線香花火とデートの予約
メッセージに返信してから、彼女の分の夕飯にラップをして後で暖めて食べられるようにしておく。
(さて、どうするか)
途中で彼女が帰ってくる危険性はあったけど、こういうのは忘れないうちに済ませておいた方が良いだろう。
スマホを手に取り、ブックマークしておいた水族館のホームページを開くこの水族館は多少距離はあるものの、館内の雰囲気が良く特に発光クラゲの水槽やドーム型の水槽が人気で夏のデートスポットとして有名なところだ。
俺がここをマークしていたのは実は結構前になる。
いつか、彼女と行けたら良いだろうなと片思いしていた時にブクマしてあった所だ。
夏休み中に彼女の誕生日がある。チケットを取るならその日だ。
現地で取っても良いのだが、万が一を考えて事前に二人分取っておく。
「よし」
俺は小さくそう呟いてスマホを置く。
いつもの白地のワンピースの彼女が大きな水槽や発光するクラゲに淡く照らされている姿を想像すると胸が高鳴る。
念願の初デート、これで頬が緩まない男子は存在しないだろう。
(喜んでもらえるといいが)
いや、彼女的に言うなら喜ぶ姿を想像するべきか、やっぱり頬が緩む。
「ただいま帰りました天音」
玄関から入り、リビングに現れた彼女は額に汗を滲ませて疲労困憊といった様子だ。
「大丈夫か? 今麦茶入れるから」
「ありがと、助かる」
「お、今日の夕飯ハンバーグだったんだ、私食べて来ちゃってというか食べ
させられて・・・・」
「それは、なんか元気なお友達だな、まあ夏だから分からんけど明日まで持たなかったら仕方ないな」
「悲しい」
ポツンと一言口にすると彼女は落ち込んだようにうつむき、冷めたハンバーグを眺めていた。
俺は麦茶を彼女の前に差し出すと、彼女の頭を撫でて言った。
「まあ、でもなんだ、俺たちの関係が進展した税だと思えば、一夜くらい晩御飯別々でも安いもんじゃないか?」
元をたどれば、彼女が花火大会を抜け出して俺の元に来たのが始まりなのだが、それがなかったら俺が水族館を予約することもなかったのだ。
「それもそうだね、じゃあスイカは一緒に食べよう私切るよ」
「大丈夫か? 相当食わされたんじゃないのか?」
「果物とお菓子は別だよ、そういう生き物でしょ私たち」
「それは初知りだな」
「そういうものなんです、じゃ天音は先に線香花火でもしてて」
(俺は結構満腹に近いんだけど)
この流れでスイカは明日にしようなどと言えるわけもなく、どうか自分のお腹が線香花火している間に少しでも空きますようにと願った。
火を付けるとパチパチと小さな火花を散らしている。
ベランダは比較的に薄暗く、線香花火は思っていた以上に綺麗だった。
なによりずっと眺めていると無心になれて、心が落ち着く──。
「天音」
不意に耳元で名前を呼ばれた。線香花火以外は完全に意識外になっていてこれはかなり効いた。
「涼香、俺が線香花火に夢中になってるからっていたずらめいたことはやめてくれ」
「夢中になってる天音が面白くてつい」
(面白いとか言うな)
「嫌だった?」
彼女はこちらの顔を覗き込んで言った。俺は視線を逸らして一言返す。
「心臓に悪いんだよ・・・・」
「ごめんね、お詫びのスイカ塩付き」
「塩付きか、流石俺が塩かける派なの覚えてたんだな」
「天音の好みくらい隅々まで知ってます」
長い付き合いなんだからと笑って俺の肩をポンポンと叩く。
「うわ、本当に美味しいね、このスイカ」
俺もひとかじりすると甘い果汁が口の中に広がり溶けるようだった。
そこに程よく掛かった塩の味が良い感じに混ざって何とも言えない幸福感に満たされる。
「そういえば、線香花火って後何本あるの?」
彼女はビニール袋の上に置いてある花火を見て聞いた。
「聞いて驚くなよ?」
「う、うん」
「ざっと二十本以上はある」
「全部線香花火・・・・?」
「ああ、全部線香花火、もう何かの嫌がらせなんじゃないか」
「ほんとにね・・・・」
とはいってもマンションのベランダでロケット花火を打ち上げられるはずもないのでこれはこれで、配慮した結果なのかもしれないけど。
本数はもっと考えてほしかった数本で充分だ。
──その日の夜はひたすら線香花火を二人で眺めていた。やはり彼女も線香花火のリラックス効果にやられているのか、あまり口数は多くなかったけど、静かな夏の夜更けに小さな火花を見ながら好きな人と過ごす時間は中々に尊い。
「ねえ、私のメッセージ見てどう思った?」
急に彼女がそんなことを聞いてきて思わず花火を落としそうになる。
「ご飯喉に詰まらせそうになった」
彼女はふふふっと片手を口元に当てて笑う。
「動揺しすぎでしょテキストだよ?」
「慣れてないんだよ、急に送って来られたらドキっとするもんだ」
「そうかな、これは天音が口に出して言ってくれるまで時間が掛かりそうだね」
「気長に待っててくれ」
そうは言ったものの安定して手ぐらいは繋げるようになりたい。
せめて誕生日のデートの日ぐらいは──。




