投降
宜しくお願い致します。
「へー、どんな奴かと思ったら、大騒動の元凶はあんただったのか?」
サンドイッチ屋を背に、錨のマークが付いた装甲通信車の傍で、すっとんきょうな声を出しているのは、情報憲兵隊のディオン大尉だった。
なぜなら、警官によって彼の前に連れて来られたのが、手錠をかけられたジャコブだったからである。ディオンは、サンドイッチ屋の2階を指差して訊いた。
「あれ、あんたの店だよね? あそこに何を投げ込んだ? 爆発物か?」
「冗談はよせやい。コリーヌがあそこに居るんだ。そんな物投げつけるはずがない。あれは、ただのマイクだよ」
「マイク? 呆れた。あの距離からドンピシャじゃないか。また、どうして?」
「……」
「こっちはアイツを刺激して欲しくないんでね。なんで、あんなマネをしたんだ?」
ディオンにそっぽを向き、口を尖らせるジャコブである。絶対に喋るつもりはない。そんな彼の強い意志を読み取って、これ以上のことは無駄な時間だと、ディオンは判断して警官へ顔を向けた。
「海軍から聞いている。コイツの件は警察に任せるようだから、もういい。連れて行け」
ジャコブの両脇を抱える警官が「行くぞ」と促した。
背を丸めることもなく、堂々とその場を立ち去るジャコブを横目で追っていたディオンは、「ちょっと待て」と声をかけ、振り向いた警官にこう告げた。
「伝え忘れていたが、この男は根っからの悪党ではない。だから、警察の方であまり乱暴な扱いはしないでくれよ」
「わかりました」
警官と同じように振り向いて聞いていたジャコブが、不意に口を開いた。
「おい、若いの」
「ん!? なんだよ?」
「コリーヌの事は頼んだぜ。早くあそこから助けてやってくれ」
「アンタに言われなくても分かってるさ。それより自分の心配をすることだな、ジャコブさん」
「フンッ! それは余計なお世話だ。お前こそ、さっさっと仕事にかかりな」
そう吐きすてると、ジャコブは連行されて行った。ディオンはジャコブの背中を見送りながら、ふと考えたものだ。
(ふ~ん、マイクかあ。うん? マイク!?)
何か大事なことを思いだそうとしたディオンの目の前で、装甲通信車の後部にある観音開きのハッチが乱暴に開かれた。そこから現れた海軍将校の表情は憮然としている。すぐさまディオンを認めた海軍将校が、口を開いた。
「いま艦隊司令部から正式な命令が下った。別命あるまで突入はない。だからこれより我々陸戦隊は、奴に投降を促す」
「やれやれ、ようやくですか」
肩をすくめるディオンだ。突入を急ごうとする陸戦隊を見て、ラファイエルに一報を入れたことが効いたようである。だからこの結果にディオンは非常に安堵し満足した。
「それと、貴官は情報憲兵隊の連絡員として、現地指揮本部の滞在が許可された」
「ああ、宜しく頼みます。早速だが艦隊司令部にいる上司と、また連絡を取りたいんだが」
「勝手にやりたまえ。だが、ちょうどよかった。貴官の上官から電文が届いている。これだ」
「自分宛に電文が?」
紙切れを受け取ったディオンは一読するや、その内容に首を傾げた。
「コリーヌの保護より、大事な仕事ってなんだよ? こっちが最優先だろうが。馬鹿なのかあの人は?」
ディオンが呆れるのも当然だ。『古代人の女』をベルフォルトに先んじて確保しなければ、世界が終わると言ってたのはラファィエルだからである。ところがどうだ。いざ獲物を目の前にして、この手のひらを返したようなラファィエルの行動は、敵前逃亡のようなものではないか。
最優先事案をあっさり丸投げされて、ディオンはため息を吐きつつ、弾痕だらけのサンドイッチ屋を憂いの眼差しで見つめるのだった。
*
リブル海軍第4艦隊司令部の司令官室で、熱いコーヒーをすするラファィエルの面は不機嫌そのものだった。
コーヒーが不味いからか。いや、もちろん違う。司令官室で出されるコーヒーである。間違いなく高級品で旨いはずなのだが、ラファィエルからすると今は深みのある味わいや芳醇な香りなど、そんなのどうでもよかった。
ラファィエルがチラリとブノワへ目を向けると、さも旨そうにコーヒーを口にしている。それが余計に腹立たしい。
(ブノワ提督はいったい、何を考えてるんだ? さっさと交渉をまとめればいいものを!)
