突破
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復活の唄を継承したコリーヌには、レスティスを助け出す方策があるという。なのに、ベルフォルトの居場所が掴めていない事を思い出した惣太郎は、大いに落胆していた。それは今直ぐにレスティスを、助けに行くことが叶わないからであった。
だが、落ち込んでばかりもいられない。レスティスが拐われた謎は解けた。しかしその分、彼女に身の危険が増しているようだからだ。
「まあ、とりあえずだ。君を連れてって、その後自分は何をすればいいんだい?」
気を取り直し、今後の参考までにと訊いた惣太郎に、コリーヌがとんでもない事をここで明かした。それは、救出案としては、まったくもって参考にもならなかったからだ。
「その後……。清水さんは、レスティスさんを連れて帰って下さい。後のことでしたら、私が残れば済む事ですから」
「はい!? 君を残して帰れだって? そんなの出来っこないでしょっ!」
口を尖らせて、憤懣やる方ない表情の惣太郎だ。期待していた、救出案がコレだとは予想もしなかったので、ガッカリもいいとこである。しかも、コリーヌを置き去りにして、意気揚々と引き上げる事など、考えもつかないことだ。これでは男が廃り、海軍軍人の名が泣くのである。
「やっぱり、ダメなんでしょうか? レスティスさんは私のせいでベルフォルトに捕まったんですよ、だから……」
「だから、コリーヌさんが残る、つまり交換だ」
「えぇ、そうです」
「却下! そんなの救出案でもなんでもない。ただの人質交換じゃないか。それじゃあ、意味がないよ」
「そんな……」
オロオロと、明らかに困った様子のコリーヌに惣太郎が捲し立てた。
「絶対にダメだ! ベルフォルトの元へ君を置いてきぼりにする事なんて、出来るはずがないじゃないか。責任を感じてるようだけど、そんな事をしたら家族や恋人が心配するに決まっている。君はもっと自分を大事にしなきゃあ」
「ありがとう。心配してくれてるんですか? 清水さん」
困り顔から一転。少し表情を緩め、はにかむようにしてコリーヌが訊いてきた。
「あったりまえでしょ」
声も態度もすっかり呆れ果ててる、惣太郎だ。
「えへへ……。嬉しいなあ。ところで私、恋人と呼べるような人は居ませんよ」
「そうなんだ、意外だな。それなら、自分と一緒だ。でも大丈夫。君なら直ぐにでも出来るよ」
「あら? レスティスさんが、恋人ではではなくて?」
「そ、そんな仲じゃないよ。ただの仲間なんだ」
コレには直ぐに反応せず、横目を呉れるコリーヌがクスクスと笑った。
「自分をレスティスさんだと勘違いして、私を抱きしめたのに、ただの仲間なんですか?」
痛いところをつかれたようで、惣太郎の顔が瞬時に赤くなって、引きつった。
「そうだよ、大事な仲間だ。それと、その件は早く忘れてくれ。で、ご家族は居るの? 見たところ、独りで暮らしているようだけど?」
「私の家族ですか? 家族はみんな死んでしまって、誰も居ません」
コリーヌの追求をそつなくかわせた惣太郎だったが、コリーヌの言葉に、しまったと思った。コリーヌが自分の事を淡々と語り出すと、車内の空気が一変した。
コリーヌの母親は、彼女が小さい時に他界。どうやら、病弱だったらしい。コリーヌには三つ年上の兄がいて、二人を父親が男手一つで育て上げたようだ。天涯孤独になってしまったのは、大エーデルセン帝国との、戦争のせいだった。徴兵で戦場へと出征した父親と兄は、リブル共和国軍の反攻作戦に参加して、戦死を遂げたと言うのである。
彼女が継承者となったのは、父親が所属する部隊へと旅立つ前日の夜だったそうだ。恐らくコリーヌの父親は、こうなる事を見越していたのであろう。
「そうなんだ……」
気の毒にと簡単に口にすることなど、惣太郎には出来なかった。これが精一杯の言葉であった。それにしても、今となってはコリーヌも見えない重い荷物を、背負わされてしまったものである。
惣太郎が一言を発した後、彼は口をつぐんでしまっていた。コリーヌも黙っている。聞こえてくるのは、トラックのエンジン音だけだ。淡々と話してくれたコリーヌであったが、内容が内容だけに気が重い惣太郎なのだ。
「ラジオでも着けましょうか?」
惣太郎の雰囲気を察して、コリーヌが気を利かせてカーラジオのスイッチを入れた。流れて来たのは、ニュースだった。それは、大エーデルセン帝国との戦況を伝えていて、アナウンサーがなにやら興奮ぎみに喋りまくっている。
「何か陽気な音楽でもやってないかしら?」
他の周波数を探そうとした、コリーヌの指先がピタリと止まった。その顔色は青ざめ、声をあげていた。
