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側近タカハシ ~またですか~  作者: こんてな


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電球のつくりかた


一八七八年、アメリカ、メンロパーク。


夜も遅いというのに、イチゴの部屋にはまだ灯りがついていた。タカハシが扉を叩くと、中で小さな声がした。


「あつっ」


返事を待たずに扉が開いた。


イチゴは机の前で、人差し指を見ていた。読みかけの本の隣に、油のランプが置かれている。


「どうなさいました」

「ちょっと触っちゃった」


タカハシは差し出された手を取った。指先が少し赤い。


「至急、救急箱を。オペの準備もお願いします」

「そんなに大怪我じゃないよ!」

「しかし、跡が残ると大変です」

「ちょこっとのやけどだよ!」

「しかし――」


廊下を通りかかった父のエジソンも、部屋へ入ってきた。


イチゴはランプを見た。


「でも、倒して火事にならなくてよかったの」

「家よりイチゴ様の方が大事です」

「もうそんなに痛くないよ」

「そんなに、とはどの程度ですか」


イチゴは空いている手で本を閉じた。


「でも、倒れても大丈夫なランプがあればいいのにね」


エジソンの手が止まった。


「倒れても大丈夫で、熱も抑えられる……」

「それより、やけどを見せてください」

「パパ、作れるの?」

「つまり、油に頼らない灯りなら――」


エジソンが立ち上がった。


「タカハシ、行くぞ」

「しかし、まだ手当の途中ですので」

「自分でできるよ! タカハシ、がんばってね!」


エジソンがタカハシの腕をつかんだ。


「行くぞ」

「お待ちください。まだ消毒が――」


そのまま廊下へ引っ張られていく。


扉が閉まった。


「イチゴ様! 痛くなったらすぐ呼んでください!」

「はーい!」


研究所へ連れていかれたタカハシの前に、エジソンは電灯の資料を広げた。


電気の灯りそのものは、すでにあった。強烈な光を放つアーク灯も、白熱する素材をガラス球の中で光らせる試みも、エジソンが最初ではない。


エジソンが目指したのは、家庭で安全に使え、長く灯り、一つずつ点けたり消したりできる電灯だった。


「これを家で使えるものにする」

「なるほど」


タカハシは紙を一枚取り出した。


「まずイチゴ様の部屋からお願いします」

「まだ何もできていない」

「では、できたら最初にお願いします」

「分かった」


紙の一番上に、イチゴの部屋と書いた。


研究が始まった。


白金を使った実験では、光っても熱で傷む。空気を抜いたガラス球の中でも試したが、長く使えて、安く作れて、家庭で使えるものにはならない。


材料を変える。


作り方を変える。


また試す。


そのたびに、タカハシの机へ新しいものが増えた。


ある日、イチゴが研究所へやってきた。


「タカハシ、何してるの?」

「光らせるものを整理しています」


机の上には、糸や紙、木片、植物の繊維が並んでいた。


「これ全部?」

「全部です」

「大変だね」

「まだ大丈夫です」


エジソンが試料を一つ置いた。


「これも試そう」

「はい」


また置いた。


「これもだ」

「はい」


イチゴが空いている場所へ試料を寄せた。


「ここに置けばいい?」

「助かります」


エジソンが考え込んだ。


「人のひげはどうだろう」

「嫌です」


エジソンがイチゴを見る。


「じゃあイチゴ――」

「今すぐその辺のおじさんからむしってきます」


タカハシは立ち上がった。


「待て」

「何本必要ですか」

「まだ試すと決めていない」

「そうですか」


タカハシは座った。


イチゴが笑っている。


「タカハシ、早かったね」

「善は急げと申しますので」

「善かなあ」


材料だけではない。


ガラス球の中に空気が残れば、熱した材料はすぐに傷んでしまう。ガラス職人たちは球や管を作り、研究所では真空を作る装置の改良も続いた。


イチゴが来たとき、研究者たちはまだ装置を囲んでいた。


「今日はつけないの?」

「もう少し空気を抜いてからだそうです」


タカハシは作業台から少し離れた場所へ椅子を置いた。


「こちらへどうぞ」

「タカハシは?」

「次の部品を取ってきます」

「待ってるね」


戻ってきても、まだ光っていなかった。


イチゴがタカハシを見る。


「まだ?」

「まだです」


二人で装置を見る。


