勝負と彼女のとっておきのお願い
「へえ、珍しいねお父さんが来るなんて」
リビング前の食卓で彼女はトーストをかじりながら、俺の話を聞いている。
俺はといえばソファーに仰向けに寝転んで人差し指を空中で回転させる動作を繰り返していた。
「俺、やっぱり苦手だな」
「ふふ、知ってる。でも悪い人じゃないんだよ?」
「それは、分かってるけどさ」
東二さんが俺たちのことや関係を考えていることはひしひしと伝わってきている。ただ、悪い人じゃなくてもなんとなく苦手だな、と感じる人ぐらい居るのだ。
涼香は「ふーん」とトーストを皿に置いて、頬杖をついて物言いたげな顔で俺を見下ろす。
「どうしたんだ?」
「天音、さてはなにか私に隠し事してるね?」
ゲホっと思わず咳き込んでしまった。その反応を見て確信に至ったのか彼女はふふんっと笑みを深める。
「分かりやすいなー天音は。どうせ聞いても答えてくれないんでしょ」
「今は、言えないかも」
こくこくと頷いて、残ったトーストを食べ切ると食卓椅子から立ち上がり、こちらに向かってきて、俺の顔の前でかがんで顔を近づける。
何事かと思った時には彼女は微笑んで俺の額に軽くでこぴんを放っていた。
「なにするんだよ」
「言いたくないなら言わなくてもいいけど、グルグル悩むのは良くないよって」
「どうして」
キッチンへと向かう彼女の背に向かって聞いた。
「天音のさっきまでの体勢に指クルクルは悩みが脳内で回転してる時の癖だもんね」
何年あなたを見てきたと思ってるの、と彼女は穏やかな笑みをこちらに向けてくる。何もかも彼女の前では筒抜けなのかもしれないと思うと途端に安心してきた。それくらい自分のことを見ている人間が傍に居ることは幸せなことなのだから。
「ん? 雪ちゃんからメッセージだ」
彼女はキッチンから手を伸ばしてスマホを手に取って物珍しそうに確認していた。実際、伏見からメッセージを飛ばすことは滅多にないくらい珍しい。
「なんか、午後神代くんも一緒に四人で遊ばないかだって」
「涼香は行きたいかって聞くまでもないな・・・・」
彼女はもう既にスマホを両手で持ちながら「どこ行くんだろ」とか「久しぶり過ぎて楽しみ」などの呟きをもらしていて、行く気満々だ。
(神代のやつ絶対伏見に押し切られたな)
そんなことを思って内心で神代に合掌する。
「それにしても、午後か・・・・」
今は朝の九時近く、伏見の指定してきた時刻までは有り余るくらい時間がある。
「ていうか、こんな土日に俺たちで出歩いても大丈夫なのか?」
「んー雪ちゃんに神代くんも一緒だし大丈夫なんじゃないかな」
「そういうもんなのか」
まあ、確かに涼香を含めて俺以外は全員クラスでの立ち位置は上の方だしそういうことなんだろう。
「じゃあ、時間まで勉強するか?」
「天音は勉強、したい?」
「したいかしたくないかで言ったらする気分じゃないな」
東二さんが言うのはこういう面の甘さも透けて見えるからなんだろうな、と俺の胸は罪悪感で痛む。
それでも、彼女はうんうんと頷いて「じゃあゲームをしよう」と意外な提案をしてきた。
「珍しいな、いつもなら有無を言わさず勉強させるのに」
「飴とムチは使い分けられる人間なのです」
ふふっと笑ってキッチンからテレビの下にある携帯型ゲーム機の元へ向かい、二台のうち一台をこちらに差し出す。
「携帯ゲーム機の方を選ぶなんて涼香にしては意外だ」
あのゲーム勝負以来、勝率の高い据え置きで遊べるゲームを彼女は好んで遊んでいたのだが。
「たまには良いでしょ、ソファーでゲームするのも休日って感じがするし」
「まあ、異論はない。今回もお馴染みの対戦形式にするか?」
彼女はこくりと頷いて、じゃあこれでと落ち物パズルゲームのタイトル画面をこちらに見せてくる。
なるほど、あくまで勝率の高そうなゲームを選ぶことには変わりないということか。
「じゃあ負けた方の言うことを聞くっていうルールで」
「よし、勝ったら涼香にカラオケ歌わせる」
歌は彼女が苦手とすることの数少ない一つだ。一度だけしか聞いたことないが、お世辞にも上手くはない。ただ彼女の歌や歌う姿には中毒性がある。
「勝てると良いねー」
それを聞いてもなお彼女は余裕の笑みを崩さない。余程このゲームに勝算を見出しているのだろう。
純粋な頭脳面では敵わなくてもゲームはゲーム俺は自分のプレイ時間を信じることにした──。
勝負は、雨が止み外からリビングに柔らかな日差しが差し込んできたお昼頃まで続いた。
接戦だった、彼女は純粋な頭脳で俺は慣れでぶつかり、最終的にはギリギリで彼女に負けた。
「あー惜しいとこまで行けたのに」
俺はゲーム機を膝に置いてうなだれる。横目で彼女を見ると「やった、危なかった・・・・」と胸を撫でおろしていた。
「それで、なにがお望み?」
うなだれた状態で俺がお願いの内容を聞くと、彼女はただ「天音」と名前を呼ぶ。
「こっち向いて欲しい」
なんだろう、と思いつつ俺は言われた通り彼女の方を向く。
そして──不意打ちのような形で彼女は俺と唇を軽く重ねた。数秒にも満たない時間の中で頭が真っ白になる。彼女の方を見ると頬を赤らめて幸せそうに目を細め、はにかむように微笑んだ。
「次は、天音から欲しいな。でも今はこれで充分」
彼女がゲーム機を片付けている最中も俺はあの瞬間の感触を思い返しては全身が火照り出すのを感じた──。




