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漂流軍艦  作者: 青葉 加古
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港湾都市プラージュ

いつもご閲覧ありがとうございます!宜しくお願い致します!

 港湾都市プラージュの守備はリブル共和国陸軍ではなく、海軍に一任されている。その郊外にあるプラージュ飛行場の上空では、お昼前に戦闘機と爆撃機が編隊を組んで、慌ただしく東の空へと向かうのが市民逹に目撃されていた。


「おいおい、聞いてくれよ。攻撃隊が出撃したのはいいが、戦艦発見の報告は誤報だったんだってさ」


 リブル海軍プラージュ飛行場にある上空監視塔で、交代に上がってきたアラン上等兵が嘲りの笑いを浮かべていた。


「なんだい、空振りだったのか?」


 空へ向けてた双眼鏡を下ろし、肩をすくめた戦友のデニスである。


「艦隊司令部も焼きが回ったな。戦艦に『エルシー』を沈められて、動揺してるらしいじゃないか。第一報で、全力発進だ。しかも、戦闘機隊を全部だしちまうなんて、よほど慌ててたんだろうな。あれを見ろよ」


 デニスの指差す方には、プロペラが回転することもなく胴長の爆撃機の群れが羽を休めている。


「先に出るべき部隊があぐらをかいてるぜ」


 呆れた表情で言うデニスだ。


 海上哨戒に出た偵察機による戦艦発見の報告を受け、リブル共和国海軍第4艦隊司令部は、第二報を待たずに緊急出撃を下令。出られる機体から出撃させて、殆どの爆撃機が置いてきぼりをくらってしまったものだ。


「俺が言うのもなんだが、これで戦争に勝てるのかね? ところで、早く戦闘機隊には戻って来てもらわないと……」


 不安げな目つきで、駐機する戦闘機を見つめるデニスだ。それもそのはず。戦闘機隊が張り切って全力出撃したので、今あるのは旧式戦闘機が、たったの二機だからだ。性能の差から、出撃部隊に参加せず留守番をしているのだが、これでは心許ない。


「こんな時になんかあったら、どうするんだろうなぁ? ここ、がら空きだぜ」


 双眼鏡を空に向けてデニスがぼやく。


「大丈夫さ。ここまで足の届く、エーデルセンの飛行機はないからな。さて、そろそろ交代しようぜ海軍上等兵殿」


「あぁ、そうさせてもらうよ……。うん?」


 身を乗り出すデニスの顔に緊張が走っている。異変に気づき、アランが声を掛けた。


「どうしたんだよデニス?」


「飛行機だ……、水偵がプラージュ港上空にいる!」


「水偵? 味方じゃないのか?」


「バカ! フロートが単発の奴なんて、俺らの軍にはないぞ。侵入者だ警報鳴らせ!」 


 慌ててアランが、サイレンのグリップを握り、勢いよく回す。


「ウー、ウー」


 飛行場に警報が鳴り響く中、デニスは航空隊直通の電話を取って叫んでいた。


「侵入機を発見! 目標はプラージュ港上空、軍港地区に向かっている! えぇ、間違いなく味方ではありません!」


 このデニスからの報告に、プラージュ飛行場は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。







 三七水偵は機首を西に機体の左舷を湾口に向け、プラージュ湾側から見て左の空、東側から侵入している。


 だから右方に見える大規模な港と工場地帯や、その背後にあるプラージュ市街。そして城壁のようにプラージュを取り囲む、森で覆われた緩やかな丘陵地帯のパノラマが、カメラを構える中野の眼前に広がっていた。


 空と海、そして陸上からいつ撃たれるともわからない極度の緊張の中、ここは惣太郎を信じて中野は吹き出てきた汗も拭わずに、夢中で激写を行なっている。


 惣太郎はと言えば、四方八方に忙しくリブル共和国軍機の出現に注意を払いながら、眼下を覗き込んでいた。


 するとどうだ港の西、一番奥まった場所に、芝の緑の多い開けた土地がある。


 その中に点在する建物の内、中央に時計塔を有したひときわ目立つ建物が惣太郎の目に留まった。


 レンガ造りなのであろう。赤茶けた荘厳なゴシップ調の建物である。その背後には増築したと思われる白亜のビルだ。そのてっぺんには、明らかに通信用と思われる鉄塔が建っている。


