逃亡
完成しました。読んで下さると嬉しいです。
「警察と海軍だ! 家捜しをしている、すぐにここを開けたまえ!」
威圧的な叫び声だった。ドアの叩きかたからして、今にも蹴破りそうな勢いである。警察だけではなく、リブルの海軍が同行しているので、相手はただの盗人ごときではないようだ。
さらに外では、怒号と号令が飛び交っていった。こっそりと窓から覗くまでもなく、外の気配からして大人数で押し掛けているのは間違いない。事実、道案内役の警官二人を除いて、後は全てリブル海軍の兵達で、幌つきの軍用トラックからバラバラと飛び降りている最中なのであった。
「メディウムさん、我々は昨日から東洋の軍人を捜して山狩りをしている。貴女の安否も確認したいので、ドアを開けてもらいたい!」
警官の言葉に、色を失なう惣太郎だ。
「しまった……。長居しすぎたか」
顔をしかめて後悔の念を呟く惣太郎の腕を、不意にコリーヌが掴まえた。
「こっちへ来て、裏口から逃げましょう!」
真剣な眼差しでコリーヌが告げて、台所にある裏口の前へと惣太郎を引っ張って行く。
「待ってくれ、いったい何処へ逃げると言うんだい?」
「私が案内します。だから、さあ急いで!」
戸惑う惣太郎の手をギュッと握って、コリーヌと惣太郎は裏口から外へと飛び出していた。すぐ目の前には、森の木々が視界いっぱいに広がっている。二人は脱兎の如く、その森の中へと駆けていった。
「いたぞ! 森だ、裏手の森へ逃げたぞ!」
「止まれ、止まらんと撃つ!」
「待て、女と一緒だ。今は撃つな、とにかく追うんだっ!」
逃走する二人を目敏く発見したリブル海軍の兵達が、血眼になって猟犬のように後を追ってくる。
背後から浴びせられる、
「止まれ、逃げるな!」
の声を聞きながら、必死になって林立する木々を左に右へと避けつつ、道なき道を疾走するコリーヌに惣太郎だ。
後ろを確認しようと惣太郎が振り返ると、いるいる。リブルの海軍兵が小銃を手に散らばって追跡して来る。すると突然、コリーヌが握る手の力がギュッと強くなった。なんだと惣太郎が前へと顔を向けると、倒木だ。
「うわっ!」
惣太郎が反射的にコリーヌの横に並んで、タイミングを合わせて右足を勢いよく蹴りあげていた。すると、見事に男女ペアのバレリーナがジャンプを決めたが如く、足を揃え爪先伸ばして見事に倒木を飛び越えていた。
「どこまで走る気なんだい?」
「この先にある、街道まで。アッ!」
息荒く眉根を寄せた顔を向け、惣太郎の質問に返事を返していたコリーヌが、躓いて転んでしまった。
「大丈夫? 立てる?」
慌ててコリーヌを助け起こす惣太郎だ。そのスラリと伸びた右足の膝からは、血が滲んでいる。
「いけない手当てをしないと」
「ありがとう、大丈夫。これくらい平気だから」
痛かったのであろう。ひきつり笑いを浮かべるコリーヌだが、ぐずぐずしてはいられない。
「街道までもうすぐよ。行きましょう!」
気丈に振る舞って、コリーヌが再び走り出した。相槌をうってその後を追う惣太郎だ。
後ろを惣太郎が振り返ると、相も変わらず、リブル海軍兵達が追ってきている。差は開くどころか、むしろ縮んでさえ見えるものだ。
それも、そうだろう。先を行くコリーヌは女だ。今は陸のカッパとは言え、リブル海軍兵も鍛えられた軍人であり男である。そこからくる体力差は如何ともしがたい。このままだと追い付かれるであろう。惣太郎がそう思った矢先であった。
森を抜けたのだ。左手から右に、カーブのある緩やかな坂道である。どうやら、目的地の街道に到着したようだった。しかし街道と言っても、立派な路ではない。舗装もされていない、ただの山道が一本あるだけだ。トラックが通りでもすれば、対向車がすれ違うのもかなり難渋しそうな街道である。道を挟んで向こう側は、またしても木漏れ日の射す鬱蒼とした森であった。
ここまで来たのはいいが、これからコリーヌはどうするつもりなのであろうか。目の前の森の中へと再び飛び込んで身を潜めるのも一手だが、リブル海軍が山狩りをしているので、それは得策ではない。コリーヌは両手を膝につけて、肩を揺らし荒い呼吸をしている。
