夏休み明け初登校
最後の最後、ハプニングはあったものの大満足な夏休みが明け、これからまた学校に通う毎日が始まる。
(憂鬱だ)
夏風邪から俺は一日で復活して、こうして昇降口前の並木道をとぼとぼと歩いている。風邪が治ることはもちろん良いことだし、自分のせいで彼女まで休ませてしまうのは気が引ける・・・・のだが。
時期はまだ八月の末、空は雲一つなく晴れ晴れとしていて肌を焼くような日差しがカンカンと降り注いでいる。
額の汗を手持ちのハンカチで拭いながら、もう既に長期休みと涼しいマンションが恋しくなっていた──。
「よ、天音って流石に休み明けなだけあっていつになく顔が辛気臭いな」
教室に入りいつもの窓際の席に着くと既に前の席の神代が居て、こちらに軽く手を振りながらそんな挨拶をしてきた。
「実際、憂鬱だからな」
「どうせ落差を感じるほど、充実した休みを送ったわけでもあるまい」
言われて、俺はこの夏休みの間に起きたことを思い出す。充実? そんな言葉では言い切れないほどだ。奇跡の時間だったと言ってもいい。
「天音、何かあったな? 顔がほくそ笑んでるぞ」
「さて、あったって言われればそれはもう、聞きたいか?」
まあ、話す気もないし、許可なく話せる関係でもないのだが。
ただこの神代という男はそもそも興味を抱くことはないだろう。
「俺は例え親友のことでものろけ話に興味はない」
「へえ、親友だと思ってくれてたんだな」
俺がそう続けると、神代は「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いて呟いた。
「例えだ」
神代と久しぶりに会話の応酬を繰り広げてから、ふと視線がいつも通りクラスメイトに囲まれている彼女を捉える。
「天音、なんか藤野さんを見る目変わったな」
「そうか?」
「ああ、今までは遠い目をしていたのに今はなんだろうな・・・・」
しばらく、神代は俺のことを直視し続けてから続けた。
「まるで、すぐ近くにあってそれを愛でるように見ている感じだ」
俺は思わず唾を飲み込む。これには流石に動揺せざるを得ない。
「・・・・俺はお前が怖いよ」
何年の付き合いだと思ってるんだよっと神代が返すと同時に一時限の授業が始まるチャイムがなった──。
神代に感づかれていないか、と一時限や二時限は気が気でなく授業の方は上の空だった。
しかし、流石というか休み時間に入った時には朝の雑談など彼の頭には残っていないようでホッと胸をなでおろす。
同時に学校で彼女が他の男子に気さくに話しかけられていて、彼女の方も微笑んで応えている様子を見ると胸中にモヤっとしたものが漂い始めていた。
嫉妬というやつだろうか? いや単に俺も学校であんな気さくに彼女に話しかけたいなという羨ましさや願望に近いものだろう。
──昼休みになる頃にはその思いは一層強くなっていた。
彼女が甘いのはマンションの中だけなんだ、と頭では分かっているのだが困ったことにそう割り切れないところもあるのだ。
いつも通り、一人でお弁当を食べようとした時だった。制服のポケットに入れてあるスマホが震える。
『屋上、来れる?』
彼女からのメッセージ、屋上というと確か普通は立ち入り許可を貰わないと入れないはずだが。
『許可ならもらってる』
どういう頼み方をしたら立ち入り許可がおりたのか、彼女は良いとしても俺まで良いのかなど不安な点はあるものの、他ならぬ彼女からの提案を断ることなんてありえない。
『すぐ行く』
そう一言だけ返信してから、俺は教室を後にして、三階の屋上の入り口に向かった。
屋上の扉の鍵はかかっておらず、俺はそのまま重い扉を開けて外に出る。
眼下の街全体がパノラマのように視界に飛び込んできて、日差しを受けて思わず目を細める。
「良かった無事に合流できたね天音くん」
聞き慣れた声の方に視線を向けると、屋上の地面に腰を掛けてお弁当を開けている彼女が居た。
「どうして、それに天音くんって」
「学校だとくん付けの方が馴染むから、それに私ずっと気づいてたよ」
「なにを?」
答えはもう分かり切っているけれど、一応聞き返す。
「私にずっと寂しそうな視線向けてたでしょ」
「それは・・・・だな」
「だから、そんな天音くんのために屋上借りました」
なんでもないことのようにさらりと言っているけど、大丈夫なのだろうか。
「今回だけ、私も神代くんが羨ましかったし」
「あれが?」
彼女はクスリと笑ってからたしなめる。
「あれとか雑な呼び方しちゃだめだよ、天音くんと親しい数少ない友人さんなんだから」
「どうせ俺は涼香みたいに人に好かれるタイプじゃないよ」
俺がそう返すと、彼女は少し不安気にこちらを見上げる。
「まあ、冗談だよ。そうだよな気を付ける」
お弁当を地面に置いて、彼女と向かいあうように座り、さっそく蓋を開けておかずをあらわにすると、むうっと頬を膨らませてた彼女が「意地悪にはウィンナー没収の刑」と言って俺の弁当箱のたこさんウィンナーを根こそぎ奪っていった。
「お、おお。きついことするね・・・・」
俺は弁当のおかずの中でもウィンナーが大好物で他のおかずを減らしてでもより多く詰めている。
がっくりとうなだれる俺に彼女は苦笑しながら「ごめん」と一言呟いてウィンナーを元に戻した。
その後は二人で他愛のない話をしながら青空の下お弁当を食べ進める。
「これが星が出て誰もいない夜だったらな」
そんなことを呟くと彼女はジトっとした目を向けて言った。
「いかがわしいことでも考えてる?」
「誰も居ない夜ってとこだけピックするな」
「ふふ、冗談」
そう言って微笑むと、彼女は空を仰ぎ目を細める。
「そんなシチュエーション、憧れるね」
「まあ、中々叶わなそうだけどな」
彼女は「そうだね」と寂し気に微笑んでからこちらを向いた。
二人共お弁当は完食していて、あとは教室に戻るだけだ。
「気は紛れた?」
「おかげさまでな、しかしよく分かるもんだよな」
「何年幼馴染やってると思ってるの天音くん」
彼女は最後に神代と同じ言葉を言って立ち上がる。
お昼の時間終了のチャイムが鳴り響く。
夏休みが明けてしばらくすれば、毎年恒例の文化祭の準備が始まる──。




