彼女のサプライズ
その日の夕飯はすき焼きだった。甘じょっぱい香りが湯気と共に食卓周りに広がる。俺が夕飯前に入浴しようとした時、エプロン姿の彼女が気合いの入った様子でキッチンに立っていたので、おそらくすき焼きとは別に何かが控えているのだろう。
「それじゃ天音、誕生日おめでとう」
彼女はにっこりとした笑みを向けてくる。改めて誕生日をちゃんと祝ってもらうのが久しぶり過ぎて、少しだけ気恥ずかしさはあるものの、目の前の彼女の笑みはどこか幸せそうで、変な照れ隠しをせずに受け止めるのが良いだろうと思った。
「ありがとう、なんか真っ先に祝ってくれるのが涼香で俺は嬉しい」
えへへっと彼女は頬を赤らめてはにかんだ。
「私が祝わなかったら誰も天音のこと祝ってくれないでしょ」
「心外だな、と言いたいところだが全くもってその通り」
悲しいことだが、これが窓際にひっそりと佇む学生の現実なのだ。正直祝ってくれる友達も居ない状態で恋人が出来て祝ってもらえるということ自体宝くじを引き当てるくらいの奇跡と言っていいだろう。
「もう、神代くんと関われるなら他の人とも仲良くなれるでしょうに」
「別に仲良くしたいと思わないから良いんだよ、涼香が居れば充分だ」
「嬉しいこと言うね、クラスメイトに天音のマンションでの言動を知られたらどんな反応するんだろう」
「う、あまり想像したくないな、気持ち悪がられそうだ」
俺たちはすき焼きを食べながら、他愛のない会話をして過ごす。誕生日の俺への配慮なのか、彼女は牛肉のほとんどを俺に譲っている。
「涼香もマンションでの姿知られたらって想像はしたくないだろ?」
「絶対に嫌だけど、あえてするなら幻滅されそう」
「別の方向で人気が出そうな気がするけど」
「どういうこと?」
彼女はきょとんとした表情で首をかしげる。いやほら皆の癒し系としてなどという言葉が喉元までせり上がって来たけど、飲み込んだ。
「なんでもない、マンションでの可愛いらしさが見れないなんてクラスメイトも損だよなって」
「天音だけに見せてるものを他人にも見て欲しい?」
その天音だけという言葉は言うまでもなく独占欲をくすぐる魔法の言葉だ。
「ありえないな、俺の特権だし」
「そうだよ、だからもっと沢山独り占めにして良いんだよ?」
「言われなくてもそのつもりだし、既にそうしているつもり」
「いいえ、足りないなって思う時あります」
「涼香の欲しがり」
そう言うと彼女はふふんっと軽く鼻を鳴らして言った。
「自慢だけど、欲しがり度で言ったら天音より勝ってるよ」
「それは、どうだろうねー」
すき焼き鍋を囲んでお互い軽口を叩きながらクスリと微笑み合っていると、それだけで空気が和んで身体が暖まるだけにとどまらず心までほぐれていく。
具材沢山のすき焼きもあっという間になくなり、メインの食事が一段落ついた頃合いで彼女は俺に一度リビングから出て欲しいと言ってきた。
「サプライズってやつかな?」
「どうだろうねー」
ふふっと微笑みながら、さっきの俺の言い回しを使ってはぐらかしている彼女に背を向けてとりあえず言われた通り、リビングから出て自分の寝室で待機することにした。
しばらくして、寝室のドアがノックされて彼女から「もういいよ」と声が掛かる。
俺が再びリビングに戻ると電気が弱められ薄暗くなっていた。
代わりにソファー前のテーブルの上に置いてある苺のショートケーキに刺さったロウソクの火が周辺を淡く照らしている。
俺は彼女の隣に並んでソファーに腰を掛けてケーキを見下ろす。
一目で手作りだと分かったのは、お店の物ほど整った感じではないのと彼女が気合いを入れていたエプロン姿がリンクしたからだと思う。
「初めて作ったから少し不格好になっちゃったごめんね」
彼女はそう言ってケーキから視線を逸らす。
「ロウソク消してもいいかな?」
「あ、うん」
ふっと息を吹きかけるとロウソクの火は一瞬で消える。
「不格好なんかじゃないよ、こんなサプライズ喜ばないわけないだろ」
むしろ、感動的ですらある。料理なんて昔はてんで駄目だったのに今は朝夕作れるようになって、俺の為にケーキまで──じんわりと胸に広がるこの熱を彼女に抱きしめて伝えたいところだった。
俺はその衝動を抑えて、ケーキをスプーンですくって口に運ぶ。
「どうかな?」
「美味しい、色々こもってる気がする」
そう言って頬をほころばせると彼女は安心したように胸を撫でおろした。
余程、ケーキに自信がなかったのか、不安だったのだろうか。
でも本人にどれだけ自信がなかろうと俺にとっては最高のプレゼントであることに変わりはないのだ。
一口二口と食べる度に甘さが口の中に広がり、これを彼女が俺のためだけに作ってくれたということに対する愛おしさでつい言葉にならない声が出てしまう。
「そんなに美味しい?」
「仕方ない、自分で食べてみな」
俺は彼女のスプーンを手に取ってケーキをすくうと彼女の口元に差し出す。
ためらいながらも彼女は「はむ」っとケーキを口に入れてほっこりとした表情になった。
「どう? 美味しいでしょ」
「うん、あとは天音に食べさせられたっていうのも大きいかも」
「つまりはそういうこと。ていうわけで次は俺にも同じことしてくれないかな?」
彼女の顔から暗さが消えて、代わりに幸せそうな微笑みを浮かべて「誕生日サービスだね」と言ってケーキを俺に食べさせた──。




