23・オーディション開幕
舞台袖から見える客席は、空席がぽつぽつとあるものの、当初の目標動員は越えることができたように思う。
「んんっ」
マイクのスイッチをONにする前に軽く咳払いをして、のどの調子を整える。
そしてゆっくり息を吸って、スイッチをONにする。
「本日はご来場ありがとうございます。まもなく開演いたします。お席を離れていらっしゃるお客様は、どうぞお席についてお待ちください」
会場内へ開演アナウンスをすると、一気に気が引き締まる。
今日の私の仕事は進行役だ。
この異世界では珍しい公開オーディション方式なので、これを私がやらなくて誰がやる。
「おい、前髪を下させろ」
気合を入れていると、ソポさんが口元をへの字にしてやってきた。
今日、演技審査を担当するソポさんはいつも着ているヨレヨレくたびれた服ではなく、正装に近い服を着ている。普段とは違うキッチリ感が窮屈だったらしく、首元のボタンはすでに外してあった。そんな着崩しをしていても絵になっているのがすごい。
とは言え、オーディションで人前に出ることを考えると、ソポさんの希望を叶えるのは難しいところだ。
「うーん。そうですね」
本当は前髪をアップにしてまとめた方がオーディション参加者を見やすくていいと思うし、ソポさんの印象的によく見えた方がいいと思うんだけど。
「ごめんねぇ、アリシアちゃん。昔、女の子に追いかけ回されたのが嫌みたいなんだよぉ」
「おい」
「えっそうなんですか!?」
同じく音楽家としての舞台衣装を着ているジムノさんは照明なしでも輝いて見える。
「うん。素直に理由話せば、アリシアちゃんだって考えてくれるんだから、カッコつけなくもいいよねー?」
「別にカッコつけで話していないわけじゃ…」
「す、すみません。嫌なことを思い出させてしまって」
他人に自分の嫌な記憶を話すのって、話す本人もストレスになったりするから話しにくい。ストレス社会と言われた前世の世界ではハラスメントは多種多様に色々あった。
「それでは、こんな感じではいかがですか? さすがにいつも通りでは周囲の心象が悪くなってしまいますから…」
ソポさんに近くにあった椅子に座ってもらい、髪の毛のスタイリングをする。前世で見てきた推しのヘアスタイルから、センターパートにすることにした。
正面のオーディション参加者からは見えるが、それ以外からの角度からは見えにくく分からないだろう。
「よしと。あ、あと移動の際は…審査員席との移動の際にはこちらのメガネを使用していただければ…度がないガラスがはめこんであるの気にならなければそのままかけていただいていても大丈夫です」
ささやかなものだけど、ガラス1枚でもあると気持ちがラクになったりする。
オーディション参加者用に念のために用意していた小道具が役に立った。
「ふん。まぁ、これなら」
そう言ってソポさんが私の手からメガネを受け取ってかけてくれた。
「っ…!」
私はソポさんのメガネ姿をみた瞬間、息を飲んでしまった。
「わぁー。いつもより知的に見えるよぉー」
「おいこら、ジムノ」
思わず強くうなずきたくなるほどソポさんのメガネ姿は、ジムノさんの言葉通り、めちゃくちゃメガネ似合っている。
オーディションの進行とかに集中してたけど、時差でソポさんのワイルドイケメン顔を至近距離で見ていたことに気づいた。追い討ちのようにインテリ男子なギャップも……すごくいいです。眼福。
至近距離のときに気づいていたら、絶対、また腰抜かしてしまっていただろう。
「ソポさん、カッコいいです」
「・・・別に、そういうのは気にしていない」
ソポさんはふんと鼻を鳴らして、顔を横へ向けた。
本当にあんまり顔を見られたなくないんだろうな。
「ねぇねぇ、ボクはどうー? カッコいぃ??」
カッコいいという言葉に反応したらしく、ジムノさんがぐいっと顔を近づけてきた。
「わわっ。ジムノさんもかっこいいです! あの、すごく眩しいので、ちょっと距離が…」
見慣れたとはいえ、前触れなく視界いっぱいに三次元イケメンが近づくのはやっぱり無理です。
「ジムノ、お前が先に審査するんだろ。遊んでないで早く行け」
「もー。ソポってばーせっかちさん…ぐえっ」
ソポさんが私とジムノさんの間にが入ってくれて、距離を引き離してくれた。
「仕方がねぇから、連れていってやるよ」
「わー情熱的なお誘いだぁ」
眉間にしわを寄せたソポさんはそのままジムノさんの首根っこを掴んで、ずるずると審査員席へ出るドアの方へ連れていく。そんな風にまるで強制連行されているみたいなジムノさんは笑顔だ。しかも私に手を振る余裕を見せている。
「つ、強い…」
今回の公演の順番は、歌唱審査→演技審査→演奏会→結果発表という構成にしている。
ジムノさんは演奏を披露することもあって、演技と音楽の審査をソポさんと入れ替わってもらい、演技審査の時間を休憩時間として確保した。
「まったく、大の大人が2人揃って緊張感がなくてごめんなさいね」
「マリィさん!」
ドレスとまではいかなくても細かやかな刺繍が施された生地を重ねたティアードワンピースがマリィさんの美しさと華やかさを倍増させている。
「はわわ。今日もビューティで、最高です!」
「ふふ、ありがとう。今日はよろしくね」
「はい! よろしくお願いします」
マリィさんも審査員席へと向かった。残りの審査員は父である。
今回のオーディションは入れ替わりありの3人体制で審査だ。
父は骨董品好きの母ラブ過ぎてしまう人間ではあるものの、劇場経営をここまで続けて、役者からお客様まで、いろんな人たちを見てきた経験値は前世の私の比ではない。
オーディション主催者としても、劇場の代表として審査員に参加する必要があり、父と母の2人で審査も面白いかもと一度は考えた。
けれど、オーディションの進行や裏方を回す補助をしてくれるなら、頼りになるのは母だと思い、役割分担させてもらった。
オーディション参加者の舞台上と、裏側という2点でも見ることができるので、悪くない分担だと思っている。
「アリシアちゃん。参加者のみなさん、準備が整ったわよ」
「ありがとう」
開演ブザーのボタンを押す。
ブーと低音の音が会場に響き、客席の照明を落とすと、しんと静まり返る会場。
ついに一世一代の大勝負、オーディションがはじまりだ。
●舞台袖とは…
舞台両脇にある垂幕の奥、客席から見えない場所。
出演者は垂幕の影から、そっと客席の様子をそわそわ確認していることも!?




