文化祭2
「はあー疲れた」
控えの教室で俺は机に盛大に突っ伏して疲労をあらわにしていた。幸い俺のシフトの中では変な客はおらず神代のサポートもあり、なんとか乗り切ることが出来た。
「お疲れ様だな天音、まあ俺が居なかったらたじたじだったろうけど」
頭上から神代の声が聞こえる。おそらく次のシフトの生徒に引き継いであがって来たのだろう。
「こら、神ちゃん一言余計だよ」
伏見の声もしたので俺はそこで顔を上げて二人を見上げて口を開く。
「お前らは二人で文化祭巡るのか?」
俺のその問いに伏見が「もち!」っと言って神代の手を取る。対する神代もまんざらではない様子で彼にしては珍しく照れくさそうですらある。
二人は俺と涼香が中学の時から既に仲が良かったので、別に不思議な光景ではないのだが。
「そっか、なんか羨ましいな」
ついポロっと本音が漏れてしまった。俺も涼香と文化祭巡りしたいなというのは常々思っていたことではあったけど、二人にそれを言っても仕方ないのに。
「じゃあ、気落ちしてる香坂くんに効く特効薬を摂取しに行こうか。ねえ神ちゃん」
「ま、傷心してるようだし今の天音には良いんじゃないか」
「全然なんのことか分からないんだけど・・・・」
戸惑う俺を伏見は「良いから良いから」と言って立たせて神代と共にその目的地へと向かって行く。俺はその後を慌てて追った。
「いらっしゃいませ!」
元気の良い体育会系の男子に出迎えられて俺たちは自分の教室に入る。室内の客の人数は少し落ち着いてきていて、数人ほどが座っているくらいだ。
さて、何を注文しようかと迷う間もなく伏見は「あれ、お願い」と注文を取りに来た男子生徒に言って「かしこまりました」と男子は去って行った。
「あれ、で通じるものなのか?」
「天音、雪も一応学内では網も広い、何かしらあると思った方が良い」
伏見は「一応が気に入らない」と言って神代を小突いていた。
「お待たせしました香坂くん」
しばらくして聞こえてきたのはもう馴染みのあるよく通った声。料理のオムライスを運んできたのは涼香だった。
綺麗なふわとろオムライスに俺は感激と共に驚きを隠せなかった。誕生日
の時といい明らかに料理の腕前が俺に近づいている。
伏見もどうやら一緒に料理をしていて同じことを思っていたらしい。
「涼ちゃん本当に料理上手くなったよねーどこで覚えたんだろ」
「お母さんに教えてもらっただけって何回も言ってるでしょ」
「なんか腑に落ちないんだよね、ねー」
「う・・・・ほら香坂くん冷めないうちに」
涼香に話を逸らされて「むう」と頬を膨らませる伏見を尻目に俺はオムライスを頬張る。
思わず、自然と俺は涼香の方を向いて言ってしまった。
「凄く美味しいよ、涼香」
朗らかに微笑んだ後に、徐々に自分の失言に気付いた時にはすでに遅く伏見は「あらあら」と笑みを浮かべ、神代は驚きに目を丸くしている。
どうしたものか、と困っていると涼香はふっとこちらに微笑んで──言った。
「ありがとう天音」
あのやりとりを見られたのが神代とその幼馴染の伏見雪だったというのが幸いだったと思う。特に伏見は俺と涼香がまだ学校でも仲が良かった時の頃を知っているし、大きな違和感を抱くことはないだろう。
神代にもなんとか言ってくれるはずだし、彼自身そこまで他人のあれこれに興味がないタイプなので、ああそうと飲み込んでくれるはずだ。
俺は体育館までの渡り廊下を一人で歩きながら、昼下がりの空を仰ぎ見てふと思う。
(涼香と並んで歩きたかったな)
マンションの中であれだけ一緒に居て、学校でも居たいなんてワガママだろうか? まあ、思うだけなら自由だろう。
そしてあてもなく、体育館に向かって歩いているわけじゃない。もうすぐうちの高校の軽音部による文化祭ライブの時間になる。
それでも聞いて気を紛らわせようと思ったのだ。幸いうちの高校の軽音部の実力は高く耳障りになることはまずない。
体育館の中は既に薄暗く、前方のステージの照明が際立っている。どうやらもう始まる寸前のようだった。
俺はなるべく前方のステージに近いところで行けるところまで行って演奏が始まるのを待った。
「天音も聞きに来たんだね、奇遇だ」
隣に立っていたのは、エプロンを外した制服姿の涼香だった。俺は思わず溜まっていた寂しさを埋めようと抱きしめたかったがグッと堪えて代わりに始まった演奏のイントロに耳を傾ける。
「なあ涼香、この曲って」
「そうだね、私たちがソファーで聞き合ってた曲だね」
歌い始めた瞬間、体育館に居る全員が聞き惚れていたと思う。それくらい熱狂というよりかは静かに聞き入っている雰囲気になっていた。
「なんか、安心するねこういうの」
涼香はそう言ってこちらに微笑む。
「ああ、もうマンションの中に帰って来たみたいだ」
「それは、早いよ天音。でも帰ったらまた聞こうね」
その曲が終わった後も何曲か俺たちにとって馴染みのある曲が演奏された。他の観客はライブに集中しているので、俺たちが密かに手を強く握り合っていても知られることはなかった──。




