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漂流軍艦  作者: 青葉 加古
15/19

逃走の果て

新規投稿します。読んで下さると、大変嬉しく思います。

「なんだあ、あのトラックは!」


 リブル警察のパトカーが、トラックに弾き飛ばされたのを目の当たりにして、山道を塞ぐ警察検問所からすぐ側、中央街道に構えるリブル海軍検問所は、何事かと色めきたっていた。


「第4艦隊司令部から入電! 東洋人は女と中央街道方面へトラックで逃走中。警戒されたしとのことっ!」


 装甲通信車から身を乗りだした通信兵が叫ぶと同時に、指揮官が怒鳴り声をあげた。


「そいつは、きっとアレだっ! 追うんだ、逃がすなっ!」


 すかさず2台の四輪装甲車が、追跡を開始である。その車体の上部には、お茶碗をひっくり返したような機関銃の旋回砲塔を有しており、コリーヌと惣太郎が乗ったトラック目掛けて猛然と火を吹いた。すると、荷台に積まれた木箱がたちまち粉々に砕け散り、トラックの両脇を掠めた機銃弾が、惣太郎側のサイドミラーを吹き飛ばした。


「キャアアアッ!」


 悲鳴をあげながら、コリーヌがたまらずハンドルを切る。隣に座る惣太郎も顔面真っ青で、声すらでない。交差点を左に折れて、なおも逃走を図るトラックをタイヤを軋ませながら、装甲車がそしてパトカーが続く。


「タイヤを狙え! 奴の足を止めろ!」


「了解!」


 機関銃手のインカムから、車長の号令だ。砲塔の機関銃が上下に動いて狙いを定め、射撃が再開である。コリーヌが巧みに、左右へとハンドルを切って銃弾をかわす。


「いいぞ、その調子だ!」


 窓から身を乗りだし、嬉々として後ろの様子を窺う惣太郎だったが、装甲車がスピードをあげてきたのを目の当たりにして、顔を歪めた。


「マズイ! 横に並ぶつもりみたいだぞっ!」


 みるみるトラックへと迫る装甲車に並ばれまいと、コリーヌが蛇行運転をして進路を妨害に出た。これでは並走出来ない。左右に展開する装甲車がスピードを落とすと、またもや砲塔が動き出した。そして必殺の一撃を浴びせんと、狙いを定めたその時だ。


 前方に赤信号で停車している、車両の群れに出くわしてしまった。これでは迂闊に発砲ができない。流れ弾が、市民に当たるかも知れないからだ。発砲を躊躇する装甲車を尻目に、トラックは、クラクションを鳴らしながら迷うことなく対抗車線に侵入していった。


「おいおい、なんて無茶な運転をしてるんだ?」


 車列の先頭で信号待ちをしているディオンは、前方から激しくクラクションを鳴らしながら突進してくるトラックに釘付けとなっていた。


 暴走するトラックを、対抗車が慌てて避けている。その勢いのまま、トラックが赤信号の交差点へと侵入だ。急ブレーキをかけて、トラックとの衝突を回避した車の間を、S字を描いてトラックは尚も暴走だ。すれ違う寸前、いったいどんな奴が運転をしているんだろうかと、ディオンがまなじりをつり上げて、トラックの運転席へと目を向け固まった。


 あのサンドイッチ屋の売り子であり看板娘のコリーヌだからだ。側には飛行用のゴーグルを頭にのせた、東洋人らしき人物もチラリとだが確認できた。ディオンは今、ジャコブに正体を明かしてコリーヌの家を聞き出し、保護に向かう最中だった。その対称者が、あろうことかお尋ね者の東洋人と一緒に、向こうへと走り去って行くではないか。


 タイヤを軋ませディオンの車がUターンだ。追って来た装甲車の前へ出るや、猛追してあっという間にディオンはトラックの運転席側に車を幅寄せしていた。


「コリーヌ、止まれ、止まるんだ! なんで君が東洋人と一緒なんだ!?」


 聞き覚えのある声に、コリーヌは驚いた。


「あら!? あなた、新聞社の!」


「すまない! 訳あって、あれはウソなんだ。俺は情報憲兵隊のディオン少尉だ。君を保護するから止まってくれ!」


「それは、出来ないわっ!」


「出来ないって、何故さ? 東洋人に脅されているのか!?」


「危ないッ! コリーヌ前を見て!」


 惣太郎の声で咄嗟にコリーヌが前を向くと、路面電車が目前に迫っていた。慌てて右へと回避するコリーヌだったが、トラックは勢い余って歩道へと乗り上げてしまった。歩道を歩く人々が驚いて逃げ惑う。カフェの前にあるテーブルにイスを次々と撥ね飛ばし、ゴミ箱と花屋の手押し車を押し潰したが幸い人がそうなる事はなかった。


 トラックは車体を激しく揺らしながら車道に戻ると、ディオンの来た道をひた走って行く。その方向にピンときたディオンである。


(確か、あの角を曲がった先には……まさか)