しばらくしてイチゴがもう一度聞いた。


「まだ?」

「はい」


また待った。


「まだ?」

「イチゴ様」

「なに?」

「私も聞きたいです」


一八七九年秋、研究の中心は炭素へ移っていった。


エジソンやチャールズ・バチェラーたちは、さまざまな素材を炭化させ、細いフィラメントにして試した。


そして十月。


炭化した綿糸を使った電球に、電流が流れた。


淡い光が灯った。


タカハシが時計を確認する。


「ついたの?」


声に振り向くと、入口にイチゴが立っていた。


「はい」

「成功?」

「まだ分かりません」

「ついてるのに?」

「どれくらい続くかを見ます」


イチゴは電球へ近づこうとした。


タカハシが無言で椅子を引いた。


「ここ?」

「そこでお願いします」


イチゴは座った。


一時間。


二時間。


灯りは消れない。


昼になり、イチゴは一度部屋を出た。


夕方。


研究所の扉から、また顔が覗いた。


「まだ、ついてる」


朝と同じ場所で電球が光っていた。


「はい」

「タカハシも、まだいる」

「はい」

「ずっと?」

「まだ続いておりますので」


イチゴは椅子を持ってきて、タカハシの隣へ置いた。


タカハシが時計を見る。


イチゴも時計を見る。


二人で電球を見る。


「……長いね」

「成功を願って始めたんですが」

「うん」

「成功すると帰れないとは思いませんでした」


夜になった。


それでも消えない。


十三時間半ほどが過ぎたころ、エジソンが記録を確認した。


「もっと明るくしたい」


タカハシが顔を上げた。


「今、十三時間半成功したところですよね」

「ああ」

「成功ですよね」

「ああ」

「帰りませんか」

「もう少しだ」


タカハシは時計を見た。


「帰っていいですか」

「ダメだ」


電池が増やされた。


光が強くなる。


「明るくなった!」


イチゴが顔を上げた。


その直後、タカハシが彼女の椅子を後ろへ引いた。


過熱したガラスに亀裂が入った。


研究者たちが電球を確認する。エジソンは記録を見ていた。


「次を用意しよう」


タカハシは何も言わなかった。


「タカハシ?」

「はい」


立ち上がる。


イチゴも立った。


「何か持ってくる?」

「では、私の上着をお願いします。」

「うん」


イチゴが上着を持ってくる。


「はい」


タカハシは受け取ると、そのままイチゴの肩へ掛けた。


「今夜は、もうお休みください」

「タカハシは?」

「帰ってはいけないそうです」


イチゴはエジソンを見た。


「パパ」

「なんだ」

「タカハシ、帰りたいんだって」

「終わったら帰れる」

「だそうです」


綿糸で長く灯ったあとも、改良は続いた。


木、紙、糸、植物の繊維。さまざまな素材が炭化され、試された。やがて厚紙を炭化させたフィラメントでも有望な結果が得られ、電球は少しずつ、実際に使える灯りへ近づいていった。


年末、エジソンはその灯りを人々に見せることにした。研究所だけでなく、建物や通りにも電灯が取り付けられていった。


「この線の先にもつくの?」

「その予定です」

「全部?」

「全部です」


イチゴは図面を覗き込んだ。

「見に行ってもいい?」

「私も確認に行きます。一緒に行きましょう」


二人で外へ出た。研究所の周りには、次々と電灯が取り付けられていた。タカハシが一つずつ確認して歩き、その隣をイチゴがついていく。


「ここも?」

「はい」

「あっちも?」

「はい」

「全部ついたら明るいね」

「そうですね」


十二月三十一日、メンロパークには電灯を見ようと大勢の人々が訪れた。夕暮れが過ぎると、研究所に灯りがついた。通りにも、建物にも、油を燃やす炎とは違う灯りが並び、見物人から声が上がった。


その人波を抜けて、イチゴがタカハシを見つけた。

「タカハシ!」

「お待たせしました」


二人は電灯のついた部屋へ入った。イチゴは明るくなった部屋を見回した。

「こんなに明るいんだね!」

「夜を少し、短くできるかもしれませんね」

「じゃあタカハシのお話、夜ご飯のあとも聞かせてくれるの?」

「夜更かしは美容によくないと聞きますよ」


イチゴは明かりの下で自分の手を見た。

「でも、この明かりに当たってるときれいに見えるから大丈夫だよ!」

「その理屈を認めますと、毎晩寝なくなりますので却下です」

「じゃあ少しだけ!」

「……少しだけですよ」

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