見るからに、体力の限界であることは間違いない。これ以上彼女を頼るのも無理そうなのは一目瞭然であるし、そもそもこの逃走劇はコリーヌに関係のないことである。だから惣太郎は早々に、ここからは一人で行く事を決めて、コリーヌに声を掛けた。
「ここまでで、いいよコリーヌさん。後は自分でなんとか切り抜けるよ」
「なにを言ってるんですか? 私の話しも聞かないで、行っちゃうんですか?」
顔をキッとあげたコリーヌの眼差しには、強い意思がが込められていた。どうやらコリーヌは、この先も一緒に行くつもりのようだ。
「でも、自分と居ると君に迷惑がかかる」
「私自身の考えで一緒にいるんだから、気になさらないでください。アッ、来た!」
しかめっ面の表情が一変、コリーヌはパッと表情を明るくさせて、山道のど真ん中で大きく両手を振った。
「止まって、お願い!」
ノロノロと山道を下りてくるトラックに向かって、コリーヌが叫ぶ。すると、荷台一杯に木箱を満載しているトラックが、コリーヌの目の前で停車した。
「ようコリーヌちゃんじゃないか! なんだい、ドライブのお誘いか? 嬉しいね」
運転席からヒョイっと顔を出したのは、鼻の赤い人の良さそうな初老の人物であった。
「お久しぶりです、ワロックさん! これから積み荷の葡萄酒を卸しにですか?」
笑みを返すコリーヌの様子からして、鼻の赤いワロックとコリーヌは知り合いのようである。
「ああ、そうとも。いつものことさ。ところで、どうだ? また、ウチの農園で働かないか?」
「お誘いは嬉しいけど、今は考えておきます」
スタスタと運転席側に歩み寄りながら、コリーヌが惣太郎に叫んだ。
「清水さん乗って!」
コリーヌの言われるがままに、惣太郎はトラックに駆け寄り、素早く助手席へと乗り込んでいた。
「へへ……。どうも、おはようございます」
「あ、あんた……。確か巷で騒ぎになっている、オワッ!」
惣太郎に乗り込まれて目を白黒とさせてる間もなく、ワロックは運転席のドアを開けたコリーヌによって、車外に引きずり出されてしまった。
「トラックの運転出来るのかい?」
運転席に飛び乗るや、トラックのハンドルを握るコリーヌに向かって、訝しげに訊く惣太郎だ。
「ワロックさんは、ああ見えて人使いが荒かったの。だから運転は任せて」
ニコリともせず、クラッチを踏みこみギアをチェンジするコリーヌの姿が、なんとも勇ましい。
「おい、コリーヌちゃん何の真似だい? それに、その東洋人は……」
トラックを乗っ取られて狼狽しながら運転席のコリーヌを見上げるワロックは、この光景がとても信じられなかった。
「乱暴にして、ごめんなさい! トラック少しだけ借ります。後から来る人達には、黙ってて下さい」
運転席からそう告げて、凛々しく前を見据えたコリーヌがトラックを発進させた。これにはもう、なすすべもなく虚しく見送るしかない、ワロックだ。
「ホントに行ってしまったわい。なんて事だ、よりによってあのコリーヌちゃんが不良になっちまうなんて……」
呆気に取られてるワロックの横から、
「待たんかあ!」
と怒鳴り散らしながら街道に躍り出て来たのは、リブル海軍兵だった。
「後から来る人たちって、コイツらのことなのか?」
たちまち青い顔になるワロックだ。次々と山道に辿り着いた、彼らの面々は皆一様に殺気だっているからだ。ワロックはたちまち銃剣の切っ先を突き付けられて囲まれてしまった。
「おい、東洋人と女を見ただろっ! 何処へ行った!」
尋常ではない海軍兵の剣幕である。両手を上げるワロックは面倒はゴメンとばかりに、直ぐさま山道の向こうを指差した。するとその先には、とっくに行ってしまった土煙を上げて、坂道のカーブを曲がり下るトラックの後ろ姿があった。
ワロックやリブル海軍兵が遠くになって行くのを、サイドミラー越しに眺めていた惣太郎は、際どいところで追手を巻いたこともあって、ようやく胸を撫で下ろしていた。
