デート当日2 さらに縮まる距離
高速道路に入ってから約一時間半後、それまでぽつぽつと会話していた彼女が話さなくなり、いよいよ眠くなってきた頃だろうかと思っていると、こつんと二の腕辺りに彼女の頭が乗っかる。
彼女は目を閉じ、抱き枕かかえて眠っていた。香水の甘い匂いが鼻腔を掠めて少しドキッとしてしまう。
「上手くやってるんだな天音」
父さんはバックミラー越しにその様子を微笑ましそうに眺めて言った。
「まあね」
彼女を起こさないように俺たちも水族館まであまり会話らしい会話はしなかった。マンションの中なら彼女を撫でていたかもしれないし、実際しそうになったけど、そこは耐えるしかなかった──。
「うお、なんか思ってたより大きいね」
目的地の水族館に到着し、終わったら連絡するからと父さんに伝えて、寝
ている彼女を揺り起こして車を後にする。
「まあ、割と有名な所だからな」
入口の自動ドアをくぐると、日差しの強い外とはまるで違う景色が広がっている。
「美味しいところを先に食べさせる作戦か」
「だな」
館内は照明がかなり控えめで薄暗い。そして最初のエリアで既にこの水族館の目玉である発光クラゲが展示されていた。
丸型の水槽にプカプカと浮かび淡い青色の光を放っている。
「わあ、綺麗・・・・っていうかなんかカップル多いね」
彼女はクラゲに目を輝かせながら、周囲の様子を見る。
「まあ、有名ってそういう所としてだしな」
周囲にはエリア全体に点々と設置されている水槽を手を繋いだ男女が眺めている姿が見られる。
流石はデートスポットとして名前があがることだけはある。
彼女はと言えば上下するクラゲを小さな口を微かに開け、目で追っていた。
一歩後ろから俺はその様子をスマホのカメラで撮る。
「なに撮ってるの? 見せて」
スマホを俺の手から素早く取り上げると彼女は「なにこれ」と俺にスクリーンを見せてくる。
そこには先ほどの表情の彼女がクラゲの光に淡く照らされている顔が映っていた。
「いや、その中々可愛かったからつい・・・・ね」
「私には自分がほうけている写真にしか見えないんだけど」
「それが、ほら可愛いんだよ」
彼女は腑に落ちないといった感じで、俺は先ほどから自分が可愛いと連呼していることに気が付き気恥ずかしくなる。
ただ、そのおかげで、何かが自分の中で吹っ切れて次の瞬間には俺は彼女の手を取っていた。
「俺らも手を繋いで行かないか?」
そう言った時、彼女の瞳がきらりと輝いて見えたのはクラゲの発光のせいだろうか。
「元々そのつもり、積極的でいいね」
「まあ、たまにはな、されっぱなしもあれだし」
積極的と言われたのが妙に恥ずかしくなって俺は彼女から視線を逸らす。
彼女はふふっと笑みをこぼすと軽く握っていた手を強く握り返した。
「そこで恥ずかしがるのはまだまだ、だね」
「やっぱりか?」
彼女のようなタイプはやっぱりもっとスキンシップがスムーズな男子が好みなのだろうかと少しだけ肩を落とす。
「でもそういう所、付き合う前から好きだったよ可愛い」
俺はその言葉と彼女の幻想的に照らされた微笑みにさらに顔が熱くなる。
「仕返し、次行こう天音」
その後はしばらく小さな水槽が並ぶエリアが続き、時々目立つ魚が居れば立ち止まり眺める。そうして館内の奥へと進んでいく、するとトンネル型の水槽の入り口らしきものが見えてきた。
「いよいよここが最後かな」
「なんか凄そう」
彼女と俺は入り口から漏れ出ている青に吸い寄せられるようにトンネルの中に入る。
まるで水槽の中に入ったような錯覚を覚えた。百八十度、色々な魚が泳いでいて巨大なプラネタリウムを見ているようだ。
隣の彼女はただ口を開けて目をいつもより少し開きその景色に見入っていた。ゆっくりトンネルの中を歩いて進む、館内に流れるピアノの曲の旋律がこの特別な時間と景色をより際立たせていた。
「言葉が出ないな」
俺がぽつりと呟く。
「本当にね」
彼女も短く返す。そして気が付けばお互いが手をさらに強くしっかりと握っていた。
沈黙の時間が距離を縮めることがあるのだと俺はこの時初めて知った──。
「イルカのぬいぐるみ可愛い」
トンネルの水槽を抜けて、俺たちは館内のお土産コーナーに立ち寄っていた。彼女はそこに売られているイルカのぬいぐるみが大層気に入ったらしく、早速両手で抱き、その抱き心地を確かめている。
「浮気したらぽん太が悲しむぞ」
俺が冗談交じりにそう言うと彼女は「そうかな」と続ける。
「ぽん太も新しいお友達が出来て嬉しいと思うけどね」
「まあ、それもそうかもしれんな」
結局、彼女はイルカのぬいぐるみを買い、俺はキーホルダーを二つ買って彼女に一つ渡した。ガラスで出来たこれもまたイルカがモチーフ。
「これってもしかしてくっつけるとハートになったりする?」
「さあどうだろうね」
なるかも知れないけど、人前でやるのは少し恥ずかしく、俺は流すことにした。
水族館を出て父親に連絡した頃にはもう夕方近くになっていて、駐車場から見える海の水平線には夕陽が顔を出している。
「今日はありがとう、最高の誕生日だった」
「それは、良かった」
サーっという波の音と共に海風が吹き俺たちの髪をなびかせる。
ふと彼女の方を見ると目が合った。
「天音──」
船の汽笛の音で天音の後の言葉を聞き取ることは出来なかった。ただ彼女の夕陽に照らされた頬は赤らんでいて、口の動きから彼女が「好き」と口にしたのかもしれないと思った。
「もう一度言ってくれないか?」
俺が頼むと彼女は首を左右に振って微笑む。
「運が悪かったね」
「まあ仕方ないな」
クスリとお互いに笑みをこぼしていると黒のワンボックスカーが駐車場に入ってきて初デートは終わった。
あの時の言葉をはっきりと聞けていれば満点だったけれど、それでも思い出に残る一日になったのは間違いない──。




