急報
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特務実験艦『綾瀬』は、右に大きく舵を切っていた。空には対潜哨戒を終えた栃内が駆る、三七水偵『綾瀬』一号機が着水を伺っている。フロート付きだとはいえ、やはり波やうねりに気をつけなければならないのが水上機だ。
なので『綾瀬』はいつもの制波揚収を実行して、三七水偵を安全に回収しようとしているところなのである。
制波揚収、それは海面で大きな円を描いてその内側、円内の波と、うねりをしばらくの間だけ鎮めてしまう事である。『綾瀬』のような二万トン以上の大型艦がこれをやれば、見事に効果覿面であった。海上がたちまち穏やかになる。
「これより一号機は、着水に入る」
白い航跡で描かれた円の真ん中を狙って、栃内が三七水偵の機首を下げて突入を開始した。
すぐに眼下の海面が近づいて来る。栃内は三七水偵のエンジンを絞り、機首上げを行う。海面に対して、機体が水平になったところで再度、機首を上げるが着水はまだだ。栃内が、さらに気持ちの分だけ機首上げてみた。
するとどうだ、三七水偵のフロートの踵が海水をとらえ機体がスーッ、と前へと沈みフロートから勢いよく水しぶきをあげだした。
着水成功だ。三七水偵が海面を疾走して、カーブを切った。そして機体回収のため停止している『綾瀬』に近づくと、栃内がエンジンをカットして、惰性で機体を飛行甲板のある舷側へと回り込ませたものだ。
そこには海へとブームを伸ばしたデリックが、三七水偵を吊り上げる為の鋼鉄のフックをブラブラさせていて、その下へと巧みに機体を誘導する栃内である。
「進路左三度へ、修正!」
後席の本城准尉の声に、栃内が進路修正をかけると、ドンピシャだ。後席で立ち上がっている本城がフックをキャッチして、素早く機体に固定するや、『綾瀬』に合図を送るとウインチが巻き上げられた。するとワイヤーで引っ張られて、三七水偵が海面から吊り上げられたものだ。
「一号機の収容は、完了です」
「よぉし、直ちに前進原速」
いつ海中から魚雷を発射されても、おかしくない海域だ。しかも今は停止中の『綾瀬』は的のようなものである。だから艦長の山下は、三七水偵の収容と同時に機関始動を命じて、『綾瀬』はゆっくりと前進を始めたものだ。
しかし、すっかり当てのない航海の上、四方八方が敵だらけのような現状に、艦橋内はなんだかやるせない重苦しい空気に包まれていたのだが、理由はそれだけではなかった。
「栃内、ただいま戻りました。お呼びでしょうか?」
飛行甲板に降り立つなり、次に対潜哨戒に飛ぶ、三号機操縦員の渥木兵曹長から至急、艦橋に来るよう告げられて、参上した栃内だ。
(何事だろうか?)
なんだか胸騒ぎがする栃内である。艦長席に鎮座する、山下の表が深い憂色を帯びているからだ。
「ご苦労だった、飛行長。ちょっと、近くへ」
手招きされて、栃内が山下の前へ来ると、これまた深刻な顔つきで副長の伊東が山下の側で立っている。これは、いよいよ何かあったなと察した栃内だ。
「実はな、清水少尉の二号機からイ連送が届いた」
「やっぱり、そうでしたか……」
山下の言葉に、やはりかと肩を落とす栃内である。
イ連送。これは敵に遭遇した時に発信される符号で、かなり縁起の悪いものといえた。
それは世界大戦争の時、特に単機で敵地や敵艦隊上空に乗り込む偵察機に多いのだが、イ連送が発信された場合、そのほとんどの偵察機が撃墜の憂き目に遭い、未帰還機になっているからだ。
「プラージュには、どうやらうまく到達できたようだが、その後がいけない。イ連送の後、まったくの音信不通になってしまっているんだ。清水少尉には、無理をするなと言っておいたんだが……。しかし飛行長、あまり驚いていないようだな君は」
意外そうな顔を向ける山下に、栃内は神妙な顔つきとなって言った。
