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休日のお昼寝攻防

「はあ、疲れた。まさか土曜の昼間からこんなスパルタに勉強させられるとは」


 土曜日、朝早く叩き起こされた俺は、既にシャキッと目が覚めていた彼女によって口にトーストを差し込まれ、一体何事かと思いながらとりあえず口に運ばれたものをモゴモゴと噛み、飲み込む。


「今日から来年の受験まで休日はみっちりやるよ天音」


 宣言するように声を上げたかと思えば、リビングのテーブルを指差す。

 見ると、大量の参考書が積まれていた。思わず口からうめき声が出そうになる。


「全部やるのか・・・・?」


「出来るだけ満遍なく」


 彼女の普段の微笑みはあどけないものだが、今浮かべている笑みを有無を言わさない圧のようなものを感じる。


「わあ、楽しみだな・・・・」


 言葉とは裏腹に声のトーンはか細く正直だった。


 それでも、来年彼女と同じ大学を目指しているのは事実、これくらいこなせないようではかすりもしないのが現実だ。


 俺は抵抗することを考えず黙って椅子に座ってペンを持った。


「素直な生徒でよろしい」


(これから休日は彼女が先生か)


 指定された問題を淡々とこなしていく、分からなければ聞いて、また解くその繰り返し。手を止めないのがコツだ。もし止めてしまうと動かすまで余計なコストが掛かるからだ──。




「お疲れ様だね、一旦お昼休憩にしようか」


「涼香さんや、初受験勉強ということで午前で終わりというのは」


「ない」


(ああ、これは今日寝るの遅くなりそうなやつだ)


 俺は疲れか、あるいはこの先を思い浮かべての絶望か机に突っ伏す。

 休日の平穏な戯れはもう出来ないのかと肩を落とした。


「あれ、涼香」


 突っ伏してる間に目の前から彼女が消えていて、代わりに寝室の方から物音が聞こえてくる。


「お昼寝、お昼寝」


 鼻歌まじりそんなことを言いながらいつの間にかパジャマ姿になった彼女が布団を抱えてリビングに入ってくる。


(ああ、確かに休日のこの時間帯はお昼寝タイムか)


 しかし、彼女がいつもお昼寝する時は別の寝室で抱き枕を抱えて寝ることが常であったはずだが。


「突っ伏してないで天音も手伝って」


「あ、ああ悪い」


 慌てて立ち上がり、ソファー前の机をどかして布団を敷く。そこに彼女は二つの枕を横に並べて片方に頭をのせる。


(これは一緒にお昼寝しようということだろうか)


 疲労はあるが、眠気は全くない俺だったが、これも良い機会だろうと思って彼女の横に寝そべると目の前に彼女のうとうとした顔が現れ、ゆっくりとした息遣いを感じる。


 その顔の破壊力に俺は思わず反対側を向いてしまう。


「どうしてこっち向かないの」


「理性を保つための防衛だ」


 彼女が「むう」っと不満げに唸っているのが聞こえたけれど俺は体勢を変えるつもりはなかった。


 添い寝は結構してきたけど、たまに理性の保ち方が分からなくなり、顔を見ないようにして寝ることが多い。


 やがて寝息が耳に入り、どうやら彼女は大人しく寝てくれたらしいと安堵していた時だった──。


 スッと背後から手を回されて彼女が俺の身体を包み込む。ここまで密着すると、とくんとくんっと彼女の規則正しい心臓の鼓動まで伝わってくる。


「油断したでしょ」


 彼女は耳元でどこか勝ち誇ったように言った。


(なるほど、寝息はフェイクというわけか)


「出来れば、早急に離してくれるとありがたいんだが」


「嬉しくないの?」


「嬉し過ぎるから離して欲しいんだ」


 彼女の心臓も俺の心臓も鼓動が早まっている。エアコンの下なのに暑い。


「私は勇気を出してるのに、男気ないね天音って」


 その言葉はどこか、誘ったり煽ったりするものではなく寂しさを含んでいるような気がした。


 いつもは抱いてる枕を持ってこなかったということは最初から彼女はこうするつもりだったのかもしれない。


(腹をくくろう)


 俺は、身体を彼女の方へ向ける。案の定、瞳は揺れていてしょんぼりしたような彼女の顔が眼前に現れた。


「今日だけな」


 俺は自分の腕を彼女の背中に回してゼロ距離まで引き寄せる。


「ふえ」


 彼女の身体が余計に火照り出すのが伝わってきて、同時に俺は押し寄せる理性の破壊をもくろむ因子を振り払い続ける。


「感想は」


「う、うんちょっと心臓に悪いかも」


「そうか、じゃあ健康のために離す」


 そう言って腕をほどこうとすると彼女に「大丈夫だから」と言われ、赤らんだ頬にうるっとした瞳で見つめられ、思わず視線が泳いでしまう。


「分かった離さないから、目を閉じて寝てくれ」


「うん、そのありがと」


 そうして今度こそ彼女が眠りに落ちたのを確認すると、俺は腕をほどいて精神を落ち着ける。


 土壇場でやってしまったけど、これを当たり前に出来るようになるのはまだまだ先の話かもしれない。


 とにもかくにも、彼女が起きて勉強を再開する時までに心臓の高鳴りを静めなくては──。

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