 この立派な建物、実はリブル共和国海軍第4艦隊司令部であった。その眼前に広がる岸壁に、軍艦色の艦船が舷同士をくっつけ並んで停泊している。


 しかしどれも小物で、どうやら駆逐艦のようだ。哨戒艇に、潜水艦もいる。それに、全てを合わさっても十隻程度しかいない。


「十二時の方向、海軍施設あり!」


 中野に注意を促しながら目を凝らす惣太郎だったが、戦艦や巡洋艦は一隻も見当たらなかった。


 これには、ヤレヤレと胸を撫で下ろす惣太郎である。指揮官たる山下が心配していた、強力な艦隊らしきものは皆無だからだ。眼下にある艦艇も、出撃する気配がまったく見られない。


 もしも、惣太郎が操縦する三七水偵が通った海上以外で、リブル海軍部隊が行動しているのならば話しは別だが、とにかく今は『綾瀬』がすぐに交戦をするような危機は、なさそうである。


 三七水偵は間もなく、プラージュ湾の端に差し掛かろうとしていた。


 再び顔をあげ、北に顔を向ける惣太郎はここで、オヤッと気がついた。


 市街のハズレ、丘のふもとの後ろに隠れるようにして一本の滑走路が伸びていることに今更ながら気がついたのだ。


 初の偵察で舞い上がっているつもりはなかったのだが、どうやらプラージュ港に夢中になりすぎたようだ。


 予想外の楽な偵察に、市街地も偵察しようかと目論んでいた惣太郎だったが、山下との約束、いや命令もある。無事に帰還しなければならないのだ。


 自分に自信があればまだ飛ぶところだが、その腕前は惣太郎がよく知っている。


 無念だが、ここはプラージュ港の一航過で偵察を諦め、反転離脱をと考えながら、何気なく惣太郎が空の太陽を仰ぎ見た時だ。


 惣太郎の顔面から、瞬時に血の気が引いて叫んでいた。


「敵機だッ!」


「えぇ、敵機!? うわっ!」


 声をあげるや否や、急な遠心力で後ろに巨漢を引っ張られ、座席に体を押し付けられる中野の目の前からパッ、と陸地が消えていた。


 今見えているのは空だ。何がなんだかわからない内に、あっという間に機体がまっ逆さまに落ちて行く。


 三七水偵の座席は、吹きさらしである。中野の上半身を烈風が襲い、今にもそこからスッぽぬけて万歳しながら上に飛んで行きそうな勢いだ。


 これは惣太郎が、反射的に方向舵を操るフットペダルをおもいっきり踏んで、操縦稈を倒した結果であった。その途端、すぐに機体が左へと傾き、勢いよく降下を始めていたからだ。


 降下を始めた直後、リブル軍機が放ったであろう曳光弾の混ざった必殺の機銃弾が、三七水偵を掠め、直ぐさまその後を追うようにして、凧のような機体が物凄いスピードでまっすぐ下に飛び去って行く。


 それにしても、三七水偵のように胴体下部にドでかいフロートの着いた水上偵察機では、考えられない落下角度に落下速度だ。


 三七水偵は、急降下爆撃が可能な艦上爆撃機ではないのである。風圧で、フロートが吹っ飛ばないかとヤキモキしながら、カメラをなんとかしまい、機体の後ろを睨む機銃に、必死の形相で取りついた中野の顔面が蒼白になった。