「いや、これで助かったよ。一時はどうなるかと思った」
「まだ安心するのは早いわ。貴方を安全な所へ連れてかないと」
「これから何処へ?」
「この先には中央街道があるから、そこへ出て北に向かいましょう。とにかく、ここから離れないと」
「なるほど……」
トラックに乗り込んだのはいいが、この後どうするかまでは、コリーヌも考えてないようだ。でもここまではツキのない惣太郎にしては、ツイてると言える。だから成るようになるさと、開き直った惣太郎は、不意にコリーヌの言葉を思い出していた。
「ところで、コリーヌさん。黙っていた事があるって言ってたけど、それって何だい?」
トラックの窓枠に肘を置き、頬杖つきながら惣太郎が何気なく訊いた。
「驚かないでくださいね。古代人の女って、私の事だと思うんです」
「何をまた急に……」
古代人の言葉に、惣太郎の顔が一瞬で強張って固まった。思わずその顔をコリーヌに向けたものである。
「どうして君は、そう思うの?」
「今はすっかり落ちぶれているけど、私の家が大昔からある旧家だから……」
「だけど、それだけでコリーヌさんが古代人の女だなんて……。旧家ぐらいなら、この世界にもザラにあるもんでしょ?」
「確かにそうだけど、私の家メディウム家は、大昔にあったグロース帝国の時代から存在してて、しかも皇帝家に仕える神官を勤めていた家柄だったんです」
「グロース帝国!? あの竜を皆殺しにした?」
驚きの声をあげる惣太郎だった。竜の血で大地を清め、万国共通に言語が通じるようにした、あの摩訶不思議な帝国の名前が、コリーヌの口から出てきたからだ。
「そう。超古代科学文明で栄えた、伝説の帝国です。世界はグロース帝国の古代兵器、超常の力で焼かれ征服されてしまったと伝えられていて、それで己れ自身も滅ぼしてしまった愚かな帝国が、グロースなんです。実はその古代兵器が今も一つだけ残っていて、それを呼び覚ます言葉、復活の唄を私が継承しているんです」
「古代兵器を呼び覚ます言葉を、君が!?」
惣太郎の声が裏返る。コリーヌは、くねくねと曲がる坂道を、巧みにハンドルで裁きながら、
「ええ、そうよ」
とサラリと返してきた。その横顔は真っ直ぐ前を向いてるとは言え、真剣そのものだった。
「大エーデルセン帝国が超常の力を知り、私のことをどうやって調べたのかは謎ですが……。とにかく彼らは、こんな昔話を信じて行動に移し、そのトバチリを清水さん達が被ったんでしょう。レスティスさんは、私とそっくりなんですよね?」
「あぁ、髪と瞳の色以外は瓜二つ。まるで双子だよ。あっ!? と言うことは……」
「そう、彼女はきっと、私だと勘違いして連れ去られたのね」
コリーヌの推測に思わず唸る、惣太郎だ。と同時に怒りがふつふつと湧いてきた。
「化物を寄越してレスティスを拐わせたのは、大エーデルセン帝国のベルフォルトだ。コイツはレスティスを、いや君を利用して世界征服企んでいる訳なのか」
「ベルフォルト? リブルでも有名な若き軍人ですよ」
コリーヌが眉根を寄せる。
「戦場に現れれば、全戦全勝なので、ついたあだ名が『戦場の貴公子』です。だけど、失脚したって云われてたのに……」
「戦場の貴公子だって?」
思わず鼻で笑う、惣太郎だ。
「自分からすれば、とんでもない人拐い貴公子だよ」
ぶっきらぼうに言いはなって、唇を尖らせる惣太郎だった。
しかし、世界を焼きつくした超常の力、古代兵器の復活なんて、余りにも荒唐無稽な話しではあるものだ。惣太郎が半信半疑で思っていた矢先、コリーヌの言葉がその疑念を吹っ飛ばしてくれた。
「古代兵器の話し、とても信じられないとお思いのはずだけど、化物は古代技術で復活させた、キメラ兵に間違いありません」
「キメラ兵?」
「動物と人間を掛け合わせて作った、超人兵です。人間を材料に使うのは、人語を解し扱いやすいからだとか」
「あの羽付きの化物が、元々は人間なのか!? なんて酷い事をする奴らなんだ。目的の為なら、平気でそんな事をするのか!」