「そんなことは、ありません。ただ、清水と中野はひょっこりと無事に帰って来るのではないかと、まだ希望を持っております」
「何故、そう思う?」
「自分なりの考えですが、通信が途絶えたのは機器の故障も想定されます。それに、燃料も満タンで送りだしてるので、あと一時間半は飛べますからね。もう少し待ってもよいかと」
「それもそうだな。まだ撃墜の判定を出すには、早いのかもしれん。もう少し、様子をみるか」
腕を組んで、伊東に目を呉れる山下だ。御意と頷いて伊東が口を開く。
「それと艦長。二号機が見つかったとなれば、近くに水偵を搭載できる軍艦がいるのではないかと考えるのが常道。ここは航空機を有する世界なので、警戒が必要かと」
「うむ、わかった。ならば三七水偵の航続距離ギリギリを保ちつつ、直ちに変針だ。この海域から離れる」
伊東の意見を入れて、山下の号令下、『綾瀬』は真東へと向きを変え進んだ。
こうして事態の推移を窺うことになったのだが、『綾瀬』二号機からの音信は途絶したまま。燃料が切れるであろう時間もとっくに過ぎて、空の色がすっかり茜色に染まりだした頃――
「撃墜されたんですか!?」
渥木兵曹長の三号機の帰還を待って、再び対潜哨戒へ飛んだ一号機も、今日の任務終えて『綾瀬』へ戻って来た。すると栃内は、再び艦橋へと呼び出されて、山下から衝撃の事実を知らされていた。
「どうもそうらしい。プラージュで国籍不明の偵察機を撃墜したと、リブルのラジオ放送が伝えている。恐らくあの二人は脱出したのだろうな。国籍不明の搭乗員を、一名だけ確保したようだ」
「一名を確保……。あと一人は?」
「残る一人は逃走しとるようなんだ。そうだな、通信長?」
山下の傍らに立つ伊集院通信長が、険しい顔つきで頷いた。
「はい。その証拠に、プラージュ市民には戸締まりを厳重にするよう放送で呼びかけているので、逃走は間違いないかと思われます」
伊集院の言葉に、栃内が安堵する。状況はどうであれ、とにかく今は惣太郎と中野が生きているようだと知ったからだ。そんな栃内の思いとは裏腹に、山下の表情は冴えなかった。
「雨宮君に続いて飛行科の二名が、この世界の住人に捕らわれの身となるか」
「それは絶対に避けなければなりません。艦長、お願いであります。今すぐ救出に向かいましょう。自分も一号機で支援します!」
苦悶の表情で艦橋の天井を仰ぐ山下に、栃内が頭を下げる。せっかく助かった命だ。無事に戻してやりたいのが隊長心なのだが、山下は非情にもそれを突っぱねた。
「それはおいそれと簡単には、できん」
「なぜですか? 雨宮君と違って、清水と中野はプラージュに居ることがわかってるんですよ」
「栃内飛行長、少し頭を冷やせ。しゃにむに突っ込んで何になる? 一人は捕虜でもう一人は逃走中だぞ。どうやって救出し、接触を試みるんだ。このままノコノコと出ていってみろ、返り討ちに遭うのが関の山だ」
「しかし、清水と中野が捕虜になればいずれ、何処かへ移送される可能性があります。救出するのは今かと」
「くどいぞ。できんものは、できん。あの二人には申し訳ないが、『綾瀬』乗員を預かる身としては、迂闊な行動は取れんのだ」
「では捕虜となったあの二人を、見殺しにするおつもりでありますか?」
この言葉に山下の左眉がピクンッ、とつり上がった。こめかみに血管を浮かび上がらせて何かを言わんとしたその時だ。
「なるほど、捕虜かっ!」
と今まで黙りを決め込んでいた伊東がポンッと、手を打った。
「艦長、私に策があります。これを実行すれば武力を使わずとも、リブルとの接触が可能になると思いますが」
「武力を使わずに? どうやって?」
「では、お耳を拝借」
興味津々で山下が身を乗り出し、これこれそうしましょうと耳打ちする伊東副長だ。
「ふむ、だが伊東副長よ。果たして、それが上手くいくかな?」
