お互いの充電
「涼香、ここ数日一緒に寝れてない気がするんだけど」
週初め以降、学校では放課後毎日のように練習が入っていて、慣れないことを強いられる日々に加えて、涼香が最近一緒に寝てくれないこともあり心身が疲弊し切ったままだった。
それは、今朝食を向かい合って食べている涼香も同じだろう。いつもはシャキッと目が覚めている彼女が、今は眠そうに目をしばたかせてプカプカと頻繁に小さな欠伸をしている。
「寝れてないのか?」
パクりっとトーストにかぶりついて何も応えてくれない彼女に俺は穏やかに聞いてみる。
「ん、あんまり。そういう天音こそ」
「なんだかな、今までお互い疲れた時は一緒に寝てたせいなのかね。そろそろ充電させてくれ」
「・・・・ない?」
彼女の声があまりに小さかったので上手く聞き取ることが出来なかった。
「ん?」
「こないだみたいなこと、言わない?」
そんなことを言われて俺はここ数日、涼香が何か警戒しているような感じで寝室に入ってこなかった理由を悟った。
「涼香次第っていうのは半分冗談だけど、何度も言えるようなことじゃないよ。今はまだね」
彼女は「そっか」と呟いて安堵したように肩の力を抜き、オニオンスープを一口飲むとホッと息を吐く。
「私もそう」
「いや、涼香は相当慣れている感じはするんだが」
そもそも、彼女は恋人になる前からスキンシップや言動が積極的だった。幼馴染ノリもあったとはいえ、元々ドギマギしてた俺とは経験値が違うだろう。
彼女はカップを見つめながら呟きに近いか細い声で言う。
「たまに、調子が乱されるっていうか・・・・それこそ天音が言ったみたいに異性としての意識が高まるみたいな」
「なるほどな」
一応納得した感じに返してみたものの、今までの普段の調子は幼馴染ノリなのかとツッコミたくなる。
(どう考えてもそんなノリじゃないんだよな)
「じゃあ、言わないように善処するよ」
「ありがと、私そろそろ登校するね」
彼女はソファーに置いてあるスクールバックを肩に掛けて、リビングを出る、と思いきやこちらにトボトボと戻ってきて俺の前に立つ。
「どうかしたか?」
「嫌とかじゃ、ないから」
一言それだけを言い残して彼女は玄関の方へ向かって行った。
言うのは控えて欲しいけど、嫌ではない。俺は一見矛盾しているような言葉を脳内でリフレインさせながら授業を聞いていた。
ただ、ほとんど無意味に繰り返しているだけで、その真意を完全に理解するには至らなかった。
それに至る前に放課後になり、地獄の時間で現実に引き戻されたからだ。
「天音、今日は特に酷かったな」
昇降口前、別れ際に神代がそう言ってポンポンと肩を叩く。
「うるさい、本調子じゃなかっただけだ」
「それだったら、常に不調みたいなもんだな」
神代は俺よりも接客練習をそつなくこなしているので、彼からしたらそう見えてしまっても仕方ないとは思う。
ただ、からかうように直接言ってくるのは鼻に付く。
「神代、少しは言い回しをオブラートに出来ないのか」
「逆に気持ち悪いだろ、そんなの」
そう言われればそうかもしれない。彼の鼻に付く言い回しは俺との距離の近さの証のように思える部分もあるのは否定できない。
「ま、お疲れ様だな。俺はこの後部活行くけど」
(元気が有り余ってるみたいでなによりだ)
じゃあな、と軽く手を振って俺は神代と昇降口で別れて下校する。
うちの街、特に学校周りには結構色々な店がそこかしこに建っていて賑やかだ。そんな街中をマンションんに向かって歩いていると、とある雑貨店の前で涼香の姿を発見した。
なにやら店頭に置かれた羽毛の抱き枕を見つめている彼女に近づいて声を掛ける。
「そろそろ寒くなりそうだもんな」
「天音、あんまりこの辺で声掛けない方がいいよ」
「それは、そうだったな。珍しい場所で見かけたからついね」
「ここは良く来るよ、それでさ」
彼女は一瞬ためらいがちに視線を泳がせてから、先ほどの抱き枕を指差して言った。
「ついでってわけじゃないけど、抱き枕お揃いにしたい」
「好きだなお揃い」
俺がやんわりと微笑むと彼女は「そういうものなの」と抱き枕を二つ抱えてレジに向かった。
実際に口に出すのはためらわれるし、控えるように言われているので心の中で呟く。
(なんか可愛いな)
むしろ控えめで恥じらいがちな時の方がドキッとさせられる場面が多い気がする。
「ああ・・・・疲れた。我が家のソファー最高」
「天音が学校でヘトヘトになってる姿、なんか新鮮だね」
彼女は両手に紅茶の入ったティーカップを持ち、俺が背もたれに全体重を預けている様子を見て苦笑する。
「まあ、普段は疲れるようなイベントがないからな、今が特別なだけ」
すると、彼女は俺の膝元に向かって横になる。
「どうした急に」
このソファーに来る前に彼女は先に入浴を済ませていた。
だからだろう、ふわっと花のような匂いが鼻腔をかすめる。
「充電かな」
「それなら俺がしたいんだけど」
「んー後で」
なにを思ってそれをしたのか正直分からないけど、俺は彼女の火照った耳たぶをムニムニと摘まんだ。
「天音、もしかして新手のいたずら?」
「かもね、充電にもなる」
彼女は膝の上で顔を微かに俯かせたので、てっきりくすぐったがっているのだろうと思っていたけど、どうやらそうではないらしい。
「悪くないかも、そのいたずら」
「なら、良かった」
俺がしばらくいたずらを続けていると彼女は仰向けになって顔をこちらに向ける。そしていつもの調子の涼香の笑みを浮かべて言った。
「満足、した? 後で楽しみだね」
ふふっと口元を手で抑えて笑う彼女を見てこれは特大の仕返しが待っているな、と悟って苦笑するしかなかった──。




