可愛い彼女の切り札
休日を勉強と戯れで過ごした後の平日は思いのほか、お互い何事もなかったかのように朝起きて、他愛のない話をしながら朝食を食べていた。
「もう、文化祭の出し物の話とかするのかな」
焼き鮭を箸でつまみながら彼女は旬な話題を切り出す。
「すると思うよ、文芸部はなにか出し物あるの?」
「ないよ、クラスの出し物だけって実はもうやんわりとは把握してるんだけどね」
流石はクラスの人気者は網が広いな、と感心する。
それと同時に仮に地雷のような物でも事前に聞いておきたいところではあったので聞いてみる。
「ちなみに何をやるの? 大体で良いけど」
「女子が料理して男子が接客するみたいな」
なるほど、ミニ飲食店みたいなことをクラスでやるということかベタだけど、男女で役割が明確に分かれているのは面白いところではある。
ただ面白いと思うのと自分がそれに進んで加わりたいと思うかは別だ。
彼女はそんな俺の心を見透かしたのか苦笑して言った。
「接客、苦手そうだね」
「正直出来る気がしないな、人気者特権で俺を戦力から外してくれないか?」
「だめ、そんなこと出来ないし出来てもしない」
「一応、理由を聞こうか」
俺が改まって問いただすと彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「天音の下手な接客見てみたいから」
下手なのが確定してるような言い方は少し鼻に付くところはあるが、事実なので、何も言い返すことはない。ただそれを見てみたいというのをその笑みで言われるのには反応せざるを得ない。
「俺の情けない姿を見て面白いのか?」
ふふっと彼女は笑みを深めて「そうだね」と言って続ける。
「天音の羞恥は蜜の味」
「え?」
(今、サラッととんでもないこと言われた気がする)
「まあそこまでは冗談だけど、案外男の子の情けなさが可愛く思える時もあるんだよ」
「よく分からないな」
そう言って俺が肩をすくめると彼女は「まあまあ」と頭をポンポンとしてくる。
「お互い頑張ろうね」
最後は彼女が満面の微笑みでそう言って朝食の時間は終わった。
彼女の言った通り、その日の放課後に行われたクラス集会では朝話した出し物が発表された。
詳細は色々あった気がする。しかし、その後突然始まった接客練習で散々な目に合った俺は、よろよろとマンションの部屋に続く廊下を歩いているうちに詳細な説明のほとんどがこぼれ落ちた。
マンションのドアは鍵が掛かっておらず、一瞬不審に思ったが、疲労がピークの俺は早くリビングのソファーのぬくもりにダイブしたい欲求が勝りそのまま中に入った。
「残念、ソファーは私が占拠中」
リビングに入ると、もう既に帰宅して部屋着に着替えた涼香がソファーの上にうつ伏せに寝そべって、クッションに顔を埋めている。
「どかないと、くすぐる」
「やれるものならどうぞ」
俺はその場に立ったまま唇を噛む。彼女はもう日曜日の弱い藤野涼香ではないのだ。そして俺は強い香坂天音ではない。
「はあ、分かった寝室で少し寝て来るよ」
ため息交じりにそう言って寝室に向かう、俺を彼女はちらりと見るとクッションを両手に抱えたまま、トコトコついてきた。
「なんでついてくるんだ」
「お疲れみたいだから、一緒に休もうかなって」
「良いよ、涼香もソファーで休んだら」
「本当に?」
その声色に振り返ると彼女は瞳を揺らがせてクッションをキュッと抱き、上目遣いでこちらを見つめてくる。
「私は一緒にお休みしたいのに?」
(この表情、本当に打つ手がない)
「分かったよ、夕飯時まで休もう」
パッと目を輝かせてから「ありがと」と呟く。
「全くただの幼馴染の時はそんな顔見せなかったのに」
「不満?」
ここで一矢報いるべきかもしれない。俺は上目遣いでこちらを見上げる彼女の方を向いて言った。多分、二度三度は言えないこと。
「ちょっと可愛すぎて困るっていうか、切り札に使われると異性としての意識が高まってしまうというか」
「かわ、可愛いの?」
「逆に意図的にやってるんじゃないのか?」
彼女は赤らんだ顔を左右に振ってからまたこちらを見上げる。
「・・・・可愛い、正直あまり直視出来ないくらい」
俺はそこまで言うと限界が来て視線を逸らす。
彼女はなにを思ったのか抱えていたクッションで俺をポスポスと叩いて言った。
「天音だってそんなこと言わなかったのに」
顔を赤らめて必死にクッションを振る姿があどけなさを感じさせて、一周回って微笑ましい。
「そんな武器じゃダメージは入らないぞ」
「こ、こうしてないと天音が言ったことループしちゃうから」
一旦手を止めたが、またポスポスとクッションをぶつけてくる。ちょっと今のは俺に効いたかもしれない。
どうやら、彼女の弱点は正面から可愛いと言われることらしい。
(諸刃の剣だな、正直)
俺は彼女を静めるために頭にポンっと手のひらを置く。
ピタッとクッションを振る手を止めた彼女を撫でれば、またキュッとクッションを抱きしめて大人しくなった。
「じゃあ一緒に休むか?」
「買い出し、買い出し行かなきゃ」
「食材はあると思うけど」
「ちょっと外歩きたい気分だから」
彼女は「着替えなきゃ」と言ってそそくさと自分の部屋に向かって行った。
(あんなに効くと思わなかったな)
俺はグッとその場で背伸びをする。なんだか身も心も軽くなった、そんな錯覚を覚えるほどには振り返ると微笑ましいやりとりだった。




