4・婚約解消の条件
「あらあら、やっぱりケンカしちゃったのね」
「すみません。俺も悪かったんです。アリシアが1人で劇場を立て直ししたいと言ったことに戸惑ってしまい…」
「いやー! 突然そんなこと言われたらビックリしちゃうよねー!!」
なぜかマーカスが我が家の客間でもてなされている。
しかも、両親はマーカスのでまかせを疑うことなく信じていることも腹が立つ。
前世、嘘の中に少しの事実を入れると信憑性が上がる、なんて聞いたことはあるけれど、マーカスのこれはまさしくコレをやっている。
たしかに『自力でなんとかするので』とは言ったけれど。
目覚めたあの時はすごくまくし立てたくせに、父や母の前ではしおらしい態度をするなんて。
「婚約者なら迷わずアリシアの考えを受け止めて応援するべきでした…」
マーカスは憂いに沈んだ表情を浮かべた。
でも、これもそれも、でまかせの嘘芝居だと私は分かっている。
「俺を頼ってほしいなんて考えてしまい、このような騒ぎに…」
「いやーん! マーカスくんったら健気だわ」
「分かるよ分かる! 心配だよね! 僕もママがそんなことを言ったら肩代わりしてあげたいって思うからね!」
父と母はいつか、マーカスに変な壺を買わされると思う。
心の中で色々とマーカスに反発しているけど、私が黙っているには理由がある。
私が父と母に告白しようとした、あの時。
突然、タイミング悪く現れたマーカスに口をふさがれ、耳元で囁かれたのだ。
『ここはおとなしくするんだ』
反社会的な脅しのようなセリフを。
その言葉通りにするほど、私だって素直な子供じゃない。前世の記憶を思い出し、社会人としてそれなりに世の中を知っている大人だ。だから言い返そうとマーカスのことを見上げて・・・言葉に詰まった。
『その方がお前にとって都合がいいはずだ』
『っ!』
なぜならマーカスは顔が間近にあったから。
マーカスは街で”礼儀正しくみんなに優しい好青年”だと評判だけど、それに加えて、若い女の子たちの中では”カッコいい”とも評判なのだ。
でも私は数々のカッコいい、カワイイ推したちを見てきて観察眼は鍛えられている。ちょっとやそっとな”カッコいい”ぐらいで驚いたりしない。はずなのに。そう思っていたのに。
言葉に詰まってしまった。異世界転生後、初の不覚である。
だが、しかし。いわゆる”接触イベント”なる握手会やハイタッチ、2ショット撮影などには参加したことはほぼなかった。私はステージの上で輝く推しが好きで応援したい人間で、記憶を振り返れば至近距離で顔を見たことなんてなくて慣れていなかった。見ていたとしても、スマホの画面越しぐらいで……いや、やっぱり見慣れているかもしれない。
とにかく、2次元と3次元では違うと言うことを身をもって、知った。
「それでーーきっと、シェーマスさんも、リィナさんも心配するかなって思ったんです」
マーカスの言う”お前にとって都合がいい”なんて半信半疑だった。
もし変なことを父や母に言ったのであれば、あとで私が全力で訂正すればいい。お気楽お人好しな両親も、さすがに他人の子より我が子の言葉を信じてくれるだろう。
そう思っていたからおとなしくしていた。
「でも、俺はアリシアを応援してあげたいんです」」
応援してあげたい!?
私の中で暴風が吹き荒れた。
「まぁまぁ!」
「マーカスくんが応援してくれるなら心強いね! ママ♡」
「えぇ、そうね。パパ♡」
私は一体に、なにを見せられているんだろうか。
「な? お前にとって、都合が良かっただろ?」
そしてこのドヤ顔。
いつの間にか近くに来ていたマーカス。
「アリシアの話だけじゃ、シェーマスさんもリィナんさんもすんなり受け入れてくれなかったぞ。お前がこの劇場を立て直しすなんて」
みょうに頭の回転がいいのも憎たらしい。
マーカスが察したらしい私の考えは、婚約解消話をした後に、劇場の立て直しの話もするつもりだった。
いくらお気楽お人好しな両親でも、くさっても経営者。我が子が経営に関わりたいと言って、簡単にうなずくとは思っていなかった。だからと言って、その両親の説得戦略は考えていなかった。
「・・・」
そのあたりまでマーカスが私の行動を予想していると思うと、悔しい。
幼馴染だから、私の行動パターンを把握していると言うことなのだろうけど、本当に悔しい。
「そうだな。一応、お前の希望もかねて、この骨董品を担保に融資してやるよ」
「別にいらないし」
両親に生暖かい目で見守られて客間を出た私たちはバチバチに対立している。真冬の静電気なみに。
「へぇ? シェーマスさん、リィナさん怪しんで、お前のやりたいこと止めるかもなー」
「くぅっ…!」
マーカスの見立ては合っている、と思われる。
前世の知識活用するつもりで考えているけど、この異世界では奇異な行動になる可能性がある。
つまり、私の行動を両親が不審に思って止める可能性は大いにあると言うこと。
「あぁ、そうだな。この融資をゼロにして…プラスになるぐらい立て直しできたら、婚約解消してやってもいいぞ」
「なっ! なんで、そうなるのよ…」
「ん? 俺ん家だって慈善事業で支援しているわけじゃないし、回収できなかったら俺だけ”損”だろ?」
「た、たしかに…」
そんなことを言われてしまうと、強気に出れない。
社会人経験のある私としてはスルーできないし、正直、至極真っ当な言い分だ。
それに、いまのままだとマーカスに借りを作ることになる。
「じゃあ、そう言うことで」
「ちょ、マーカス!?」
マーカスは満足げに笑うと、ひらりと身をひるがえした。
両親の説得含めてふわふわと考えていた立て直しが進んだことは……マーカスの感謝してもいいのかもしれない。ほんのちょっとだけ、だけど。
「そうそう。アリシア、商会から融資してもらおうなんて考えるなよ? お前みたいな経営初心者に金を出すような優しい人間は俺くらいだからな」
呼び止めたつもりはないけど、足を止めて振り返ったマーカスは薄く笑った。そして余計な一言も加えた。それも私に言い聞かせるように。
本当に、本当に、マーカスって本当に、デリカシーない!!




