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漂流軍艦  作者: 青葉 加古
16/19

発覚

 ラファイエルが語る、政府の命令に嘘偽りはない。それが彼の態度に現れていた。


 惣太郎の乗機、三七水偵『綾瀬』二号機がプラージュ上空で撃墜されたその日、一隻のリブル海軍駆逐艦がひっそりと軍港へと入港している。


 その駆逐艦には『綾瀬』が見落とし、救助されずに海上を漂流していた、仮装巡洋艦『エルシー』の乗員らが乗っていた。


 これをハイエナのように嗅ぎ付けたのが、ラファイエルだ。聴取をさせろと、ラファイエルが第4艦隊参謀長との押し問答の末に、彼らから聞き取りをした結果は重大だった。キメラ兵の実戦投入が明らかになったからである。


 そして捕虜となった中野純平兵曹の尋問にも、ラファイエルは海軍と同席している。そこで意外にもあっさりと口を割った中野の証言は、ラファイエルと海軍の尋問官を唖然とさせるのに十分な内容だった。


 それもそうだろう。軍艦『綾瀬』に乗って、神聖八島帝国が存在する世界から来ただのと抜かせば、誰もが気がふれたのかと思うからだ。


 だが、実りのない話しばかりではない。『エルシー』に止めをさしたのは、てっきり大エーデルセン帝国海軍の仕業と思われていたのが、実は『綾瀬』であることが判明している。『エルシー』乗員からの聞き取りで、白い船体に、三本煙突などの大きな特徴が一致するところから、『綾瀬』で間違いない。 


 しかもだ。その『綾瀬』が『エルシー』同様にキメラ兵の襲撃を受けていた。そして、女性の乗組員一名がキメラに拐われている。ベルフォルトの命令で『古代人の女』としてだ。この中野の証言に、ラファイエルは色めき立った。


 『綾瀬』から居るはずのない『古代人の女』が連れ去られていることもあって、ラファイエルの頭の中は大混乱である。


 でも彼を悩ませたその件も今や、ディオンからの報告であっという間に解決していた。 


 それは本物の『古代人の女』たるコリーヌ・メディウムが、プラージュ市街エクレア通りにあるサンドイッチ屋に、東洋人と立て籠っているからである。


 となればだ。人違いに気づかず、『古代人の女』を手に入れたと思い込んでいる、ベルフォルトが次に取った行動には納得がいく。それが『超常の力』と云われる伝説の古代兵器を復活させるもう一つの鍵が、リブル共和国領モロシカ島の占領だからだ。


 ここまではベルフォルトの計画通りではないか。早速『古代人の女』を利用して、物騒な技を秘める『超常の力』の復活を試みているはずである。


 しかしだ。コリーヌは、ここプラージュに居る。だから古代兵器は復活せず、今ごろ地団駄ふんで悔しがっているであろうベルフォルトを思い浮かべながら、ラファイエルは急いで事の次第を軍中央に報告したものである。


 このラファイエルから届いた至急電に、情報憲兵隊上層部は驚愕した。

 もちろん、これまでにラファイエルから警告をされていたのにも関わらず、無視を決め込んでいたのだから無理もない。結果、誰からも見向きもされなかった事案が急展開。ベルフォルトの企みは、本気で本当らしいと思い知らされて、情報憲兵隊の上級組織、参謀本部第3局も真剣になって、ようやく政府を巻き込んで動き出したのだ。


 そして、リブル共和国大統領補佐官から直々に、ベルフォルトの陰謀を阻止すべく如何なる手段を取ってもよい、とラファイエルは命じられていたのである。


「それと提督、怪電波を傍受してますよね。まさか、撃墜されるおつもりで? 神聖八島帝国軍機を?」


「何故それを知っている?」


 驚きの顔を向けるブノワである。


 ラファイエルの言う、今朝早くに傍受された怪電波は、第4艦隊司令部を困惑させていた。


 それは神聖八島帝国を騙る軍艦『綾瀬』から、『綾瀬』が救助した『エルシー』乗員と、プラージュを逃げ回っている惣太郎に捕虜となった中野を、交換しようと提案がなされている内容だったからだ。その交渉の為、空路プラージュへ『綾瀬』から軍使を派遣するという。