ラファィエルのいらいらの原因。それは、ブノワ上級海軍大将にあった。
というのも、ブノワは自ら交渉に挑みランチを跨いで行われた『綾瀬』側軍使との交渉を、何故かのらりくらりと話を進めた挙句、同席していたラファィエルがあきれた頃になんと、ブノワの鶴の一声で休憩になったからだ。
ラファィエルからすれば、怒り心頭だった。『綾瀬』からの要求は、『綾瀬』が救助したリブル海軍将兵達を解放する代わりに、惣太郎に中野を引き渡して欲しいというものだ。
何も難しい要求でもなければ、『綾瀬』側からこれ以上の要求もなかった。なので、さっさと二人を引き渡して、惣太郎と一緒にいるコリーヌをも無事保護できるのであれば、ラファィエルは万々歳なのである。
だからラファィエルは交渉直前に、ブノワにしっかりとコリーヌの件もモロシカ島に眠るとされるいにしえの兵器とあわせて伝えておいた。早くしないと国が亡くなる世界が終わると。
そんなラファィエルの気持などそっちのけで、ブノワはゆっくりとカップを受け皿へ置くと、柔和な顔つきでラファィエルの隣に座る、リブル海軍士官に声をかけた。
「どうだねオネット少佐。ここで飲むコーヒーの味は? これはな、ララトピアから取り寄せた物なんだよ」
オネットと呼ばれた人物が微笑みを浮かべた。
「格別の味ですよ。このコーヒーが最上級の物だからなのはもちろんですが、やはり安心できる場所で飲む一杯は、言葉では言い表せませんね」
「そうかそうか」
と、頷きブノワが神妙な顔つきに変わって言葉を繋ぐ。
「しかし、艦長以下死者を出したことは本当に残念なことではある。だが、君たちが丁重に扱われているのならば、少しは彼らも浮かばれることだろう。そう思わないかね?」
「ええ、もちろんですとも提督。『綾瀬』での我々への手厚い待遇は、天国へ召された艦長も予想外だったと思います」
「きっとそうだろうなぁ」
感慨深くブノワが相づちを打ったのには理由があった。実はこのオネット、昨日までは『綾瀬』にいたからだ。それは彼が仮装巡洋艦『エルシー』の副長だからである。
でも『綾瀬』に居るはずの彼が、何故プラージュにある艦隊司令部でコーヒーを飲んでいるのか。それは、伊東副長の案で軍使と共に派遣すべき人物として、指名されたからである。
オネットが指名された理由はこうだ。得体の知れない『綾瀬』からの軍使だけよりも、オネットを同行させて『綾瀬』側の条件を語らせたほうが、交渉も早く纏まるのではないかとの思惑があったからである。
オネットを同行させることで、彼らの現状や要望を訴えることもあるであろう。でもそれは伊東の想定内。やましいことはないから、いっこうにお構い無しなのである。
『綾瀬』の艦長室で事情を聞かされたオネットは、思わぬ突然の大役に始めこそは渋い顔つきであった。
ところが、艦長の山下が振る舞った秘蔵の葡萄酒による酒の力と、望郷の念が彼の心を揺り動かしたものだ。そう、葡萄酒の瓶が空になった頃には快諾したのである。
だからリブル海軍第4艦隊司令部に案内された、たった二人の『綾瀬』軍使一行を見て、これにはリブル側も目を疑った。まさか、こんな形でオネットが帰還するなんて微塵も思っていなかったのだから当然であろう。
「それにしても驚いた。本当に漂流者を救出しているとはな。確かにエーデルセンには出来ない芸当だ。」
驚いたとブノワは言いつつ彼は腕を組み、しばし腑に落ちない表情で物思いに更けると、確信をつこうと決めたか眼光鋭くオネットに質問した。
「ところで、オネット中佐」
「はい?」
「君は間違いなくエーデルセンではなく、神聖八島帝国とやらの軍艦、アヤセに救われたのだな?」