「何もしないよりはマシです。それに艦長は、彼らを捕虜ではなく『ゲスト』として迎えたのであって、かなりの厚待遇です。なので我々の印象も悪くはないはずですし、きっと望郷の念も手伝って応じるかと」
「わかった。それなら今夜にでも説き伏せてみよう。夕食後に彼を艦長室へ案内してくれ」
「了解です。それと、彼らは葡萄酒を好んで飲むようです。それもお忘れなく」
「葡萄酒か……。酒が入れば一応和やかな雰囲気になるからな。大丈夫だ。自室に一本だけ上等な奴があるから用意しておこう」
何がどうなったのか意味がわからず、戸惑う栃内だ。隣の伊集院も目をパチクリとする傍ら、ニンマリとする山下と伊東だった。
夕食後、こちらへどうぞと伊東に艦長室へと案内された、一人の人物が数名の兵に目撃されていた。
明るいブラウン色の髪を真ん中分けしている。彫り深く鼻高い、青い瞳の偉丈夫だ。この人物こそ、リブル共和国海軍『エルシー』副長のオネット少佐であった。
時刻は深夜零時をとっくに回っている。大エーデルセン帝国教皇庁武装警護隊に占領されたモロシカ島は、昼間の戦塵が今だ燻る中にも静寂と暗闇に包まれていた。
「年かな? 最近夜中の尿意が多くて、困ったものだ」
ここは、占領されるまではモロシカ島警備中隊本部だった本部庁舎だ。その暗い廊下を、用を足して充がわれた自室へブツクサ言いながら戻ろうとしているのは、リスティッヒである。
(おや? あのお方は明日も早いというのに、まだ起きているのか……)
元警備中隊隊長室のドアがほんの少しだけ開いている。そこから灯りがもれて、リスティッヒの目に留まったものだ。その部屋には、ベルフォルトがいるはずである。
連日連夜の寝不足で身体を休めたいリスティッヒが、早々にその場を立ち去ろうとした時である。ベルフォルトの部屋から女の声が聞こえるのだ。しかもなにやら興奮しているようではないか。
「なんと、ハレンチな……」
ショックで絶句するリスティッヒだった。ベルフォルトが女を連れ込んでるのは、間違いない。しかし相手は誰だ。島の島民達は全て鉄条網に囲まれた、にわかづくりの収容所のはずである。となるとだ。
「あのデカ乳女、フェイか」
なんと羨ましいことだろうか、などと考えてはいけない。慌てて頭を振りまくって雑念を打ち消すや、ため息を吐くリスティッヒだった。
これもしかたがない。ベルフォルトも男だ。しかも英雄色を好むの故事もあるではないかと思い出して、知らんぷりを決め込もうとしたものだが、その英雄が軍紀を乱すのも考えものである。
それにあの二人、かつて教皇庁武装警護隊士官養成学校では教官と生徒、つまり師弟の間柄なのだ。良からぬ前例を作ってはならない。
「諌めるのも参謀の役目、決して覗き見するのではないぞ。ここはガツンと一発注意せねば、あのお方の為にならない」
そう決めてツカツカと軍靴を鳴らし、ベルフォルトの部屋の前に歩みよるや、勢いよくリスティッヒがドアを開けた。
「中佐、何をしてらっしゃる? ここは軍内ですぞ!」
真夜中の突然の訪問者にベルフォルトも声が出なかったか、真顔でリスティッヒに目を呉れている。ソファーには彼ひとりが腰を下ろし、その手にはマグカップが握られていた。
「あれっ!? 中佐、お一人でございましたか?」
即座に自分の勘違いに気付いて、慌てるリスティッヒに首を傾げるベルフォルトだ。
「あぁ、私だけだ。誰かと居ると思ったのかね? どうやらラジオのボリュームが大きすぎたようだな」
「ラジオ?」
確かに室内には、ラジオ放送が流れていた。ニュースを伝えるアナウンサーは女性で、何事かを興奮気味に喋っている。
「リブルのラジオ放送ですな。これは何事ですか?」
「我々がここの確保に夢中の時に、プラージュでは大捕物があったらしい。今はこんな夜中に山狩りをやっているようだ」
「山狩りですか?」