 これを敵、大エーデルセン帝国からの欺瞞行為だとブノワは判断。交渉に値せずとこれを握りつぶし、念のため不審な航空機がプラージュに近づきしだい、撃墜するようにと命令を出していた。


「何故ですって? それは、我々が情報憲兵隊だからに決まってるじゃないですか」


 どや顔でラファイエルが言った途端、プラージュに不審機の侵入を告げるサイレンが鳴り響いた。


「ほうら、おいでなすった。きっと白い戦艦からの軍使ですぜ。彼らは不思議な存在ですが、敵ではありません。すぐに撃墜命令を解いて、軍使を受け入れる準備をして下さい。もちろんこれは、大統領閣下からの命令だと思っていただいて結構です」


「敵ではない? 白い戦艦は、明らかに『エルシー』を撃沈したのにかね?」


「ええ、あれはたんなる不幸な事故なので」


「不幸な事故だと? 聞き捨てならんな、ラフアィエル君。こちらには、戦死者も出ている」


「遺憾ながら、それは当然の結果ですなぁ。乗員の証言では、砲口を先に白い戦艦、『綾瀬』へ向け発砲したのは『エルシー』なのですよ。これは船乗りならば、その後は重大な結果を招くことになるぐらい、わかると言うもんでしょう? それに……」


「それに?」


「何もわざわざ敵を増やすことはないかと。彼らは慈愛の精神で、『エルシー』の乗員を救助してくれたのですから」


「ふん、不幸な事故の次は慈愛の精神ときたか。いったい君は何が言いたいのだ?」


 机上で肘をつき、指をさすブノアの声色は明らかにいらだっていた。上級海軍大将が放つ威圧感は伊達ではない。これが凡人ならば、すでに臆しているはずなのだが、この男ラファイエルには通用しなかった。


「何が言いたいかですって? それは『綾瀬』が取った行動、近頃にしては稀にみる驚くべき行為だということです。丸腰で海へと投げ出された相手に、容赦なく銃撃を加えるエーデルセンとは対応に雲泥の差があるとは思われませんか?」


「それは……、確かに……」


「そうでしょう、そうでしょう。しかも捕虜の話しでは、彼らは別の世界からここへ来た、と言ってるんです」


「その報告は聞いたよ。なんとも幼稚な話しだが……、まさか、君は信じる、とでも言うつもりではないだろうな?」


「信じるも何も、信じてやろうではないですか」


「馬鹿な、本気かね?」


「もちろんですとも」


 呆れ顔のブノワにさらりと告げて、おもむろに真剣な表情になるラファイエルだ。


「そんなことより、窮鼠猫を噛むです。街に展開している提督の海軍部隊は、東洋人を捕まえることに躍起になりすぎて、一緒に居る女の安全をまったく試みておりません。なんとも危なっかしいことですなあ。我々は女に用があるので、あまり東洋人を追い詰めないでもらいたいものです」


「東洋人が逃亡したさにヤケを起こしかねん、そんなところかな?」


「さすが提督、その通り。自分としてはそうなる前に、そして東洋人を大人しく投降させるためにも、軍使が必要不可欠だと考えるのですよ」


「なるほど……」


 的を得ているラファイエルの言葉だったので、反論の出来ないブノワである。たちまち仏頂面となって黙り込んでしまった。


 そもそも、『エルシー』が襲撃されたのはベルフォルトの動向を探らんとしたラファイエルのニセ電文が発端なのだが、陰謀を成合とする情報憲兵隊なので、自ら好んでそれを明かすことはない。


 だから『エルシー』が撃沈された事に固執して『綾瀬』に敵意を抱くブノワを、一刻も早くコリーヌの保護に協力させたいラファイエルは、早急な決断を促すべく、ここでダメ出しの言葉を放った。