「はい。彼ら――『綾瀬』のサーチライトが近づいてきたときは戦慄を覚えました」
そのときのことを思い出して恐怖心が蘇ったのだろう。オネットの表情はひきつっていた。
「間違いなくそれをエーデルセンの軍艦だと思い込んでる我々は、神が漂流者全員を無慈悲にもお見捨てになった。もうお仕舞いだと覚悟を決めたものです」
「だが、そうはならなかった」
重い声色で口をはさんだのはラファィエルだ。
「ええ……。最悪の事態を想像したこととは真逆の結果になりました。神に感謝したことは言うまでもありません。その後の待遇は、交渉のときに話したとおりです。あの日の温かいポタージュスープがなんと美味しかったことか!」
高揚するオネットの声を遮ったのは、ドアをノックする音だった。ブノワの「入れ」の声に入室してきたのは、ブノワから耳打ちされて交渉の席を中座していた艦隊参謀長であった。ブノワは待ってましたとばかりに、すぐに訊いた。
「どうだった?」
「残念ながらここにある資料で調べる限り、『初瀬』型戦艦自体が存在してないようでして」
「判らないのか?」
「はい。なので果たして白い戦艦が『初瀬』型戦艦の2番艦『綾瀬』なのかは、現時点においてはっきりそうだとは断定しかねます」
困った顔つきの艦隊参謀長に、ラファィエルがめんどくさそうに言った。
「むだむだ、そんなことしても! おかしいと思ったんだよなあ。交渉にまったく関係のない白い戦艦のことを根掘り葉掘り訊いてるかと思えば、しょうもない調べごとですか。だいたいさあ、ここには神聖八島帝国がないんだから資料になんか載ってないって」
「無駄ではないぞ。念には念をだよ、ラファィエル大尉」
ブノワの言葉にクシャクシャ頭をかきむしるラファィエルだ。これでようやくわかった。この老人が何故、交渉を纏めようとしないのかを。それはブノワが今だ、大エーデルセン帝国の策謀を警戒しているからなのだ。
事実そうであった。ブノワは、初めこそは交渉を素早く終わらせる気満々であった。ところが、ラファィエルから聞かされた『古代人の女』と伝説の最終兵器の話しに大きな疑問を持ってしまったのである。
「いいかげんにしてもらおう!」
応接テーブルを『バンッ!』と両手で叩き、勢いよく立ち上がるや、ラファィエルがブノワへ指を差した。
「驚いた。艦隊司令官が抗命ですか? あんたのやっていることは全て間違っている!」
「誰に向かって物を言っておるんだ大尉? 間違っているだと? 貴様ら情報憲兵隊こそが間違っているんじゃないのかね? 世界を一発で終わらせる古代兵器なぞ存在するはずがなかろう。エーデルセンに容易く乗せられおって」
苦々しい顔つきのブノワに、ラファィエルが冷笑を向けた。
「情報憲兵隊を甘くみないでもらいたい」
「ならば、これが謀略ではないという確たる証拠は?」
「ありますとも、ここにいるオネット中佐ですよ」
「なに?」
「だってそうでしょう! 彼が生還したことが謀略ではない、なによりな証拠ではありませんか!」
「しかしだなラファィエル……」
「だまらっしゃい!」
尚も食い下がろうとするブノワに大声を張り上げるラファィエルだ。驚いて目を見開くブノワへ、呼吸を整えたラファィエルが最後通告を突きつけた。
「いいですか提督、我々政府の命令に従う気がないのであれば、今すぐ退場してもらいますよ」
「どういう意味だね?」
「私の権限で拘束または、更迭のどちらかになるかと」
「――! 言っておくが私は政府に逆らう気はない。わ、わかった。今すぐにでも、交渉再開のテーブルに付こうではないか。いくぞ参謀長、着いてこい!」