 濃いブルーの機体だ。主翼が三枚もある三葉機のプロペラ機が、ピタリと三七水偵の背後に着いて来ているではないか。


 この機体、惣太郎と中野は知らないが、リブル共和国の航空機メーカー、アルム社が製造し海軍に納品していた、エペC12戦闘機である。


 アルム社のエペシリーズは、この世界で傑作機と云われており、数々のエースを産み出していたものだ。


 特にこのエペC12戦闘機は、戦場に出現しだしていた大エーデルセン帝国軍の複葉戦闘機にも引けをとらない活躍をみせたが、それは時代の趨勢。


 次々と出現する新型機に追いやられ、すでに生産終了となっている二線級の戦闘機であった。


 だから三葉機のエペC12は、三七水偵のような複葉機と比べれば、性能は落ちるはずなのだが、この状況下なら一目瞭然だ。三七水偵が撃ち墜されかねない。


「少尉、もう一機いますッ! 後ろを捕られてる射撃します!」


「ダメだっ! 撃つな!」


 当然、射撃許可が下りると思っていた中野だ。惣太郎からの思いもかけない撃つなの声に、驚いた。


「何を言ってるんですかっ! 後ろを取られてるんですよ、撃たなきゃこっちが殺られる!」


「ダメです! 艦長は、これ以上の戦闘は望んでいない。ここでアレを撃ち落とせば、完全にリブルを敵に回すことになる」


「じゃあ、どうするんですか!? うわわっ―!」


 背後のエペC12からの射撃を目の当たりにして、中野が悲鳴をあげた。


 だが三七水偵とエペC12の両機共に、物凄いスピードで横滑りしながら下降している。


 なので、エペC12から発射された機銃弾は三七水偵に命中することはなく、途中で曲線を描いて右に流れていった。


「ここは、何としても逃げ切ってやりますよ! だから絶対に撃たないで下さい、中野兵曹!」 


 そう告げて、計器盤をチラリと見る惣太郎だ。幾つかの計器の針がクルクル回り、高度計は尚も降下を示している。左に傾く機外へ首を向ければ、海面がもう目前に迫っていた。


「少尉、なんの真似です!? 自爆でもするつもりですか―!」


 これにはたまらずに、顔を引きつらせながら喚く中野だったが、惣太郎はにべも無く答えた。


「大丈夫だから、黙ってて!」


 大丈夫との言葉とは裏腹に、機体はいっこうに落下を止めない。スピードも緩む様子が見られない。


 中野が烈風を受けながら顔を海へと向けた。すると陽光でキラキラと輝く海面が、物凄い勢いで、いよいよ絶望的な距離となっている。


(ダメだっ! 海に落ちる!)


 観念した中野が歯を食いしばり、ギュッ、と目を閉じた瞬間だ。


 三七水偵はあわや海面に激突寸前のところ、機体が無理矢理に水平へと立て直されたのだ。そしてエンジンが唸り、波しぶきをあげながら三七水偵は、海上を這うようにして逃走を始めた。


「た、助かっ……た……」


 ヘナヘナと、中野が巨体を座席に沈める。生きた心地がしないとはこの事であろう、顔面には死相が出てるのではと思われる程、青白い。


 こんなに怖い目にあった中野だが、生きてることを喜ぶよりも、この三七水偵の機体の動きに舌を巻いていた。


 それはまだ、惣太郎がヒヨッコのはずだからだ。海軍航空士官学校を得て、海軍練習航空総隊を出たぐらいでこの操縦技術はあり得ないのである。


 三七水偵のスペックをきっと越えていたであろう、あの降下角度に降下速度だ。あれは、そのまま海面に激突しても不思議ではない。いくらリブル軍機を振り切る為とはいえ、余りな操縦ぷりである。