「提督、大統領閣下は執務室で貴方からの吉報を首を長くしてお待ちなのです。それをお忘れなきように」


「むっ!? ウォッホン! そんなことぐらい、わかっとるぞ」


 これはどうやら効果覿面だったようで、仏頂面だったブノワの表情が一変するのだった。








「艦長、入電です!」


 必死の形相で特務実験艦『綾瀬』の艦橋にドタバタと飛び込んで来たのは、伊集院通信長だった。


「おう待ってたぞ、どっちだ!?」


 待ち望んでいた無電ではあるが、それをおくびにも出さず厳しい表情のまま、山下重蔵大佐が促した。


「サクラマンカイ、であります!」


「そうかやったぞ! リブルが軍使を受け入れた」


 打ち合わせ通り、事が成った場合の無電であった。だから伊集院の報告にようやく相好を崩し、手を叩く山下だ。軍使派遣を提案した伊東副長は、山下の傍らで安堵の色を浮かべている。


「相手が軍使を受け入れれば、後は思う通りです。こちらには軍使以上に交渉成立に役立つ、同乗者を送り込んでありますから」


「うむ、後は彼らに任せるとしよう」


「はい、では我々は予定通りに動くとしましょう」


 深く頷き表情を引き締めると、山下は号令を下した。 


「増速だ。変針180度回頭! 本艦はこれよりプラージュ近海を目指す」


 舵が切られ『綾瀬』は大きく海上で弧を描きだした。


「航海長、プラージュにはどのくらいで到着かな?」


「ここからだと、日没後だと思われます」


 吉松航海長の返答に、「そうか」と頷いて山下は伊東に訊いた。


「副長、『エルシー』乗員の軍服だが、洗濯は済んでおるか?」


「はい、全てピカピカであります」


「上陸は迅速に進めたい。我々の物は返却させて、すぐに着替えてもらおう」


「早速とりかかります」


『綾瀬』の艦首は北西へと向きを変えていた。その先はリブルの勢力圏だ。上空と海上、そして海中の警戒を厳にしつつ、『綾瀬』は速力をあげて勇躍進出するのであった。








 ここで話しは前後する。惣太郎が、コリーヌの家で伸びていた頃、モロシカ島の石碑の前に立つベルフォルトは、超常の力の出現に今まさに立ち合わん、と言いたいところだったのだが――



「どうした訳だ? 何の変化もないとは……?」


 ベルフォルトの口調にしては珍しく、明らかに動揺している。


 得たいの知れない超常の力の事だ。その復活たるや、さぞかし神々しくもあり、猛々しいものであろうと想像していたのとは裏腹に、天地は微塵も変化なく、古城の森から小鳥のさえずりだけが、相も変わらず聞こえてくる。戸惑いの感情が、怒りへと変わってベルフォルトの体がワナワナと震えだした。


「貴様、白い戦艦に帰りたくはないのかっ!」


 それは激昂であった。渇望していた超常の力を焦らされて、ベルフォルトが我を忘れた瞬間でもあった。目を血走らせて、レスティスを睨み付けたものだ。


「帰りたいに決まってるじゃない! だから、貴方の言う通りにこうして唱えたのに……。これ以上何が望みなのよっ!」


「超常の力だよ! 世界がひれ伏する超常の力だっ! だがこれはなんだ!? 何故、なにも起きんのだ!」


「そんなの、私に訊かれても知らないわよ! それより、さあ約束よ。呪文を唱えてやったんだから私を『綾瀬』へ丁重に帰してちょうだい! だけど、とんだ平和の使者ね、ベルフォルトさん。世界をひれ伏させるなんて、悪党が考えそうなことだわ」


「悪党? 何とでも言うがいい。唱えるだけなら意味がないのだ。何も獲ないまま、君を帰す気など、さらさらないんだよ!」


 そう吐き捨てて、足早にレスティスへと近づくベルフォルトだ。その憎悪に満ちた表情に、レスティスは戦慄を覚え思わず後ずさったのだが、乱暴に髪の毛をベルフォルトに鷲掴みにされては、もうどうにもならなかった。