慌てふためいて司令官室を退室するブノワと艦隊参謀長の様子に、ラファィエルとオネットは胸を撫で下ろした。これでようやく交渉が成立するのだと。
*
「ダメっ! 絶対にダメです!」
部屋の真ん中で胡座をかく惣太郎に向かって血相を変え、大声を出しているのはコリーヌである。それは彼が突然、投降を口にし出したからだった。
『コリーヌ、もう一度よおく聴いてくれ。彼の安全も軍が保証するから早く一緒に出てきてくれよ!』
バリケードで塞がれたドア越しに聞こえてくる声の主は、ディオンである。 ディオンは陸戦隊が説得しても一行に動かない事態に業を煮やし、知ってる女だからと言って交渉役を勝手でたものだった。
「安全は保証するって、言ってるんだ。もう君を危険な目に遭わせたくないから、もう投降しよう」
惣太郎が力なく諦めた口調で告げる。そんな惣太郎を信じられないといった表情でジッと見つめるコリーヌだ。
しかし惣太郎の下した決断は、まさしく断腸の想いであった。この蟻一匹通さぬ厳戒体制下、二人が無事に脱出できる方策を懸命に思案する惣太郎だったが、時間だけが虚しく過ぎ去り、今やすっかり陽も西に傾いている。
惣太郎は焦っていた。夜になれば暗闇にまぎれてリブル軍が怪しい動きをみせるかもしれない。いや、動くはずだ。となればだ、コリーヌが危険に晒される。レスティスのことも大事なことだが、今の惣太郎はコリーヌの身の安全を一番に考え、投降を決断したのだった。
無念そうに下を向く惣太郎に、コリーヌがいつになく真剣な顔つきで反論した。
「軍が安全を保証するなんて真っ赤なウソよ! 軍は、私たちに向かって大砲を撃ったのよ、信用できるもんですかっ!」
『聞こえたぞ、コリーヌ! あれは海軍がやったことなんだ! 我々、情報憲兵隊は君を保護するためにやってきた。だから安心して欲しい。必ず彼のことも悪いようにはしない!』
「それなら、ディオンさんへ尋ねます! あなた方情報憲兵隊は、どうして私を保護しようとしているんですか? 私には軍人さんに保護される理由はありませんが?」
『理由だって? 大有りさっ、君はエーデルセンのベルフォルトに狙われているんだ! 史上最強の古代兵器を復活させる為には、古代人の女である君の力が必要だからね。そんなことされたら世界が終わってしまうんだよ! それが困るからこうして迎えに来たんだ」
コリーヌはもちろんだが、惣太郎も息を呑んだ。リブル側に『古代人の女』を知ってる者がいたからだ。
「ディオンさんは、古代人の女が私だってことを知ってるんですね?」
『ああ、そうだよ』
急にコリーヌの感情が収まって、しめたと思うディオンである。
「わかりました。ここを出ましょう。これから二人揃って投降します」
『ホントか!? よしっ、そうこなくっちゃ! それならすぐにここから出てきてくれ』
ディオンが喜ぶ後ろでは、控える陸戦隊員らが身構えてる。
「ただしです」
『えっ、ただし!?』
「はい。ただし投降後、私たち二人をモロシカ島へ連れて行ってくださいませんか?」
「ちょっと待ってくれ!」
コリーヌと一緒にモロシカ島へ行く気のない惣太郎が慌てた。
それは、ベルフォルトが待ち受けるモロシカ島へ行って、わさわざ身を危険に晒す必要などないからだ。
だからリブル軍の提案には、惣太郎は大賛成であった。コリーヌはベルフォルトからの魔の手が及ばない、リブル軍の保護下にあったほうがいいのである。きっと惣太郎がいなくても、彼らがコリーヌを護ってくれるからだ。
そんな惣太郎の気持ちも知らず、コリーヌが人差し指を唇にあてて、惣太郎から次に出てくる言葉を封印した。