 でも、運や偶然もあるかと考え直し、ならばリブル軍機はどうかと、エペC12を凝視する中野だ。


 すると、三葉機ながら必死に後を追う、そのエペC12も、コナクソと海面のすぐ上で機体を立て直す。


 だが、外へと突出している剥き出しの大きな二つの車輪、固定脚を勢いよく海中へと突っ込んでしまっていた。


 これで前後のバランスを崩したエペC12のプロペラが、激しく海面を叩きだしたかと思えば前のめりになって、たちまち一回転、ニ回転、三回転だ。


 激しく機体を海面へと打ち付けて、エペC12の三枚あった翼は二枚が機体前方に吹っ飛んで、翼が一枚の単葉機の姿になって海に浮かんでいた。


「よしっ! 一機、不時着水!」


 思わずガッツポーズを取る中野だったが、すぐにその表情に緊張が戻った。


 もう一機のエペC12が、射撃をしながら舞い降りて来たからだ。しかも、又もや機体の後ろにつかれた。


 絶好のタイミングで、もう一撃を喰らわしてやろうと、間合いを詰めようとするエペC12だ。



「後ろに、もう一機います!」


 中野が叫ぶと同時に、エペC12が機銃弾を発射した。しかしその火箭は、幸運にも三七水偵を貫くことはなく、ハズレ弾が遥か前方へと流れて行く光景を、惣太郎は鋭くなった目でしっかりと捕らえていた。


「やられてたまるか―!」


 時折、三七水偵のフロートを波が叩く。そんな超低空飛行のまま、惣太郎は上昇することもなく、叫び声をあげて機体をプラージュ湾内の中央、輸送船が多数停泊している方へと向けた。


 逃さぬとばかりに、機銃弾を撃つエペC12だが、まっすぐと放たれた機銃弾は三七水偵には当たらない。


「うお―!」


 雄叫びをあげながら、あちらこちら統制もなく思い思いに碇をおろす輸送船の間に、惣太郎はスピードをあげて三七水偵を突っ込んでいた。


 途端に射撃が止むエペC12だ。


 こんなところで機銃弾を撃てば、流れ弾が輸送船に当たる可能性があるからだ。こうなっては慎重な射撃をしなければならない。


 左に右へ、また左へと舵を切り、迷路を行くようにして輸送船の間を海面スレスレに飛ぶ三七水偵である。


 だから、輸送船の大きな船体が壁となって、当然ながら辺りの様子がどうなっているのか、惣太郎にはよくわからない。


 とそこへ、船首から小さな白波を立て、舷側を三七水偵へ向け微速で前進する貨客船が、惣太郎の眼前に飛び込んで来た。


 咄嗟に機体を右へターンさせたと思いきや、惣太郎がハッ、と息をのんだ。


 しまった。近い。ここにも輸送船だ。慌てて機体を操作して、周囲を見ていなかった。


 一瞬頭が、真っ白になる惣太郎だ。迫る輸送船の中央、ドテ腹がみるみる視界いっぱいになる。


「くそ―! あがれ―!」


 惣太郎が瞬時にスロットルレバーを全開に、エンジンをフルパワーにして、操縦稈よ折れよとばかりに、おもいっきり手前に引いた。


 これに昇降舵すなわちエレベーターが反応して、舵を上いっぱいに向けた途端、三七水偵が急激に機首をあげた。


 そして次の瞬間、三七水偵が激突するかとおもわれた輸送船の乗員達は、船上で呆気に取られて空を見上げていた。


 それは間一髪、三七水偵が屹立する煙突スレスレに、爆音を轟かせ、輸送船の向こうの空へと上昇していたからである。


 追うリブルエペC12のパイロットも、惣太郎と同じ状況だ。


 彼もエンジンパワーを最大にエペC12の機首をあげるが、輸送船を避けようとも思ったのか、フットペダルを踏み、右に操縦稈を倒していた。これで方向舵と、補助翼のエルロンが作動した。


 右に回避運動を取りながら上昇する先には、輸送船の前部に備え付けられたクレーンのデリックが待っていた。


 デリックの周辺にいた船員達が危険を察知して、蜘蛛の子を散らしたかのようにして逃げ惑う中、これを避ける間もなく、たちまち左翼をぶつけ翼をもぎ取られたエペC12が、湾曲を描いて海に突っ込み水柱をあげた。