丸メガネをずりあげるリスティッヒに、ベルフォルトがラジオで聴いたニュースの詳細を語ると、リスティッヒが首を捻った。
「どこの国なんでしょうか? わざわざあんなところまで出向いて。まさか、南方軍が?」
「穴ほりしか脳がないオーパ元帥のことだ。それはしないだろうし考えもおぼつかないさ」
本来ならば無能とでも言いたげな、ベルフォルトの含み笑いである。
この長期に渡る戦争の原因の一つに、塹壕戦があった。ベルフォルトを陥れた南方軍統合総司令官、オーパ元帥はリブル共和国軍の反撃の前に無為無策。押しに押しまくられ、戦線が国境近くまで後退してヤケクソで掘らせた穴、塹壕でリブル共和国軍の反撃をようやく食い止めた。
これに気をよくしたオーパは元帥の立場を利用して、残る北方軍、中央軍の作戦に干渉。長大な塹壕を掘らせ無闇な出撃を禁じたのである。これは北方軍、中央軍の将軍が反撃に成功して、名声が奪われるのを危惧したオーパの奸計ではないのか、というのが専らの噂であった。
「なるほど、それもそうですな。あの男が積極的に動くのは己れの身に危険が及びそうになったときですからな」
リスティッヒが納得した顔つきで頷いていると、ラジオではリブル共和国海軍第4艦隊の会見が始まっていた。その報道官が発した言葉にベルフォルト、リスティッヒは目を丸くしたものだ。それは逮捕した搭乗員、逃走中の者、共に東洋人である事を明かしたからだ。
「驚きですな。東洋人が、はるばるプラージュを偵察とは、いよいよ何の為なのやら」
「まったくだな……」
「どうなされました、中佐?」
浮かない顔つきになったベルフォルトに気付いて、リスティッヒが訊く。
「考えすぎかな。どうも気になる」
「何がです?」
「この偵察、我らの動きと連動したものではないかとな……」
「まさか! そんなこと、ありますまい」
自信たっぷりに否定してみせるリスティッヒだ。
「リブルなら未だしも、まず東洋人に我々の計画が漏れるはずがありません。それに彼らが、この海域まで遠征に来られるとでも中佐はお思いなので?」
リスティッヒが東洋を侮るような物言いにも、立派な理由があった。それは東洋にある諸民族の国々のほとんどが白人国家の植民地であるからだ。ただ、わずかではあるが、独立国家も有るにはある。しかしそれらの国々も、近代化の遅れと内戦の為に、とてもここまで派遣出来るような海軍、そして実力などあるはずがないとリスティッヒは考えていたからだ。そしてこの考えは、もちろんリスティッヒだけではなく、この世界の常識といえた。
「中佐は考えすぎなのですよ。まあ仮に、これが我々の動きに連動したものであったとしても、全てが手遅れなのですから」
「手遅れか……。確かにそうだな」」
リスティッヒのこのひと言でベルフォルトの表情から憂いは消えていた。超常の力を発動できる条件は、全てこちらが握っているのだ。もはやどんな巨大な組織が暗躍して、ベルフォルトのを邪魔しようとも今さら阻止することなど、絶対に不可能だからだ。
「リスティッヒ参謀、君のいう通りだ。大事を前にして、どうやら心配性に陥ってしまったらしい」
「きっと、お疲れなのですよ。さあ、明日もあるのでお休み下さい」
「そうだな。その前に、プラージュの動きは把握しておいてくれないか、りスティッヒ参謀」
「まだ心配なので?」
「そうではない。これはただの野次馬根性だ」
この言葉に、肩を竦めるリスティッヒだ。
「なるほど、わかりました。では、通信班に伝えて参ります」
「あぁ、頼むよ。リスティッヒ、君もキチンと休んでくれたまえ」
ベルフォルトに敬礼をし、リスティッヒはベルフォルトの部屋を後にしたものだ。
「野次馬根性か……。捕物になんぞ、まったく興味が湧かないものだが、軍中で女にうつつを抜かすよりはましか」
胸を撫で下ろし、そう呟きながらリスティッヒは通信室へと繋がる暗い廊下を、足早に向かうのであった。