 ディオンの予感は直ぐに的中した。案の定トラックは角を曲がって、エクレア通りを突っ走る。その先には、あのサンドイッチ屋がある。そう、コリーヌはそこへ逃げ込むつもりなのだ。


 コリーヌが向かっていることなど露とも知らず、サンドイッチ屋の主、ジャコブは肩を落とし哀愁漂う背中を見せて、店先の花バチに水をやっていた。落胆の理由は、ディオンに告げられた言葉にショックを受けたからだ。


「コリーヌがもう戻ってこないなんて……。ああ、俺は今日から何を楽しみに生きて行けばいいんだよ」


 独り言とため息を吐くジャコブは、物凄いブレーキ音で我に返った。音のする方へ顔を向けると、トラックだ。


 車は急には止まらない。猛スピードで飛ばしているトラックならば、尚更だ。タイヤはブレーキを掛けたことで、しっかりとロックされているが、トラックは止まる事が出来ず、後輪から白い煙をあげながら路面を滑り、唖然として立ち尽くすジャコブの前を通過。そして歩道に乗り上げるや、


「ガシャン!」


 と消火栓にぶつかってようやく停車した。トラックのバンパーはくの字に折れ曲がり、衝突の衝撃で破壊された消火栓からは、勢いよく水が噴出して辺りを濡らす。


「た、大変だ。事故だ!」


 驚いてトラックの方へと駆け寄ろうとしたジャコブが、目を見開いた。運転席のドアが開き、降りてきた人物がワンピース姿の女性だったからだ。そして、


「急いでっ! こっちよ!」


 と叫び、トラックを棄てて必死の形相でこちらへと駆けてくるではないか。聞き覚えのある声に知ってる顔、紛れもないコリーヌだ。


「コリーヌじゃないか! いったいどうしたんだ?」


 コリーヌのただならぬ様子に、声を掛けたジャコブの顔が瞬時に引きつった。コリーヌの後ろから、パイロットの軍装をした東洋人が現れたからだ。東洋人も鬼気迫る顔つきで、コリーヌを追っている。これで全てを悟った、否、勘違いをしたジャコブだ。腕っぷしには自信がある。仁王立ちで、コリーヌとすれ違いざまに、


「理由は分かったぜ、店ん中に隠れてなっ! てめぇ、コリーヌに何をしやがるつもりだぁ!」


 と闘士満々、惚れた女の危機を救う為に、相手がピストルを所持しているであろう事などすっかり忘れて、突然惣太郎に襲いかかってきたもんだから、たまらない。だが、


「うわぁ!」


 と声をあげたのは、ジャコブの方だった。惣太郎と取っ組み合いになるかと思いきや、瞬時に天地がひっくり返り、ジャコブは惣太郎の柔道技で、路面に叩きつけられていたのだ。


「すみません、大丈夫ですか? 貴方がいきなり殴りかかって来るから……。ん? 気絶してる……」


 申し訳なさそうに詫びる惣太郎の後ろから、今度はコリーヌの声が飛んできた。


「ジャコブさん、少しだけ匿って! 清水さん早く、早く!」


 すっかり伸びている、ジャコブだからこの声は届いていないのだが、追手は目前だ。介抱を諦め、惣太郎はコリーヌが手招きする、サンドイッチ屋の中へと飛び込んだ。すると間一髪、表に急ブレーキの音がする。それは、ディオンの車だった。


 すぐに、ガチャガチャと乱暴に店のドアノブが回される。


「あっ、クソ。鍵を掛けたのか。おい、ここを開けろ、コリーヌさん、開けてくれ!」


 ディオンが叫び、ドアを激しく叩いている後ろに、装甲車とサイレンを鳴らしたパトカーが到着だ。


「青年! そこをどかんかっ!」


「へっ!?」


 呼びかけられて、ディオンが後ろを振り向くと、装甲車から飛び出した車長が立っている。そして、ゆっくりと装甲車の砲塔がこちらへ向き、機関銃の銃口が狙いを定めている姿が目に飛び込んできた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! この中には民間人がいるんだぞ、撃つなっ!」


「構わん撃てっ!」


 腹に響く機関銃の射撃音が、ディオンの叫び声を打ち消した。たちまちボカボカと、サンドイッチ屋のドアに孔があき、やがて原形をとどめず消し飛んだ。店先を飾る花バチも粉々、表通りに面して二つある窓ガラスも砕け散り、白塗りの壁が弾痕でアバタ顔のようになった頃、機関銃の射撃が止まった。


「なんて事をしてくれたんだよ……」


 この惨状を見て、その場にヘナヘナと座り込むディオンだ。アレほどの無情な射撃を見せつけられては、どう考えてもコリーヌが無事でいることなどあり得ないからだ。ところがである。


