添い寝の翌朝と平日のお出かけ
「おはよう涼香」
添い寝をした翌朝、彼女はいつも通り俺よりも早く起きてリビングのオープンキッチンで朝食を作っていた。
「おはよう天音、朝食もうすぐ出来るから座ってて」
ちらりと彼女に視線を送る。
エプロン姿──なのはいつもと変わらないのだが、平日なのに珍しく制服を着ていない。そのことに若干の違和感を感じながら俺はキッチン前の食卓椅子に座る。
目玉焼きや焼き鮭の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐるのと同時に今日は珍しく素朴な和食なんだろうな、と思った。
リビングは、彼女の鼻歌と豚汁が入っていると思わしき鍋がぐつぐつと沸騰している音だけがして、匂いや彼女のエプロンをした後ろ姿も相まって新婚夫婦の家庭感に満たされていた。
それがトリガーとなったのか、昨夜の結婚確約の夢を思い出して思わず料理を食卓に並べ始めている彼女を見てしまう。
「どうかした?」
「あ、いやなんでもない。和食の朝食って久しぶりだなと」
なんだか奥さんみたいだ、なんて口が裂けても言えない。
彼女は「実はね」と言って続けた。
「今日は学校を休もうと思って」
一瞬、朝食の話と学校を休む話との間の飛躍に首を傾げつつ理由を聞いた。
「それは、またどうして急に? いや休むこと自体にとやかく言うつもりはないけど」
俺の言葉に彼女はきょとんとした表情で目を丸くした。
「天音、もしかして今日が何の日か覚えてない?」
「ん?」
彼女のきょとんとした表情が半ば呆れに近いものに変わり、俺が忘れていることを教えてくれた。
「誕生日、でしょ」
「ああ、そうか」
「全く自分の誕生日ど忘れするなんて大丈夫?」
「いや、最近立て続けに色々ありすぎてさ、自分のイベントがすっかり記憶から抜け落ちてた」
毎週のように大小イベントが起きていて、その上さらに毎日の文化祭の練習が重なってしまっては無理もないことだろうと思う。
それに、昨日は久しぶりに気持ちよく眠れて、疲れと一緒に色々リセットされているのだ。
「それは分かったんだけど、学校休んでマンションで誕生日会でもするの?」
「誕生日会はするけど、それだけじゃないよ。せっかくの誕生日だし大手を振って外出したいよね」
彼女の言わんとするところは分かった。つまり、平日の昼間であれば学生は皆学校にいるはずだから、俺たちが揃って歩いても見つかる可能性は限りなく低いということだろう。
「良い提案だな、今日の朝食が素朴なのも関係あるのか?」
「素朴で悪かったね」
「あ、いや朝食の文句を言いたいわけじゃなくてだな・・・・」
慌てる俺を見て彼女はふふっと緩めた口元に手を添えて笑みをこぼす。
「冗談だよ、朝食が軽めなのは出先で沢山食べたいから」
「あのな、すぐからかうなよ、これでも割と気にするんだから」
ふふふっと何故か彼女の笑みが深まる。
「そういうとこ、大好きだよ天音」
急にそんなことを言われて、俺は思わずご飯を喉に詰まらせそうになる。
「・・・・言うようになってきたな」
「誕生日サービスかな」
「それ以外だと言ってくれないのか?」
自分で言ってて、なんだか俺にしては積極的だなと思う。昨夜の添い寝の時間があまりに濃くて恋人として振る舞うことに少し抵抗がなくなっていたからだろう。
「天音の欲しがり」
「悪いかよ」
「ううん、いくらでも言うよ頬をこすりあった仲だもんね」
言われて、昨日の彼女の仕返しを思い出す。どくんっと心臓が跳ねるのを感じた。
「あんまり、掘り返さないでくれ・・・・ていうか俺が起きてたの気づいてたのか?」
「うん、わざと気づいてないふりしてた」
(自分も眠い中大したものだな・・・・)
「とにかく、今日は二人でズル休みしてお出かけしよう」
「とても学校での藤野涼香が言いそうにないセリフだな」
上機嫌で自室へ着替えに向かった彼女の背中を俺は苦笑しながら見送った。
──外は真夏のうだるような暑さがなりをひそめて、涼しく過ごしやすい秋の気温になっていた。
隣を歩く彼女はフリルのついたワンピース姿でいつもより全体的にふんわりとしていて可愛らしく清楚な感じがするコーデだ。
「それで、どこに行くとかは決まってるのか?」
「逆にどこ行きたい?」
そう来るか、まあ確かにこれは俺の誕生日祝いの外出だから俺の行きたい場所に行くという方針は当たり前なのだけど。
「駅近くのショッピングモールとか」
「ベタだね、でも楽しそう」
ベタという評価を貰ってしまったが、俺の脳内地図には近辺で色々楽しめそうな場所が他にないのだから仕方ない。それは彼女も同じなのか、迷うことなく「そこにしよ」とショッピングモールに向けて街中を歩く。
「くっついても良いよね天音」
言われて彼女の方を見れば、上目遣いでこちらを見上げている彼女と視線が重なる。
いつもなら逸らしていた視線を今はお互い逸らさず見つめ合っている。
「良いよ」
「やった、私こうやって天音と歩きたかったんだ」
そう言って彼女は自分の腕を俺の腕に絡ませてくっついてきた。
予想外のくっつき方に俺が驚きの眼差しを向けると彼女はふへへっとはにかむような微笑みで返してきた。
なんだか、それが無性に頭を撫でたくなるような反応だったけど手がふさがっているので堪えるしかなかった。
二度目のデートは一度目より進んだ距離で楽しめそうだな、と思わず小さな笑みがこぼれた──。




