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夜景と決意

「お出かけしようよ天音」

 

 テストが終わり、梅雨入りを迎えてから外は一日通して雨が降り続ける。そんな中での休日はずっと家で映画を見たり、一緒に勉強したりが主な時間を占めていた。


 とはいえ、これは梅雨だからこうなっているというよりかは、下手に近場に一緒に出歩けばバレる危険性があるし、元々俺らがインドア派なのもあって、同棲してからずっと変わらない過ごし方だ。


 でも俺は満足していた。ずっと休日はこういう過ごし方で固定しても良いと思うくらいには。


「天音」


「ん? あ、美味いまた新しいお菓子揃えて来たのか」


 彼女は平日の帰り道でお菓子屋に立ち寄り、買ってきては自分の部屋にこっそり備蓄してあるというお菓子を映画の終わりや、ぼんやりとしている時などに俺の口に入れるのが癖になってきているらしい。


 毎週違うお菓子をランダムなタイミングで食べさせられるので、俺はこの涼香砲が土日の楽しみになっていた。


 これも、マンションの中ではないと難しいだろう。


 美味しいといえば喜んでくれるし、和やかになる。彼女も満足しているかと思っていた。


 しかし、どうもその見立ては若干外れているらしいと気が付いたのは、梅雨が明けて雲一つない快晴に直視すれば目を焼いてしまうような強い日差しが毎日降り注ぐようになった時期の休日の日の朝のこと。


「私、たまには外出たい。同棲してからまだ一回しか外出したことないんだよ?」



「そうは言っても、ここら辺を昼間に出歩くのはな・・・・」


 ふふんっと彼女は鼻を鳴らして言った。


「ちょっと遠出すればいいの」


 マンションから駅まで、人気の少ない裏道を通りながら俺と彼女は歩く、白地のワンピースに麦わら帽子という如何にも清楚で夏らしい服装の彼女はうつむいてひたすら沈黙を守っている。


 見つからないためのちょっとした工夫のようなものだ。


 裏道を出るとすぐに駅前の広場に出る、そこまで大きくない駅とはいえ土曜日の昼間となればそこそこ人やバスが行き来する難所だ。


 ──ただ神様はどうやら俺たちの味方してくれたらしい、なんとか切符を買い電車に乗ることが出来た。


「ふえー緊張した」


 隣街の駅を過ぎたところで彼女はミッションから解放され、話すことが出来るようになった。


「俺もハラハラした、正直二度三度はやりたくないね」


「なんか、不便だな・・・・私たち」


 彼女は田園風景が続く車窓から見える景色を寂し気に眺めながら言った。


「それで、聞いてなかったけど行く所は決まってるの?」


「うん、あと四駅くらい先の街に有名な夜景スポットがあるみたいでそこに行きたいなって」


「四駅・・・・結構な移動量だとは思うけど、こんな早く出る必要あったのか?」


「ノンノン、電車での移動はそれくらいだけど、そこからバスでかなり移動するから結局夜になるよ」


(ちょっとの遠出じゃないじゃないか・・・・)


 思わず息を吐いた俺の隣に彼女が座り、細く白い手を差し出して来る。


 そこにはお菓子がのせられていた。俺はその高級感を漂わせた包みを開けて口に入れる。


「甘いな・・・・」


 今日のお菓子はいつものやつよりも甘かった。砂糖菓子みたいだ。


 電車を降りた時点で昼過ぎ、そこからバスを乗り継ぎながら山の方へ向かう。


 辺りが薄暗くなり始めて車内の明かりが目立つようになった頃、隣同士で座っている彼女はバスが揺れる度に薄目がちになり、やがてこくりこくりとしだす。


「眠いのか?」


「ん、ねむ」


 短くそう応えて彼女は俺の方に体重を預けて眠った。


 不思議なことだが、眠気は伝染することがある。俺も徐々に眠りに落ち始めた。


 ──頭を優しく撫でられる感覚がして俺はしばらくの眠りからゆっくりと目覚める。


「悪い、つられて寝てしまった」


「眼福だったからいいよ」


(自分が寝ている姿にそう言われるとなんか気恥ずかしい)


「あとどれくらいだ?」


「もう着いたよ」


 俺は目の前の景色に息をのむ。バスが停車した駐車場からさらに階段で上がった場所に夜の街並みが一望出来る位置にベンチが置かれている。


「綺麗だね・・・・」


 俺たちはベンチに腰を掛けず立ち尽くして眼下に広がる巨大なイルミネーションのような街の景色を眺めていた。


 最初、意識は景色に向いていたが、次第に隣に立つ彼女の方に移る。


(どんな顔でこの景色を見ているんだろうか)


 ──目が合った。どうやらお互い同じことを考えていたみたいだ。


「香坂くん、ごめん」


「いや、別にこっちこそ」


 彼女は気恥ずかしさからか、久しぶりに上の名前で呼んで謝り、景色に視線を戻した。


 視線を戻していない俺の目に映った彼女は眼下の夜景よりも美しく綺麗だった。彼女の横顔が儚さを含んでいたからだろうか、俺はとっさに彼女の空いてる手を繋いだ。


「どうしたの?」


「どうもしないけど、嫌なら離す」


「ううん、なんか嬉しいな」


 言いながら彼女の握る手にも微かに力がこもる。


「嬉しい?」


「最初は手を触れるのもドギマギしてたのに、今は天音から繋いでくれるようになった。信頼されてるなって」


 信頼とか、そういうのじゃない。


「それ以上の意味がある、て言ったらどうする?」


「分かんない」


 彼女は短く返すとしばらく夜景を眺めて考えていた。今ほど数分の沈黙が長く感じたことはおそらくないだろう。


「私も整理しきれていなくて、だからまだ分からない。でもきっと天音が気持ちをぶつけてくれる頃には応えられると思う」


「そっか」


 お互いもうすぐそこまで近づいているのにいざという時にこんなにもふわっとするのは幼馴染としての関係が深く長いからだろうか。


「私、サンドイッチ持ってきたよ食べよ」


「あ、ああ丁度お腹空いていた」


 ベンチで並んで腰を掛けると彼女は片手にサンドイッチを持ってこちらに微笑みかけて差し出して来る。



 サンドイッチを受け取り、俺は再び夜景を見て決意する。これはどちらかが関係性の変化を恐れずに距離をゼロまで持っていく勇気を持たないといけない。


 夏休み中明けまでにこの数年の片思いに終止符を打つ。


 同棲終了期限である来年の卒業までこのふわっとした関係で過ごすのはもったいない気がするから──。

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