「どうやらお前は、我々が把握していない言葉を知っているようだ。正直に今すぐ言え、吐け、唱えろ」


「い、痛い! 離して、離してよっ!」


「いつまで子供みたいに、意固地でいるつもりなのか? あまり我々を甘くみないほうがいい。今の私は情け容赦なく、なんでも出来る心境なのでね」


 冷酷に告げてレスティスを力ずくで膝まつかせると、ベルフォルトはホルスターから拳銃を抜くや、その銃口をレスティスの額に押しあてた。この行為に、さすがのじゃじゃ馬レスティスも、激しく動揺した。


「な、なんの真似? 約束が違う」


「黙れ。君に考える時間を与えよう。3分だけ待ってやる。だが、安心したまえ。時間切れでも殺しはしない。ただ君の耳に大きなピアス用の穴が開くだけだ。それを超常の力が出てくるまで繰り返す。先ずは右の耳だ。それが無くなれば、左の耳があるのだからな」


「そ、そんな……」


「言っておくがハッタリではない。私は本気だ。隠し言葉を忘れたのなら、必死で思い出すことだな。あと2分50秒しかない」


 腕時計に目をやりながらそう宣告して、ベルフォルトは銃口をレスティスの右耳へと向けた。その時だ。


「そんな事をしても時間の無駄ですわ、中佐!」


 大声で叫んだのは、フェイであった。


「あ、おい、止めんかフェイ大尉!」


 リスティッヒの制止を無視して、フェイはスタスタと険しい顔つきでベルフォルトの方へ近づいて行く。


「あのでしゃばりめ! 何をするつもりかっ!」


 フェイの後を直ぐさま追う素振りをみせたリスティッヒだったが、彼の肩を白い手袋をはめた手がポンッ、と置かれた。


「まあまあ、リスティッヒ参謀……。ここは大尉の好きなようにさせてあげようではないですか」


「の、のんきな事を。ファビィアン軍医もどうかしているぞ!」


 離せと言わんばかりにファビィアンの手を振り払おうとしたリスティッヒだったが、ギョッとなった。肩を掴んでいる手が、ビクともしないのである。意外にも怪力なのだファビアンが。そして丸メガネをずりあげて、ハタと気がついた。穏和な表情が一変。ファビィアンから笑顔が消え失せ、珍しく能面のような顔つきになっていた。


「残念ですが、どうやら大尉が言うように、中佐がやってる事は、もはや時間の無駄だとしか言い様がありません」


「軍医、この際だから君に言っておくが中佐のなさることに無駄はないぞ」


「確かにこれまではそうでしたが、今回の件に関しては別なのですよ」


「何故そう言い切れる?」


「簡単なことです。そもそも超常の力に関する古文書は、全て完全に且つ完璧に解読済みだからです。なので隠し言葉など、あろうはずがない。それは、あの方も重々承知なはずなのに、とんだ醜態を晒してしまったものですよ」


「な、なんだってぇ。と、なると……」


 リスティッヒが苦悶の表情でベルフォルトの方を見た。すると、彼の傍らでレスティスに指差すフェイが視界に飛び込んで来た。



「耳なんて言わずに、さっさとその女を処分して下さい中佐!」


 フェイの思わぬ行動に、ベルフォルトは苦笑いを浮かべていた。


「唐突だなフェイ。解っていると思うが、この女が死ねば超常の力は永遠に失われることになる。だから君は私の邪魔をしないことだ」


「いいえ、いくら中佐の命令でもそれは聞けません」


「どうやら少し君を可愛がり過ぎたようだな。他の部下の目もあるんだ。もう一度言う、下がれフェイ大尉」


「話を聞いて下さい中佐。この女はコリーヌ・メディウムなんかじゃないんです。だから、この女が死のうが生きようが、一生超常の力なんて手に入るはずがないのにっ!」


「ハハハ……。何を言うかと思えば、どうかしてるぞ、フェイ。コイツは、コリーヌに間違いないのだからな」


「私は中佐の自信に溢れているところが大好きです。でも、迂闊でした。中佐も私たちも含めて……」


「なにぃ?」


 眉間に皺を寄せるベルフォルトを見つめて、諭すようにしてフェイが語り出した。


「写真と見比べればこの女、確かに誰もがコリーヌだと思うはずですわ。でも、身体的特徴を記した調査報告書には、髪は癖っ毛のある栗色で瞳はグリーンだと書かれていたのを、覚えてらっしゃいませんか中佐?」