「い、いないぞ! 何処へ行った!?」


 ホルスターから拳銃を引っこ抜き、勇んで先に店内へと乗り込んだ車長が、もぬけの殻の店内を見渡して戸惑いの声をあげた。


 すると、上階からドスドスと、誰かが慌ただしく動き回っている音だ。車長は拳銃を構え、慎重に店の奥、厨房の方へと進むと、あった階段だ。それはジャコブの住む二階の部屋へと続く、階段であった。


「そこに逃げたかぁ!」


 勢いよく階段を駆けあがり、ドアに体当たりをかます車長だったが、びくともしない。ドアの向こうでは、息も荒く惣太郎とコリーヌが、最後の一仕事を終えようとしていた。


「コリーヌさん、これで最後だ。端を持ってくれ」


「ええ、わかりました」


 せえので、ドアの前につみあげられた冷蔵庫にチェスト、テーブルの山の上にさらにソファを載せて、バリケードの完成だ。これでは、容易く室内に突入することは出来ない。


 車長がこなくそとばかりに、ドア目掛けて拳銃を、


「パンッ! パンッ! パンッ!」


 と発射するが、手応えはなかったようで、階下に顔を向け叫んだ。


「おい、誰かっ! 手投げ弾持ってこい!」


 しかし、車長の前に現れたのは手投げ弾を持った兵士ではなく、双眉をつり上げ階段を駆け上がって来るディオンだった。


「やめろって言っている! 中には民間人がいるんだぞ。東洋人を刺激して何になるんだ?」


「おい、その手を離せ! お前、軍を妨害してただで済むと思っているのか?」


 いきなりディオンに両手で胸ぐらを掴まれて、苦しそうにしながらも威嚇する車長だ。


「あいにくだが、俺も軍の特命で動いているんでね。海軍が東洋人に用があるように、俺にはアイツと一緒に居る女に用があるんだよ」


「軍の特命だと? 貴様、何者なんだ?」


「情報憲兵隊第7課のディオン少尉だ。表に出ろ。ここは、いったん退いてもらう。それから、通信機を貸してくれ。俺の上司に連絡を取りたい」


「情報憲兵隊だと?」


 突然、目の前に現れた情報憲兵隊員を名乗るディオンに思わず怯む車長であった。







「司令官、東洋人はこのプラージュ市街を逃走中であります。これで、もはや袋の鼠です」


「うむ、そうか。しかし、これ以上逃走の恐れがあるようなら、捕虜は二人もいらんぞ。ここまでかき回されたんだ。我々のメンツもある」


 司令官と呼ばれた男、カイザル髯を蓄えた初老の将官が、苦々しい顔つきで参謀長に吐き捨てた。


 ここはリブル海軍第4艦隊司令官室。カイザル髯の男は、ブノワ上級大将。ここの司令官である。

「それは、逃走中の東洋人を無理に確保することはない、という意味で?」


 参謀長の言葉に、ブノワが深々と頷いた。


「そうだ。射殺しても構わんよ。先に捕らえた捕虜の尋問は済んだからな。我々は今や情報よりも、市民の安全を優先すべきだ」


「わかりました。すぐに展開している部隊へ、命令を発令しましょう」


 踵を参謀長が返した時だ、


「ちょっと待ったぁ!」


 と司令官室のドアを勢いよく開いて、ズカズカ足音をたてながら入室してきたのは、クシャクシャ頭に、くたびれた背広を着た人物だった。


「射殺命令なんか出さずとも、あなた方の部下達は既に街中でドンパチを始めてますよ!」


「またお前か? ここは司令官室だぞ。誰の許可を取ってここへ来た? 無礼ではないか!」


「えぇ、政府の許可は取ってありますから大丈夫です、艦隊参謀長殿」


「政府の許可?」


 憤怒を露にしていた参謀長も、政府の言葉に困惑気味だ。


「手荒な事は慎んでいただきたいものです、ブノワ提督。これは政府の命令でもあります」


 年代物の立派なブノワの机に両手をついて、クシャクシャ頭の男が真剣な表情で迫る。


「ほう……。政府の命令とはただ事ではないな……。ところで、いったい君は誰なんだ? 参謀長は知っとるようだが、軍の者かね?」


「コイツですか? 情報憲兵隊の大尉で……」


 訝しそうに眉根を寄せて訊くブノワに、クシャクシャ頭の男は参謀長の声を遮り自ら名を明かした。 


「申し遅れました。自分は、ラファイエル。情報憲兵隊の大尉であります」


「ふむふむ、政府に情報憲兵隊か……。裏でコソコソ何をしておるのかは知らんが、ますます、ただ事ではないようだなラファイエル君とやら」



 眼光を鋭くして目を向けるブノワに、ラファイエルは、真剣な表情から一変。鼻でせせら笑いを見せ、余裕たっぷりに、そしてキッパリと言い放つのだった。


「いらぬ詮索は無用です提督。我々が裏で動き回るのも、全ては祖国の為なのですから」




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