事故台帳七件の同じ空白
東坑道第五支部の事故台帳を開いたまま、カイは受付机の端に古い紙を七枚並べた。
紙の色は違う。
支部も違う。
事故の名前も違う。
だが、同じ場所だけが白かった。
「装備返却者欄、帰還未確認欄、声返り確認者欄」
カイは一つずつ指で押さえた。
「七件とも、ここだけ空白だ」
受付の奥が静まり返る。
探索者たちのざわめきも、剣帯の金具が揺れる音も、今は遠かった。
ラッドが顔をしかめた。
「七件って……ただの記入漏れじゃ済まねえ数だろ」
「記入漏れなら、支部ごとに癖が出る。字が雑だったり、日付だけ抜けたり、保管棚が違ったりする」
カイは七枚の左上をそろえた。
「でもこれは、空白の形まで同じだ。欄を使わないように作られた様式だ」
ミラが、そっと一枚を覗き込む。
「処理済み印は、全部あります」
「ああ」
カイは処理済み印の横に青い保留印を置いた。
「だから今日は、犯人を決める日じゃない。処理済みという言葉を、いったん止める日だ」
上級探索者の一人が苛立った声を出した。
「止める、止めるってな。俺たちは明日の朝、七層へ入る予定なんだぞ。古い台帳の空白で、いちいち出発を遅らせる気か」
「明日の朝、七層へ入る人の名前を、帰ってきた時に誰が数える?」
カイが問い返すと、男は言葉に詰まった。
「貸し出した照明石を誰が返したか。返せなかったなら、誰が未帰還棚に入るか。声が戻らないなら、誰が治療灯を借りたままなのか」
カイは七枚の空白を、受付側へ向けた。
「ここが白いままだと、戻らない人は『処理済み』の外へ落ちる。探索者の命じゃなく、紙の都合が先に帰ってしまう」
ラッドが唇を噛んだ。
昨日までなら、彼も怒鳴っていたはずだ。
だが今は、自分の出発札を見下ろしている。
そこには彼自身の名前と、照明石三番の代替番号と、声返り元確認の半日保留署名があった。
「……俺が帰れなかった時、ここが空白なら」
「ラッド・ベルは、誰にも呼ばれない」
ユナが小さく息を吸った。
カイは彼女を見た。
「だから、今日の小さな規則を作る。出発を止めるためじゃない。戻ってくる席を、先に用意するためだ」
カイは安全チェック板の下に、新しい紙を貼った。
『事故台帳七件の同型空白について、処理済み印を一時停止。装備返却者・帰還未確認・声返り確認者の三欄が埋まるまで、同様式の事故を完了扱いにしない』
ミラが震える手で、受付印を持った。
「私が、押していいんでしょうか」
「押す前に、自分の名前を書いてください」
「私の?」
「この紙を読んだ受付係が、どこに責任を持つかを残す。上から来た様式をただ貼るんじゃない。ミラさんが、明日の出発者の帰る席を守る手順として貼る」
ミラは少しだけ泣きそうな顔をした。
それから、紙の下に丁寧な字で書いた。
受付係ミラ・サージ。
私は、同型空白の事故台帳を完了扱いに戻さない。
印が押された瞬間、受付前の新人たちが一斉に紙を見上げた。
誰かが小さく言う。
「出発できない紙じゃなくて、帰る場所の紙……」
「そうだ」
カイは頷いた。
「延期は罰じゃない。帰還条件が未完了だと読める権利だ」
その時、地下記録室へ続く扉が開いた。
主任ボルクが、古びた封筒を持って立っていた。
彼の顔色は悪い。
「カイ。お前が探していた共通紙の出所だ」
封筒には、地図改訂管理室の灰色印が押されていた。
そして、差出人欄には見覚えのある名前がある。
王都攻略組・装備監査補佐、エルネスト・レイ。
だがカイが見たのは、名前ではなかった。
封筒の裏、閉じ目のすぐ下。
小さな様式名が、かすれて残っていた。
『帰還掲示物撤去申請・様式七』
安全チェック板を撤去するための紙と、未帰還者を処理済みにする紙。
同じ紙で作られていた。
カイは青い保留印を握り直した。
「次は、誰がこの様式で帰る席を消したのかを読む」