「……あっ」


 漏れた声の調子から、ベルフォルトが『古代人の女』の身体的特徴を思い出したのは明らかだ。

(そうだった! 私としたことがっ!)


 ベルフォルトは顔半分を歪めてレスティスをマジマジと眺めると、やがて舌打ちをついてレスティスに向けていた拳銃を下ろしていた。


(まんまと、リブルにしてやられたか。いや、だが待てよ……)



「これでお分かりになりましたか、中佐?」


 ニコリと笑い、勝ち誇ったように腰に手をあて大きな胸を張るフェイである。これにベルフォルトは力なく頷いた。ただフェイに向けた顔つきは、意外にも清々しかった。


「ああ……。わかった、わかったよ。だがな、フェイ」


「はい?」


「世の中あり得ない事だらけのようだ。その渦中に身を投じているのかと考えるだけで、見ろ、体が震えている!」


「えっ?」


 ベルフォルトが何のことを言っているのか分からないので、フェイが難しい顔をする。それを無視して、ベルフォルトが「ククク」と笑いを堪えていると、


「さぁ、これでハッキリしたでしょ!」


 と威勢のよい声だ。それはレスティスだった。


「いい加減に私を帰して!」


「黙れ、耳障りだお前の声は!」 


 激しく一喝したのはフェイであった。


「貴様の処遇はこれから中佐が決めるんだから、大人しく待ってな!」


「そんな!? 約束は果たしたし、人違いで私を連れてきたのは、あんたたちなのに! ウッ!?」


 なんだか本当に帰れそうにない雰囲気に、興奮したレスティスが立ち上がった瞬間であった。不意に溝内へとフェイの一撃が決まったのだ。


その場に崩れ落ちたレスティスは、気を失っていた。そこへリスティッヒが心配そうに声をかけてきた。


「中佐、これはいったい?」


「見ての通りだ。バルドゥールが連れてきた人物が偽者、いや正しく言えば別人だったようだ」


「えっ!? ではやはり軍医が言った通りでしたか……」


 リスティッヒが目をまん丸くしている背後からだった。突然の高笑いだ。それはファビィアンで、なんとも人を小馬鹿にしたような笑い声だった。


「アハハハ……。聞き捨てなりませんね。別人ですと? ご自身の大失態をオブラートするおつもりか、ベルフォルト中佐?」


 詰問口調でファビィアンは眼光鋭く、ベルフォルトを睨み付けていた。これに戸惑いの声をあげたのは、リスティッヒだった。


「軍医、あんた何を言っとるんだ? 上官に対して言葉が過ぎるんじゃないか?」


「勘違いはよしてください。私は教皇庁検証委員会直属の人間。協力は惜しみませんが、あなた方の行いを逐一報告するのが主な役目なのでね」


「報告だと? それこそオブラートではないか。監視と言え、監視と! 虎の威をかりた教皇庁のヤブ医者めが」


「驚いた。私に楯突くつもりで? よい度胸ですねリスティッヒ参謀長。あなたごとき矯正収容所送りにすることぐらい、実に容易いことなのですよ」


「ハッタリを! 検証委員にそんな権限はないはずだ」


「では試してみましょうか? 後から後悔しても追いつきませんよ」


「まあ、待て二人とも。ここは冷静になろうではないか」


 火花を散らすリスティッヒとファビィアンの間を、割って入ったのはベルフォルトだった。


「冷静になれですか? こちらにはそうも行かない事情があるんです」


「事情?」


 眉根をひそめるベルフォルトだ。ファビィアンは話を続けた。


「教皇様には、早晩超常の力を手にすることになると既に報告済みでしてね。ここでしくじってもらっては、困るのですよ」


「何もしくじってなんかいないさ」