怒りを露にする惣太郎に、神妙な顔つきでコリーヌが頷いた。
「そのようですね。ベルフォルトはキメラ兵を復活させた事で、古代兵器も必ずあると、確信を持ったんでしょう」
「なんてことだ……。まさか、世界を滅ぼせる兵器が本当に実在するなんて……」
言葉を失う惣太郎だった。そしてすぐに、レスティスの身を案じた。ベルフォルトは本気だからこそ、レスティスを拐っているものだ。これがもし、偽者だと知れれば彼女の身に何が起きてもおかしくはないであろう。『綾瀬』の艦長室で山下が語ったような、間違いに気づいて大人しくレスティスを解放してくれるような連中では、どうもなさそうだからだ。
不安に苛まれている惣太郎は、藁にもすがる思いで、コリーヌに必死の眼差しを向けていた。
「コリーヌさん、レスティスが心配だ。君は彼女を助けられるかも、と言っていたけど、それってどんな方法なんだい? 自分に出来ることがあれば手伝いたいんだ」
「それじゃあ、私を彼らの所へ連れてって下さい」
迷うことなくはっきりと言う、レスティスに、惣太郎が深く頷く。
「わかった。君を奴らの所へ連れて行けばいいんだね……。いや、それはダメだ」
「えっ、ダメなんですか?」
「あぁ、奴らの……、ベルフォルトの居場所が自分には、わからないんだよ」
直ぐにでも助けに行きたい気持ちだけが空回りして、惣太郎は深いため息を漏らすのであった。
ベルフォルトに顎を取られ、無理やりに顔を向けられているレスティスだったが、怯えなどおくびも見せず、怒りの眼差しで言い放っていた。
「私は、コリーヌ・メディウムなんかじゃない! 雨宮レスティスだっ!」
「フンッ」
ベルフォルトが鼻で笑った瞬間である。レスティスの右頬に、突然、激痛が走った。これは電光石火、ベルフォルトが怒りに任せて、レスティスに平手打ちを食らわせたものだった。
「……痛っ。ちょっとお! 何するのよっ! ウッ!」
目を剥いて抗議するレスティスに、今度は左の頬をベルフォルトに叩かれた。その動作に、躊躇はない。
首を横に向け項垂れるレスティスの髪の毛を乱暴に、ムンズと掴み前へと力ずくで向けさせるベルフォルトの表情は能面のようだ。
「あんなじゃじゃ馬には、あれだけしないとダメよ。いいぞ中佐、もっとやっちゃえー」
「これ、フェイ大尉やめんか」
石碑の台座の側で、リスティッヒの注意も聞かず、ヤジを飛ばすフェイになど目もくれず、ベルフォルトはレスティスにドスの効いた声で言った。
「一つ君に忠告しておこう。私の前に立つ者は、何人も従順でなければならんのだよ。もう、見栄すいた演技は終わりにしたまえ。その可愛い顔の鼻が、醜く曲がる前にな」
荒々しく髪の毛から手を離し、腕を組むベルフォルトが尚も口を開く。
「船の中でも言われたはずだ。我々に協力すれば、君を帰すこともできる。やはり、継承者なだけあって、解き放たれる超常の力に君は恐れをなしているのかね?」
「超常の力?」
叩かれたばかりなのに、反抗的な目でベルフォルトを睨み付けて、レスティスは狂人のように叫んだ。
「それって、何よ? 貴方達ちの言っていること、全部が意味不明なの! 協力して帰れるんなら、とっくにやってるっ!」
「ほう……」
喧しく喚き散らす、レスティスを冷たい顔で眺めていたベルフォルトの表情が、一瞬だけ和らいだ。
「超常の力とは、即ち世界に平和をもたらす不思議な力のことだ。しかし安心したよ。本当に君のお鼻をへし曲げるつもりだったからな。一応、その気はあるようじゃないか。ならば迷うことない。古代言葉を言え」
「だから……」
レスティスが呆れた表情で首を横に振り、ため息を吐いた。
「私には、そんな言葉知らないの」
この様子に、思わずフェイが首を傾げた。
「どうも変ね、あの娘?」
「何が? どっから見ても男には見えんぞ」
「当たり前でしょう!」
メガネをずり上げるリスティッヒに、フェイがいい放つ。
「私が言いたいのは、古代人の末裔なのに本当に継承した言葉を知らないのか、と言いたいの! それに……」
