進路と彼女からの課題
俺はマンションの部屋の玄関前で深く息を吐く。季節は十二月、神代たちと遊びお互いのファーストキスを奪ってからしばらく月日が経ち、その間も休日、平日問わず涼香のサポートも受けながら勉強に勉強を重ねていた。
そんな日々の中でようやくあの事について言い出す決心がついた。
「怒られないかな・・・・黙ってたこと」
心配のあまりつい口からそんな弱音がこぼれ落ちてしまう。
「どうしたの? 天音」
「え、涼香? 今日は冬休み直前で部活ないから早く帰ってるって」
俺の横にはマンションの通路からやってきた涼香が立っていた。
俺の問いかけに彼女はあはは・・・・となんだかくたびれたような笑みを浮かべる。
「それが、部活はなかったんだけどね? クラスメイトに引っ張られてそのままスイーツ食べるのに付き合わされちゃった」
「それは・・・・なんというか、大変だったな」
そう言って俺は労いの意を込めて頭を撫でる。相変わらず人気者というのは大変な立ち位置だな、と思う。
俺が仮に涼香のような立ち位置に置かれたら、三日と持たずに逃げ出すだろう。
「それよりなにがあったの? こんな肌寒い中玄関前で立ち尽くして」
「ああ・・・・いや、それよりとりあえず中に入ろう。風邪ひくぞ」
「それ、そっくりそのままさっきまでの天音に返すよ」
「はい・・・・」
リビングには暖房の他にも、ソファーを片付けて代わりにコタツを設置していた。冷え込んだリビングが暖房で暖かくなるまでには若干時間が掛かる。
そんな時に二人でコタツに潜り込んで暖まるのが最近の帰宅後のルーティーンになっている。
「あったかー、そして眠い・・・・」
隣同士でこたつに入ると既に疲れ切っている彼女は暖まるのと同時に欠伸をして眠そうに目をこする。
「大丈夫か? 別に一度寝て起きてからでも良いんだぞ?」
むう、と彼女は頬を膨らませて俺の頬を両手でつねる。手加減しているのか痛くはない。
「・・・・なにするんだ」
「天音が先延ばしにしてること言うまで離さないから」
この流れは俺も同じことをしていい流れではないだろうか、というかしたい。
俺は両手で彼女の頬をつねってみた。もちろん痛くならないように力はなるべく込めず、引っ張るというより指でつまむような感じで。
ふにっとした感触に頬をつままれている彼女の顔があまりにあどけなく、俺は抱えていた緊張や不安が一気に和らぐのを感じた。
「分かった話すから」
「よろひい」
彼女はすぐに離したが、俺はしばらくふにふにと摘まみ続ける。彼女の目付きが段々鋭いものに変わっていったところで俺も両手を頬から離した。
「悪い、ついやり過ぎた」
「そんなに、感触良かった?」
「いや、その感触もだけど、単純に可愛かった・・・・みたいな」
「そこはもっとはっきり言って欲しいかな、でもリラックス出来たなら良かった」
お互いこたつに入りながらクスリと微笑み合あった後、俺は彼女にあの雨の日──東二さんに言われたことを洗いざらい打ち明けた。
正直、同棲生活の終了期間という二人のこれからに関わることをここまで打ち明けなかったのは完全に褒められたことではないし、何を言われても甘んじて受け入れるしかないだろう。
「天音さ、これ見て」
「東二さんとのメッセージ・・・・って」
そこには俺と話しをしたということ、同棲生活終了期間を早める宣告をしたことが書かれていた。受信日時は一週間前。
「私、少し前から知ってた」
「東二さんいつ伝えるかは任せるとか言ってたのに」
ふふっと彼女は笑みをこぼして、俺の額に人差し指を突きつける。
「天音が迷って、悩んで言い出せないのも見透かされてたのかもねー」
「──俺はやっぱり東二さんが苦手だ」
まあまあ、と彼女は軽く俺の頭を撫でてから、メッセージの存在を隠していた理由を話し始めた。
「天音が悩んだ末に出した答えを天音自身から聞きたかったんだ」
ここで言う答えというのは彼女と進路先を共にするかということだろう。
自分の身の丈に合った大学や進路を選べばもしかしたら、同棲生活は長引くかもしれない。彼女に関して言えば、もう合格圏内の学力を備えつつあるのだから。それでも俺は──。
「理由は色々ある、ここでは言い切れないくらい。ただ俺は涼香の居るところに行きたい、馬鹿だからさそういう単純な理由しか言葉に出来ないんだ」
「うん、天音のそういう馬鹿なところも魅力だと思う」
「・・・・それ褒めてるのか?」
「凄く褒めてる。でも春先かー寂しくなるね」
彼女が眉を下げて寂し気に微笑むのを見て、ちくりと胸の内に痛みが走る。
「悪い・・・・」
「ううん、最初で最後のイベントがまだいくつか残ってるしね」
「そう、だな」
湿っぽい雰囲気にはしたくないのに、どうしても俯きがちな顔を上げられなかった。
「待ってるからね私、春までに」
そう言って彼女は俺の目の前で小指を立てて見せる。
「それってどういう・・・・」
「天音からが良いから教えてあげないー」
戸惑う俺に彼女はそう言って意地悪そうに微笑むと「私、ご飯作るから」と言ってキッチンに向かって行った。
本当は薄々意味は理解してはいたが、それを言うにはもっと相応しい時期と場所があるので、俺はまだ胸の内に秘めておくことにした──。




