テストとご褒美と通い始める二人
大きな転換期というのは早々に訪れるものではない。なぜなら小さな進歩
の積み重ねによる部分が大きいからだ。
それで言えば、名前で呼び合った休日、その後の何の変哲もない日々の積み重ねはそれに該当するのだろう。
明確に次の段階へ移行したのはテストの順位が発表された五月の末の夜、テスト終わりの労い会を彼女と開いていた時のことだ──。
満開だった桜はすっかり散り、季節は着実に夏へと前進しているのを感じる。そして五月中旬の時期といえば中間テストがある。
今日からテスト勉強期間に入って部活も休みだ。俺は今回も平均からちょい下くらいを取れれば良いとおもっていたのだが、夕飯を一緒に作っている時、彼女からこんな提案をされた。
「天音は今回もいつもと同じパッとしない成績を狙ってるの?」
「あのな涼香、パッとしないとかいうけど俺は一生懸命やってその成績なんだよ」
このテスト期間に入る前までの日々の中でお互い下の名前で呼び合うのは当たり前になってしまった。もちろん学校ではなんの接点もないクラスメイトという感じなのだが。
「本当に?」
彼女はそう言って野菜を切る俺の顔を覗き込んでくる。正直、本当に死力を尽くしてその順位なのかと改めて問われると何とも言えない。
だから俺は彼女から視線を逸らして言った。
「高校受験以来、死力尽くして結果を出す意味が分からないんだよ」
「じゃあ、もしテストで十位以内に入れたら私が特別なご褒美をあげるよ」
「特別なご褒美・・・・?」
「うん、他の誰でもない天音にだからあげられるご褒美」
「でも、十位以内か・・・・俺がそんなところまで行ける気がしないんだが」
「もちろん私もサポートする。たまには本気出してみたら?」
俺はしばらく応えず考えていた。他の誰でもない俺にだからあげられるものというのはこれ以上ないくらい魅力的だ。ただ条件が非常に厳しい、十位以内というのはほぼ最上位帯ということになる。
でも──この高校に入るために勉強して駆け上がる難しさに比べれば不可能ではない気もする。
「分かったご褒美は期待して良いものなんだよな?」
「もちろん」
──それからの一週間とちょっとの期間を言い表すなら地獄そのものだった。マンションでは彼女の徹底指導の元お風呂と夕飯以外、夜遅くまで勉強し、学校では朝の時間、休み時間全て教えてもらったところの復習にあてる。
「おお、こりゃ雪でも降るんかね」
その様子を見ていた神代がそんなことを言うくらい俺がここまで必死に勉強するのは珍しいのだ。
「だあ、もう頭に入らん・・・・」
テスト前夜最後の追い込みで俺はそう言ってカーペットの上で仰向けになり目を閉じる。
「天音、頭上げて少しで良いから」
俺が言われた通りに頭を上げるとそこに彼女の膝が挟まる。目を開けると真上から彼女が目を細めてこちらを見下ろしていた。
「本当にここまで取り組むなんて思わなかった、天音はよく頑張ってきたよ」
言いながら俺の頭を優しく撫でる。なんだかあやされてる子供みたいな絵になっていそうな気がするけど全く悪くない。
「ご褒美は順位発表後じゃなかったのか?」
「これはプチご褒美」
「これがプチなら確かに期待できそうだ」
彼女はクスっと笑みをこぼして、さらに撫でる。
「そんなに嬉しい?」
「これが嬉しくない男子なんて存在しないと思うぞ」
さてとっと言って俺は上半身を起こして勉強に戻ろうとすると彼女は「こっち向いて」と俺を誘導して、一口サイズのチョコレートを食べさせた。
「甘い・・・・」
「さあ勉強勉強」
その日の追い込みは日をまたぐ時間まで続いた。
テストの手ごたえは、正直あるような、ないようなそんな感じだ。テスト順位発表まで気が気ではないところはあったけど、気落ちしそうになった時は彼女が膝枕をしてくれたり、俺自身やれることはやり切ったと考えるようにしていた。
──なにか大きなことを達成する過程の手ごたえというのは往々にして曖
昧なことが多いのだということを俺は高校受験以来、自分のテスト結果を見て感じることが出来た。
順位欄に書かれた九位という文字が視界に入った時、俺は思わず声を上げそうになった。
彼女のサポートと中間テストという狭い範囲であるとはいえこれは誇ってもいいはずだきっと──。
「おめでとう天音、やっぱりやればできる子だったね」
「涼香は相変わらずの一位だな、俺のサポートもしてたのに大したもんだ」
「まあ校内の中間テストぐらいならね」
俺たちはリビングでそんな会話をしながらちょっと豪華な料理を食べて、食事を終えてからは久しぶりにゲームをして遊んだ。
このゲームいまだに彼女には勝てない上に差がどんどん開いている気がする。
ご褒美というのは一体何だったんだろうか・・・・そんなことを想いながら俺は彼女に背を向けた状態で膝をついて遊び終わったゲーム機を片付けていた時──背後から彼女が俺に抱き付いてきた。
彼女との接触は大分慣れてきてはいるけど流石にこれには心臓が跳ねる。彼女の体温が全身に伝わり息遣いまで聞こえてくるようだ。
「大胆なご褒美だな」
「嬉しい?」
「もちろん、心臓が跳ねてる」
「本当にね」
俺の身体に腕をまわしている彼女には微かに俺の心臓の鼓動が伝わっているのかもしれない。
「じゃあさ」
彼女は回した腕をほどいて「こっち向いて」と言って俺は言われた通りに後ろへ向くと不意に俺の額に彼女は軽く唇を当てた。
「な・・・・」
「天音がそこまで顔を火照らせてるとこ初めて見れた」
ふっと微笑みながら彼女も相当気恥ずかしそうな様子だ。しばらく頭が真っ白になってされたことの意味を考えられるようになるまで時間が掛かった。
「ね、天音にしか出来ないことでしょ?」
「これは・・・・あくまでご褒美としてなのか?」
彼女がこの問いに応えるまで数分の沈黙が流れる。
「そう、だよこれはご褒美」
「そっか、そうなのか」
前々から、いや同棲初日の時点で薄々気づいてはいた、ただ確信がいまいち持てずにいた。
でも、もうお互いがお互いの気持ちに気付き始めているのかもしれない。少なくとも今までは一方通行だと思っていた、いわゆる片思いは俺の勘違いだったのかもしれないとこの時、強く思った。




