彼女にされる看病
眠りから意識が戻り始めていた。まだ視界はぼやけているが、聴覚ははっきりとしていて、朝を知らせる雀の鳴き声が耳に入って来る。徐々に視界もはっきりとしてくると閉め切っていないカーテンから漏れ出す陽の光を背景に彼女の顔が映っていた。
俺の頭には彼女の手のひらが置かれている。まるで久しぶりかのように感じるぬくもりは額から全身にジーンと染み渡る。手のひらが動かないのは彼女自身がベットの上で座りながら寝ているからだ。
あの後、きっと飛んで帰ってきて傍に居てくれたのかもしれない。俺は自分の手で彼女の頬に触れる。風邪の状態では好ましくない行動ではあるが、彼女的に言うなら隣に座っている時点で同じだ。
頬は思いのほか柔らかくて軽くさするとスベスベとしているのが分かる。
「・・・・」
彼女はくすぐったさを感じたのか言葉にならない声を小さく上げて瞼に少し力を入れた。
彼女のこの小動物のようなあどけなさはただの幼馴染だった頃よりも愛おしさを感じさせるところだ。
(安心するよありがとう)
心の中でそう呟いて、頬から手を離すと二度目の眠りについた。
次に目覚めた時には彼女はベットの上ではなく俺が横になっている隣にある椅子に腰を掛けていて、なにやらりんごの皮をむいていた。
「なんか、ベタなシチュエーション」
「悪かったね、意図してるわけじゃないよ」
「今は何時頃だ?」
「お昼の十二時くらい、なんだか寝顔が穏やかすぎて眼福だった」
それは朝の彼女のせいだろうと言いかけたが、やめておいた。
代わりに軽く上体を起こしてみる。昨夜ほどは重くないが、まだダルさは残っているようだ。
彼女はりんごの皮むきに集中していてずっと顔をうつむけていた。
風邪の時は誰だっていつもより寂しくなる。俺は今朝のことを思い出してから、彼女の名前を呼んだ。
「涼香」
反応して彼女はうつむいた顔をこちらに向けると、不意に名前を呼ばれて驚いたのか目をぱちくりさせていた。
朝のように俺は彼女の頬に触れた。一瞬「ほえ」っとさらに驚いたように声を出してから徐々に触れている頬が火照り出すのを感じる。
「風邪の時の天音はこういうことしても平気そうだね」
「寂しいからな」
「風邪、うつっちゃうよ」
「そうだなやりすぎも良くない」
明日は登校日だしな、と言って彼女の頬から手を離す。
「治らなかったら、私も休むよ」
なんなら、と彼女の方から俺の頬に触れてきた。額よりもダイレクトに彼女の体温を感じる。
「うつしてくれてもいいよ」
「こら、気持ちは嬉しいけどそしたら看病する人がいなくなって、綾香さん辺りを呼ぶことになるぞ」
「それは嫌だな」
でも、と苦笑しながら彼女は続けた。
「昨日のこともあるし、なるべく一緒に居たいかも」
「それでも、寝る時くらいは別室の方が良いと思うよ」
彼女は頷いて椅子から立ち上がると「お粥あるから」とキッチンの方へ向かって行った。
お粥を食べた後、また急激な眠気に襲われた。起きて彼女と話していたいけど、身体はすぐにおやすみモードに入ってしまう。
「今日は寝れるだけ寝て、心配しなくても元気になったら沢山話せるから」
私は逃げないよ、と微笑んで横になった俺に彼女は布団を掛ける。
そして、俺の隣にぽん太を寝かせた。
「良いのか?」
「あんまりに寂しそうだから特別、抱いたりしたら駄目だよ?」
「しないしない、悪いな気を使わせて」
「お互い様だよ、おやすみ天音」
俺はその言葉を聞き終えてから迫る睡魔に身を任せて眠った。
数年ぶりにされる看病に俺は一瞬、時間が巻き戻ったかのような懐かしさを覚えた──。