「それに?」
「参謀は、あの女を見て違和感を感じない? 私は妙に感じてるんだけど、それが何かわからなくて……」
「なんだね? 君は、あの娘が古代人の女ではないとでも?」
「えぇ、なんとなく……」
「まさか、そんな事はあるまい」
馬鹿馬鹿しいとでも言いたげな表情の、リスティッヒである。
「面通しもやった。写真の通りの顔立ちだぞ、あの娘は。古代人の女であることに、疑う余地はあるまいて」
「リスティッヒ参謀の言う通りですよ、フェイ大尉。あの娘の態度こそを、往生際が悪いと言うんです。やがて落ちますから、何も心配はありません。ほら、中佐が何か取り出しましたよ」
ファビアンに促されてフェイが見てみると、ベルフォルトは何かが記された、紙切れを軍服の胸ポケットから取り出し、レスティスの眼前に突きだしていた。
「我々が調べあげた古代言葉、復活の唄だ。さあ、読み上げてみたまえ」
「残念だけど、あなた方の文字はわからないのよ」
「そうだな……。リブル人に、我が帝国の文字が読めないのは、当然だ。ならば私が読み上げてやろう。君は復唱したまえ。これで、超常の力が発動する」
不適な笑みを浮かべる、ベルフォルトだ。言葉にしてはいないが、これでレスティスが断れば力ずくで言わせる気満々なのが容易に見て取れる。だが、これを断る理由がレスティスにはない。早く身の『潔白を』を証明したいからである。だから考える間もなく、レスティスはベルフォルトの提案に飛び付いた。
「えぇ、わかったわ。これで全てがハッキリするから、大助かりよ。早くしてちょうだい」
「よい覚悟だ。協力に感謝するよ」
まったく心のこもっていないベルフォルトの言葉に、レスティスは冷笑を浮かべてやった。
「お礼は全てが終わってからにして下さるかしら、ベルフォルトさん。ただ、吠え面はかかないでね」
「口数の減らん女だ」
顔をしかめて、舌打ちしながら、ベルフォルトは超常の力を発動させる為に復活の唄を述べるべく、石碑の方へと向き直った。
「さあ、いよいよですよ。今日ここで、大エーデルセン帝国の歴史が変わるのです」
「いかにも、いかにも」
高揚感で高まる気持ちを抑えきれないファビアンが心情を漏らし、これに同調するリスティッヒ参謀だ。これでリブル共和国との長かった戦争が終わり、世界をひれ伏させる、新しい時代の幕開けを目にすることになるはずだ。
とそこへ、
「アッ! わかった、思い出しちゃった!」
などと不意にフェイが騒ぎだしたので、リスティッヒは慌てて背後から口を塞いでやった。
「馬鹿者か、貴様は!? これから大事な時に!」
「そんなことより、思い出したの! 大変よあの女は、古代人の女なんかじゃないわ」
リスティッヒの手を払って、背後を振り向いたフェイの顔は真剣だった。
「何を言うかと思えば、くだらん。いいから黙って見てろ!」
フェイに一喝を浴びせて、リスティッヒは厳しい視線を向けているベルフォルトに、苦笑いを浮かべて深く頷く。これが合図となった。
「コリーヌ・メディウム、一文字も違わないで続いてくれ。じゃないと、超常の力が発動しないからな」
ベルフォルトの呼び掛けに、はいはいと生返事がレスティスから返ってくる。とてもやる気があるとは、到底思えないが、あえてそれを無視してベルフォルトは解読された古代文字を声高々に、石碑に向けて読み上げた。
「汝、深き眠りより目覚めよ。大皇帝に代わり、大神官の権限でここに命ずる。帝国の威光を示すときが来た。雷火を方々に放ち、反逆者を殲滅せよ。オルル・ワレレ・リララ・ダ・トゥラ!」
いい終えたベルフォルトが後ろ、レスティスの方を振り返る。
「オルル・ワレレ・リララ・ダ・トゥラ!」
すると、ベルフォルトを真似てレスティスも復活の唄を今、唱え終えた。これで、わかってくれる。自分が人違いだと気づいて、この理不尽な扱いから、解放されるはずだと信じるレスティスの面には、自然と安堵の表情が浮かびあがっていたのだった。