夜が明ければ、世界に変革が訪れる。その一翼を担う、『古代人の女』レスティスを乗せて病院船『ゲオルギーネ』は、海上護衛部隊に護られて一路モロシカ島へと急いでいた。
双月の月明かりに浮かぶ『ゲオルギーネ』のシルエットは、病院船にしては特異なもので船橋や煙突が確認出来ない。
それもそのはずで、『ゲオルギーネ』は病院船にしてはおこがましくも、立派な飛行甲板を備えているからだ。航空機昇降用エレベーターを備え小規模な航空隊なら保有することも可能な『ゲオルギーネ』は船首と船尾に防御用の主砲塔を備えた厳つい外見をしていた。
「何度も言ってるでしょう、人違いだって! ここから、出せー!」
『ゲオルギーネ』の船底近くにある、懲罰用の営倉区内で鉄格子を握りしめ金切り声をあげているのは、レスティスである。
「うるせい、この女! 喧しくて寝れないだろうが!」
真向かいの房で貧相なベッドに横になっていた武装警護隊の懲罰兵はガバッと跳ね起きて、レスティスに怒声を浴びせかけた。
「何ですって、この女!? あんたは軍紀違反のオタンコナス野郎だから、いいけど。こっちは、理不尽な理由でぶちこまれてんだから我慢しなさい!」
レスティスに罵倒されて、面食らっていた懲罰兵の顔がみるみる憤怒の表情へと変化した。
「なんだと! おい看守、ここを開けろ! おまえ、ただじゃおかねぇぞ」
拳骨にハーハーと息を吐く懲罰兵に負けじと応じるレスティスだ。
「上等だわ。女相手にみっともない! あんたみたいなオタンコナス、あたしのカラテで吠え面かかせてあげるわ!」
なんの流派か知らないが、両腕をV字に掲げて手首を折るレスティスだ。その姿は、鶴を想像させるがお世辞にもカラテ家にはみえない。
「ちょっとちょっと、二人とも頼むから静かにしてくれよ」
仲裁に入った看守の兵士が来ても、両者の罵りあいは止まらない。
「ああ、いっこうに収まらないねえ」
やれやれと、看守詰所からこの様子を見ていた伍長が応援に向かおうとした時だ。
「まだあの娘は、騒いでいるのですか?」
背後の声に振り向くと、そこには黒軍服に白衣を羽織った、ファビアン軍医がニコリとして立っているではないか。慌てて直立不動になって、敬礼をする伍長だ。
「はあ、はい。もうずっとあの調子であります」
「困ったものですね。もう少し強い鎮静剤が必要かな?」
そうかそうかと、同情して頷くファビアンの頬には引っ掻き傷だ。実は昼間、余りに暴れ騒ぐレスティスに業を煮やして鎮静剤を打とうとしたファビアンだったのだが、思わぬ抵抗を受けたものだ。頬の傷はその時の激闘の跡だった。
「そうしていただきますと助かります、軍医少佐」
「うむ、そうですよね……。ですが、止めておきましょう」
「えっ、しかしあの調子ですと……」
戸惑いながらも何かを言わんとする伍長を、手で制したファビアンだ。その表情は先ほどとは打って変わって、実験に没頭している時と同じで、能面のようになっている。
「いずれあの娘、用が済めば私の実験に参加してもらうつもりなのでね。しかし、薬漬けは臓器の負担になるもの。だから鎮静剤を打つのは止めることにしました。私は中身も綺麗な体が欲しいのでね。君も心して大事に取り扱って下さい」
この言葉に背筋の凍る思いの、伍長であった。レスティスに対してとても丁重な扱いではないが、いつものファビアンにしては、全然マシであることを不審に思っていたからだ。笑顔の裏に隠された悪魔の所業を平然とこなそうと企むファビアンに戦慄を覚えつつ、レスティスの行く末を憐れむしかない伍長であった。
次回も投稿するつもりですが、プライベートが忙しくて更新が遅れるかもです。月二回目標が月一回か、最悪もっと後か……。ですが、キチンと完結させたいので月一回更新を目標に投稿したいと考えております。このような駄文でありますが今後も宜しくお願い致します。