「大変だわ。ベルフォルトは、モロシカ島の事も知っていたのね」
「モロシカ島? なんだいそれ?」
何だろうと、惣太郎がラジオに注意深く耳を傾けると、大エーデルセン帝国がリブル共和国領のモロシカ島を昨日占領した事を告げている。
「モロシカ島は、ここプラージュから遥か彼方、南にある孤島で、そこに実はグロースの石碑があるんです」
「石碑? グロースの記念碑があるのかい?」
「ただの、記念碑だとよかったんですが……。その前で復活の唄を唱えると古代兵器が甦るんです。だから、私がベルフォルトの所へ行って復活の唄を唱えたとしても、石碑の前でなければ、何も起こらないと思ってたんです」
「そうか、置き去りの理由は、そういう訳だったんだ。でもね、それでもベルフォルトの所へ、君を残すことはさせないよ。奴なら、どんな手を使ってでも、聞き出そうとするはずだから。だけど、ありがとうコリーヌさん」
「えっ?」
突然、惣太郎からお礼を言われてキョトンとするコリーヌだ。
「君がラジオを着けてくれたお陰で、ベルフォルトの居場所がわかったよ。奴は、レスティスと一緒にモロシカ島に居るんだ」
「大変! 急がないと。この先のカーブを曲がって坂道を下れば、中央街道はもうすぐですから」
「うん、わかった」
惣太郎が真顔になって頷いた。さて、冷静になって考えてみると、レスティスの居場所が偶然にも分かったのはいいが、素直に喜んでもいられなかった。ここから上手く逃げおおせても、脱出した中野を捜しだし、『綾瀬』に連絡を取って救出を要請しなければ、何も始まらない。頭を悩ます惣太郎だ。どれも、容易いな事ではないからだ。
トラックが最後のカーブを曲がった。直線の下り坂に差し掛かった途端コリーヌが、
「アッ!」
と声をあげていた。
「警察だわ!」
コリーヌの視線の先、坂道を下りきった場所に、バリケードと青色灯を回転させたパトカーだ。このトラックを認めたであろう警官達が、慌ただしく動き回っているのがよく見える。
当然ながらリブル警察は、プラージュ市街から猫の子一匹逃さないと、郊外に通じるいたる場所に検問所を設けていたのだ。ここも、その一つだった。
「突破します! 清水さん、しっかり掴まってて下さい!」
ここで捕まるわけにはいかない。コリーヌの凛とした声に、迷いはなかった。
「ああ、宜しく頼むよ」
真剣な眼差しで応じる惣太郎の横で、コリーヌがギアを最速にするや、勢いよくアクセルを踏み込んだ。
アクセルは全開。トラックは土煙をもうもうとあげながら、坂道を下って来る。その意図を察知して逃走を阻止するべく、一台のパトカーが中央街道には行かさぬとばかりに、スルスルと出て来ると、横っ腹をトラックに向けて山道の出口を塞いだ。
「お願い! 危ないからどいてっ!」
叫びながら、コリーヌがクラクションを鳴らした。危ないと叫んでいるが、ブレーキを掛けるつもりは、さらさらない。
これではまるで、突進してくる鉄の象である。殺気を感じて、パトカーの運転席から警官が慌てて飛び出して来た。その瞬間、爆走するトラックがパトカーに激突した。瞬時にパトカーは、撥ね飛ばされてひっくり返り、青色灯が砕け散る。バリケードも踏み潰し、検問突破は成功したかに思われた。
「あっー、ダメだわっ! 軍隊よ!」
左にハンドルを切らんとしたコリーヌだったが、思いに反して反射的にハンドルは右へと切られていた。検問所は、警察だけではなかったのだ。コリーヌが見たのは、北へプラージュ郊外へと抜ける中央街道の真ん中に、デンッと配置された錨のマークが描かれている装甲車をいくつも有する、リブル海軍部隊の検問所だった。それはハッキリと惣太郎の目にも映っていた。
勢いよくハンドルが切られた事で遠心力が働き、トラックが大きく傾いた。一瞬だけ、惣太郎側の車輌が浮いたが運良く直ぐにもとの位置へと戻りバウンドだ。その反動でトラックの天井へ、ゴチンと頭をぶつける惣太郎である。そしてトラックは、左右に巨体を揺らしタイヤを軋ませながら、やむ無くプラージュ市街へと逃走するのだった。
「コンコンコンッ!」
車の窓を叩く音に、自称新聞記者のディオンは、なんだろうといった顔つきで窓を開け、深々と被るハンチング帽の庇を軽く上げた。
「あいにくだが、お客さん。まだ開店準備中だよ」
胡散臭そうにどら声で声を掛けてきたのは、コックコートを身に纏った恰幅のよい壮年の男だった。開店前の清掃でもしようとしているのか、その手には箒が握られている。
そう、ディオンは昨日フラりと買い物に立ち寄った、サンドイッチ屋の前に居るのだった。このコックコートの男は、サンドイッチ屋の主人なのだ。