「リブルにまんまと偽者を掴まされたのに?」


 鼻で笑うファビィアンに、ベルフォルトは冷笑で応えた。


「違うな軍医、リブルとこの女は関係ないのだよ。彼女はあの時……、我々が『エルシー』を襲撃した直後、この海域に出現した白い戦艦『綾瀬』に居て、偶然バルドゥールが拉致しただけなんだよ。君も瓜二つと言ってたように、そっくりだからな『古代人の女』に」


「……ふん! 馬鹿と天才は紙一重と言いますが、中佐は馬鹿な方のようで実に残念極まりない。貴方はこの女の尋問を信じるつもりのようですな?」


 ファビィアンが顎でしゃくった先に、横たわるレスティスがいた。


「状況からして信じざるを得ないな。今の今まで、リブルの罠にハマったのかと思ってたのだが、これは見えない力が働いた偶然の結末なのだよ。だから君は、それを包み隠さず報告すればいいだけの話しさ」


「中佐は私がそんな報告、本気で出来るとお思いか?」


「出来ないのなら保留にするんだな。『超常の力』、今日明日には手に入る旨は伝えてないのだろ? ならば時間はあるはずだ」


「中佐、貴方には失望しました。これからどうやって『古代人の女』を捜すと言うので? 仕方がありません。教皇庁へはありのままを報告致します。直ぐに召還命令が来る筈なので、あなた方は帰還の準備でもしてて下さい」


 そう吐き捨てて、ファビィアンはこの場を立ち去った。。


「行っちゃった……。アイツ猫被ってたんだ。本当にイヤな奴!」


 フェイが悪態をついて、リスティッヒが相づちを打った。


「まったくだ。あれではオーパと同じ穴の狢ではないか。中佐、あやつは保身のために有らぬことまで報告しかねませんよ。このままで宜しいので?」


「ほっとけばいい。軍医は成り上がり者だから教皇庁に敵も多い。この件、好機とみて動く輩が出てくるはずだ。みてろ今に泣きついてくるぞ」


 それを知っての事なのだろう。リスティッヒの憂いの表情とは対照的に、ベルフォルトは焦りの色も見せずさばさばとしていた。


「それよりも、善後策を話し合おうではないか。『古代人の女』の事、私はまだ諦めていないのだからな」


「それを聞いて、このリスティッヒ、安心致しました。中佐にやる気があれば、なんとかなります。さあ、我々も引き上げましょう」


「ちょっと待って、この役立たずはどうするの?」


 フェイは憎々しい者を眺める顔つきでキッと、レスティスを睨み付けてから、ベルフォルトに自身の考えを提案した。


「もうこの女は用済みですよね、中佐? 約束通り解放しても、計画を漏らす可能性がありますわ。だから、さっさとあそこからポイッとしたらいかがかしら?」


 古城の向こうを指差すフェイである。その下は、波が打ち付ける崖となっている。


「確かにその通りですな。今やこの娘はただのお荷物ですからなあ。人違いでここへ来たのは気の毒ですが、死人にくちなし。ここは処分したほうが賢明かと」


 リスティッヒも、フェイの案に賛成のようである。その二人にベルフォルトは、はっきりと告げた。


「いや、処分は早急な判断だよ」


「そうは思いませんわ!」


「フェイ大尉、聞け。彼女を殺しはしないし、帰すこともしない。今は役立たずかもしれないが、後々役立つかも知れないからだ。リスティッヒ!」


「ハッ!」


「お前に彼女を預ける。お客様の扱いには十分注意してくれ」


 レスティスの処遇は決まった。『綾瀬』に戻ることを切に願う彼女の想いが打ち砕かれた瞬間だった。



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