴが顔を上げた。
「タカハシの部屋ないね」
タカハシも紙を見た。
「……ありませんね」
鎌倉で頼朝は、自分に従う武士たちとの関係を固めていった。土地の権利を認めたり、新しい土地を与えたりする。その代わり、武士たちは頼朝のために戦い、働く。
後に「御恩と奉公」と呼ばれる主従関係である。
当然、そのためには誰がどこを持ち、誰が何をしたのかを把握しなければならない。
「タカハシ」
「はい」
「この者の土地を確認してくれ」
「はい」
頼朝がもう一枚置いた。
「こちらもだ」
「はい」
さらに一枚。
「こっちも」
「はい」
紙が積み上がっていく。
イチゴが横から覗いた。
「いっぱいだね」
「はい」
「全部土地?」
「はい」
「タカハシの土地は?」
「ありません」
「じゃあ一個もらえば?」
「私はそんなものに興味ありません」
一一八〇年、頼朝は家臣たちを統率するための侍所を置いた。
「タカハシ」
「はい」
「侍所を作る」
「何をするところですか」
「御家人をまとめる」
「なるほど」
タカハシは紙を用意した。
数年後。
「タカハシ」
「はい」
「公文所を作る」
「何をするところですか」
「文書や政務を扱う」
「なるほど」
また紙を用意した。
「それと問注所もだ」
「何をするところですか」
「訴訟を扱う」
「なるほど」
紙を置いた。
イチゴがタカハシの顔を覗き込んだ。
「怒ってる?」
「いいえ」
「紙、強く置いたよ」
「風です」
頼朝の勢力はさらに広がった。
一一八三年には、朝廷から東国に対する支配権を認められる。
そして一一八五年、壇ノ浦で平氏が滅亡した。
知らせが鎌倉へ届いた。
「勝ったの?」
「ああ」
頼朝が答えた。
イチゴが笑った。
「じゃあ終わりだね!」
タカハシも静かに立ち上がった。
「長い戦いでした」
机の上の書類を揃え、紐でまとめる。
「皆様、本当にお疲れさまでした」
「タカハシ」
「はい」
「まだだ」
タカハシの手が止まった。
「何がですか」
「守護と地頭を置く」
タカハシは、まとめたばかりの書類を見た。
しばらくして、紐をほどいた。
「平氏、復活しませんかね」
「何を言っている」
平氏が滅びても、頼朝には広がった支配を維持する仕事が残った。同じ一一八五年、頼朝は朝廷から全国へ守護・地頭を置く権限を得ていく。守護は軍事・警察的な役割を担い、地頭は土地の管理や年貢徴収などに関わる。
頼朝が地図を広げた。
「ここに人を置く」
「はい」
「ここにもだ」
「はい」
指が移動する。
「ここも」
「はい」
さらに移動した。
「ここも」
「はい」
タカハシは地図を見た。
「頼朝様」
「なんだ」
「全国ですよね」
「そうだ」
「聞いていた話と違います」
「何と聞いていた」
「平氏と戦うと」
「勝った」
「はい」
「だから必要になった」
タカハシは少し考えた。
「勝たなければよかったとは言いませんが」
「では頼む」
「少しは否定してください」
地図の反対側から、イチゴが顔を出した。
「タカハシ、いっぱい仕事あるね!」
「ありがとうございます」
「うれしい?」
「もちろん」
タカハシは目をそらした。
イチゴが同じ方向へ回り込んだ。
「ほんと?」
「もちろんです」
反対へ目をそらす。
イチゴは満足そうに離れていった。
タカハシは地図へ目を戻した。
「……ここでしたね」
「ああ」
さらに年月が過ぎた。
奥州藤原氏も滅び、頼朝の力は全国へ及んでいった。頼朝を頂点として、御家人、侍所、公文所、問注所、そして各地の守護や地頭が結びついていく。
最初から設計図があったわけではない。
戦い、必要になったものを作り、人を置き、朝廷との関係を調整するうちに、新しい武士の政治体制が形になっていった。
ある夜、タカハシは一人で書類を確認していた。
机の端に、小さな包みが置かれた。
顔を上げると、イチゴがいた。
「どうぞ」
「これは?」
「夜ご飯」
タカハシは包みとイチゴを交互に見た。
「ありがとうございます」
「今日も遅いの?」
「少しだけ」
イチゴは机の横に座った。
「じゃあ待ってる」
「先にお休みください」
「一緒に帰る」
タカハシは書類へ目を戻した。一枚確認する。もう一枚。
少しして、筆を置いた。
「帰りましょうか」
「終わったの?」
「いいえ」
「いいの?」
タカハシは積み上がった書類を見た。
「……一晩くらいは大丈夫でしょう」
「ほんと?」
「明日、倍になっているかもしれませんが」
「じゃあ見ないで帰ろ!」
タカハシは少し笑った。
「そうしましょう」
タカハシは机の灯りを消した。
一一九二年。
頼朝のもとへ知らせが届いた。
「征夷大将軍?」
イチゴが首を傾げた。
「お父上が征夷大将軍に任じられました」
「えらいの?」
「かなり」
イチゴは頼朝を見た。
「じゃあ、今日から幕府なの?」
タカハシの手が止まった。
頼朝も黙った。
イチゴが二人を見る。
「違うの?」
タカハシはこれまでの書類を見た。
侍所。公文所。問注所。御家人。守護。地頭。
すでに何年も動いている。
「……いつからなんでしょうね」
「タカハシも知らないの?」
「作っている途中でしたので」
イチゴは少し考えた。
「じゃあ、できたってことでいい?」
頼朝が頷いた。
「いいだろう」
「やった!」
イチゴが嬉しそうにタカハシの手を取った。
「できたね!」
タカハシは積み上がった書類を見た。
「そうですね」
「これで仕事減る?」
タカハシはイチゴを見る。
「イチゴ様」
「なに?」
「それだけは、ないと思います」