「そうですか。では、お店が開くまでここで待ってますよ」
あさっりと言ってのけて、さっさと窓を閉めようとするディオンにサンドイッチ屋の主人、ジャコブが呆れた口調で言った。
「待ってくれるのは有難いが、暇な奴だなぁ。お前さん、新聞記者なんだろう?」
思わず目を丸くするディオンである。昨日一見さんで来たばかりなのに、ディオンが新聞記者であることを知っているからだ。ここのサンドイッチ屋の売り子が、ジャコブとの他愛のない会話の中で、自分の事が話題にでもなったのかとディオンが勝手に想像していると、ジャコブが聞き捨てならない言葉を吐いた。
「今は忙しいはずじゃあないのか? 例の海軍と警察が捜索している、東洋の軍人を追いかけないで、うちの看板娘のケツを追いかけるなんざあ、大したスケベ野郎だよ」
「それって、どういう意味でしょうか?」
一応であるが、これでも客なので言っていい事と悪い事がある。思わず、ムッとなるディオンだ。でも、全てが間違いではなかった。それは確かに、サンドイッチ屋の看板娘のケツを追い掛けに来たからだ。
「その様子だと、お前もこの辺の冴えない奴らと一緒の類いか。残念だが、コリーヌは今日は来ないぜ。ピストル持った東洋人が彷徨いてるんだ。危なくて、しばらく休めと言ってあるからな」
「コリーヌ?」
一瞬で顔色が変わったディオンである。それは知っている名前、追っている『古代人の女』の名前がひょんな事から出てきたからだ。
「ご主人、今あの娘の事をコリーヌと言いましたよね?」
「おお、言ったよ。それがどうした?」
「フルネームで教えてくれませんか?」
「な、なんだと?」
真剣な表情で車から降りてきたディオンに、ジャコブは思わず後退っていた。
「恋患いで、どうも必死のようだな。ダメだ、教えてやんねぇ」
プイッと横を向く、ジャコブだ。
「どうしてですか!? 名前を教えるぐらい、いいでしょう? ご主人、あの娘のフルネームはまさかコリーヌ・メディウムなのでは?」
「それをどうして知っている?」
そっぽを向いていたジャコブが、驚きの表情を見せた。
「やっぱり……。ご主人、彼女が住んでいる所を教えてくれませんか?」
ディオンのせっぱ詰まった様子に、当惑しながらもジャコブがハッキリと言った。
「ダメだ、教えねぇよ。何の訳あってそんなの教えないといけないんだ?」
「それは……」
言葉に詰まる、ディオンだ。古代人の女の件は、大っぴらに出来ない。ならばと、本来の目的だった事をディオンは打ち明けた。
「い、いや実は、彼女に一目惚れでしてね。だから、一刻も早く告白したいんですよ。この若者の恋路を助けると思って、コリーヌさんの居場所を教えてくれませんか?」
ディオンの心からの本心である。だが、まるで薄汚い物でも見るようにして、ジャコブがディオンを睨み付けた。
「やはり、そうか。くだらん。絶対に貴様になんか、教えてやるもんかッ! 店にも二度と来るなッ!」」
そう吐き捨てて、立ち去るジャコブだ。一瞬呆気に取られたディオンだったが、慌ててすぐに追いすがった。
「ちょっと待ってくださいよ、ご主人! 何をそんなに怒っているんですか? 彼女の居場所を教えないどころか、店にも来るなだなんて酷すぎやしませんか?」
話し方も丁寧、失礼な言葉も発したつもりもないディオンは、明らかに理不尽なジャコブの対応に疑問を投げ掛けると、ジャコブが振り向きざまに言い放った。
「あったりまえだ! お前は、俺の恋敵だからだよッ!」
「えっ!? ちょっと、今なんとおっしゃいました?」
ハッキリと聞こえたが、再確認が必要だ。困惑して、顔を引きつらせながらディオンは訊いていた。
「何回も言わすなよ、照れるじゃないか。お前は俺の恋敵だ。そんな奴に、コリーヌの居場所なんか教えるはずがねぇんだよ。分かったんなら、さっさと帰っちまえ」
「おいおい、嘘だろ?」
ジャコブの不遜な態度の理由が分かって、すっかり呆れ返るディオンである。ジャコブの身の上など、知るよしもないディオンだ。まさか彼が独り身で、若いコリーヌを狙っていたなど思いもよらなかった。
(年を考えろよ!)
そんな言葉を浴びせかけてやりたい衝動を、辛うじて抑えてディオンが鼻を大きく膨らませて深呼吸だ。そして、押し問答はここまでとばかりに、ディオンは背広の内ポケットに手を突っ込むと、何かを取り出しジャコブの眼前に突きだした。それを見て、驚きの表情をジャコブが浮かべた。
「お前、軍人なのか?」
さっきまでの威勢は何処へやら。ジャコブの声色が戸惑いに包まれている。それも当然だ。今の今まで新聞記者だと思っていた若造が、黒革の情報憲兵隊の手帳をディオンに見せつけられたのだから。