『なんだってぇ、モロシカ島? そんなの無理だ。今モロシカ島はエーデルセンに占領されているんだぞ』
悲鳴のような声をあげるディオンに、コリーヌが冷たく告げる。
「では、投降はしません。お引き取りください」
『コリーヌ、教えてくれ! なんで君がモロシカ島に行かなきゃならないんだ? おーい、コリーヌ!』
それには答えず、コリーヌは黙って惣太郎の横にへたりこんだ。
「もう少しでしたのに、残念です」
「でもなあコリーヌさん、ここはやはり投降したほうが……」
惣太郎が三たび投降の言葉を発してる最中、部屋中に大音量の声が響き渡った。
『清水惣太郎少尉、俺だっ、迎えに来たぞ! 中野も無事だ! 聞こえたら窓から顔を出してくれ!』
スピーカー越しに轟いた声は、とても聞き覚えのある低くシブイ声だ。惣太郎がハッとして反射的に立ち上がっていた。
「清水さん?」
コリーヌが驚いた顔をしている。
「知ってる声なんだよ。まさか!?」
惣太郎は狙撃を警戒してなるべく近寄らなかった窓辺へと近くと、サッとカーテンを開いて一気に窓を押し上げていた。
そして真っ先に目に飛び込んできたのは、砲塔の替わりに巨大なスピーカーを二つも載せた四輪装甲車だった。その傍らで惣太郎を確認したであろう人物が手を挙げている。惣太郎は驚きの声をあげた。
「隊長! 栃内隊長がどうしてここへ!」
『おー、いたいた。詳しいことは後だ。長くなるからな。無事のようだが怪我はないか?』
惣太郎の顔を見た『綾瀬』からの軍使、栃内祐次少佐が低い声の持ち主だった。ニヒルな顔に気色をいっぱい湛えている。
「はい、特に怪我はありませんが少し、腰が痛みます」
『了解した。ならば戻ってから養生しろ。さあ、安心してそこから出てくるんだ』
「清水さんの隊長さん! 私、コリーヌと言います!」
惣太郎の横から急に顔を出したコリーヌが叫んだ。
「驚いた、ありゃあなんだ? 雨宮技師に生き写しじゃないか……」
レスティスそっくりなコリーヌの登場に、栃内の目が点になる。
「お願いしますここから出て来たら、私も清水さんと一緒にモロシカ島へ連れてって! そこにレスティスさんがいるんです、何かお役に立ちたいんです! それに、ここのお店を元通りにして下さい! じゃないと、私も清水さんもここから出て来ませんから!」
思いもしなかったコリーヌの大胆な行動に、惣太郎は驚きのあまり言葉も出ない。
「なんてことだ。そっくりさんが雨宮技師の居場所を知っているとは」
目が点になっている栃内の後ろで、
「困った嬢ちゃんだなあ。めんどくさくなりそうだから軍使さん、ハイ、と言ってやんなさいな」
と承諾を勧める者がいる。両手をズボンのポケットへ突っ込んだクシャクシャ頭の男だ。それはラファィエルだった。
「ラファィエル大尉、本当に宜しいので?」
困惑の表情を浮かべる栃内に、ラファィエルが自信満々に頷いてみせる。
「もちろん方便ですがね。我々はあの娘に用があるんで本当に連れてかれたら、首が飛ぶ。でもそうまでしないとあそこから大人しく出て来ないでしょう」
「店の件は?」
「ああ、それは確実に弁償してもらいましょう。ね、艦隊参謀長?」
ラファィエルの傍らに立つ艦隊参謀長が渋い表情で頷いた。
「さあ、良い返事を聞かせてやりましょうか」
ラファィエルに促されて栃内が動いた。
『わかった、店は元通りにしよう! コリーヌさんは我々と同行だ!』
「やったー!」
歓喜の声をあげるコリーヌの横で、惣太郎は真剣な顔つきであらんかぎりの声をあげていた。
「隊長、モロシカ島は危険です! コリーヌさんの同行に自分は反対であります!」
「軍使さん、あなたの部下は宜しく願いますよ」
百も承知とばかりにラファィエルの言葉には応じないまま、栃内が厳しい口調で惣太郎に怒鳴った。
『清水惣太郎少尉、これは命令だっ! 何も言わずコリーヌさんと今すぐ出て来いっ!』
有無を言わさない栃内の命令ぷりである。遠目で見ても『綾瀬』飛行長兼飛行機隊隊長である栃内の険しい表情からして、惣太郎はこれ以上の反論を諦め、しぶしぶ命令に従うしかなかった。
こうして惣太郎とコリーヌは部屋のドアを開け、陸戦隊に収容された。ドアの外にいたディオンもこの瞬間を迎え、ようやく肩の荷がおりた気分である。
やがて黒塗りの軍用車が二台サンドイッチ屋に横づけされるや、先頭車両に艦隊参謀長、栃内に惣太郎が乗り込む。その後ろの車両には、ラファィエル、ディオン、そしてコリーヌが乗り込んだ。
「初めましてコリーヌさん。ラファィエルです、どうぞ宜しく」
後部座席に座るコリーヌに、助手席から握手を求めるラファィエルだ。コリーヌがその手を握るがニコリともしない。
「あのう、どうして私は清水さんと一緒ではないんですか?」
不安げにコリーヌが隣のディオンに尋ねたが、素早く答えたのはラファィエルだった。
「彼らが他国の人だからですよ。でも大丈夫、彼にはいずれすぐ会えます」
そうなのかとコリーヌが思ってるうちに、惣太郎が乗る軍用車がソロリソロリと発車した。
「行ってくれ」
ラファィエルに促されて運転手のリブル海軍兵がそっとアクセルを踏んだ。
「やっと終わったなあ。今日は旨いビールが飲めそうだ。そうはおもわないか、相棒?」
コリーヌを無事に保護したことで、いつになく上機嫌なラファィエルだ。ところが、ラファィエルが酒癖の悪いことを知っているディオンの表情は曇っていた。
「ええ、まあ……。ですが今日は報告書をまとめあげないと。彼女の件もあるし、早くしないとまた課長に小言を言われますよ」
「もう慣れっこだよ。現場の苦労もしらないアイツなんかほっとけ」
「それなら了解です」
今日もラファィエルに絡まれるのかと考えると憂鬱になるディオンだ。
(コリーヌもいっしょならなあ……)
ディオンがチラリと横に目を呉れると、大人しく座るコリーヌが車窓の外を眺めている。外ではちょうどリブル海軍が陣取る現場から、警察が規制する境界だった。警官によって道があけられ、群衆の海の中に一本の道がたちまち現れる。
二台の軍用車が安全を確認しながらその中をゆっくりと進むと、目の色を変えた記者達がフラッシュを焚く音と共に道の両方から車列へと群がってきた。
「コリーヌさん! 今のお気持ちを一言!」
「これからどちらへ? 艦隊司令部ではなく、航空隊への噂が出てますが?」
危ないからドケと軍用車から、けたたましくクラクションが鳴らされる。この様子にラファィエルは呆れ顔だ。
「仕事熱心なことだ。なんだい、この記者達の人数? ずいぶんと多いじゃないか?」
「ええ、時間がたつに連れて増えてましたよ」
「ふ~んそうかい」
ディオンの言葉に頷くラファィエルだ。
「でも今回ばかりは報道の自由は効かないんだがね。国家最高機密情報事案に該当するからな、今回の件は」
「東洋人の件がですか?」
「もちろんだ。問題なのは投降した人数さ。だから少し紙面の内容は違ってくる。わかるなディオン」
暗にコリーヌの存在を消せと言ってるラファィエルに、ディオンが応じた。
「到着しだい新聞協会に連絡しておきます」
「そうしてくれ。それとな、後は電波のほうだ。ラジオ局に実況でもされてたら大変だ。そっちの報道管制は大丈夫だろうなディオンよ」
この後すぐに、ディオンの悲鳴混じりの叫び声が軍用車内に響いたのは、言うまでもない。