「よっしゃあ! 一発も撃たないで撃破ですよ!」


 中野の声に、惣太郎が後ろを振り向くと、海面に今堕ちたばかりのエペC12が浮かんでいる。


「帰投します。中野君は、本機が襲撃された旨を打電してください」


「わかりました!」


 惣太郎が中野に落ち着いた声で下令を下して、機体を水平に戻す。そして機首を今来た道、東へと向けたときだ。


 三七水偵の周りに、突然の破裂音と同時に黒煙がパッパッ、と現れ激しく機体が揺れた。


「こ、高角砲だ」


 中野が不安そうに、目をキョロキョロさせて声を洩らす。


 これは、味方のエペC12が三七水偵にいいように弄ばれた挙句、空から居なくなったのを見て、隠蔽されていた対空砲が火を吹いたものだった。


 流石は海軍基地を有するだけあって、激しい対空弾幕だ。退路を阻むつもりか、三七水偵の行く手にも次々と対空弾が破裂して、空いっぱいに黒煙が出現している。


 だが、グズグズしている訳にはいかない。早急にこの上空を去らなければ、もはや新手がいつ現れてもおかしくないからだ。


 惣太郎の悪い予感は、中野の叫び声で直ぐに的中した。


「三時の方向、新たなリブル軍機! その数四、複葉機!」


 プラージュ湾口からの新手に見向きもせず、惣太郎は厳しい表情で正面を凝視していた。


「中野君、正面からもリブル軍機だ。複葉機が四!」


「六時の方向からも、四機こちらに向かって来ます! 合わせて、十二機だぁ!」




 絶望の声色で、中野は叫んでいた。その様子からして、明らかに動揺している。


 それもそうだろう。これでは、一難去ってまた一難なのだからだ。しかもエペC12の六倍の数で、三方を塞がれた形である。どう考えても無事に『綾瀬』へ帰還することなど、困難な情況となっているではないか。



「どうするんです、清水少尉? 多勢に無勢ですよ?」


「なんとかします。ただし、射撃は厳禁です。私も撃ちません」


「なんとかすると言っておきながら、射撃は厳禁ですか?」


「さっきも言いましたよね、中野君。リブルを敵に回すことはマズイんですよ」


「相手はこっちの都合なんて関係ないのに、少尉は本気で撃たないつもりなんですか? そんなの無茶だ!」


「浮き足だつんじゃない、中野兵曹!」


 突然、惣太郎が声を張り上げて、狼狽していた中野の目が点になった。


「僕は帰って、やらねばならない事があるんでね。だから、絶対に堕されません。必ず逃げ切って見せますから、わかったら落ち着いて下さい中野君」


「りょ、了解です」


 大人しいはずの惣太郎に一喝されて、中野は我に返ったようである。神妙な顔つきで返事をしたものだ。


 しかし喚きちらしたいのは、惣太郎も同じである。だが立場上、そんなこと出来るはずもないし、たとえ出来たとしても、この状況が好転するわけでもない。


 とんでもない事になった。これが惣太郎の本音であり、中野が言ってる事も本当は頭の中では、理解できている惣太郎なのである。


 自衛の為の射撃を自ら封じても、さっきのエペC12のように上手く逃げ回れたらいい。だが、数倍の敵を前にして、果たして同じような芸当が出来るかと言えば、惣太郎にはからきし自信などない。


 だから本来ならば、通常通り撃たれる前に撃てばいいだけの話しなのだが、その誘惑に軽々しく乗る訳にも行かない理由があった。


 その答えは、プラージュの郊外にある飛行場だ。今ここからパッ、と見ても大型の爆撃機であろう。それが群れをなして、翼を休めている。


 もしここで敵対行為を行えば、『綾瀬』はこの爆撃機を相手に交戦する羽目になるはずだ。それは『綾瀬』の危機を意味する。


 未来兵器とも言える個艦防御用のDシステムを積んでる『綾瀬』である。しかしそれは悪魔でもまだ実験兵器なのだから、正直なところ信頼性が薄いので期待はできない。だからもし群れで爆撃機に襲われたら、古い戦艦の『綾瀬』がどうなるかは火を見るより明らかだ。


 でも撃たなければ撃ち堕とされる危険が、目前に迫っている。もう考えている時間がない。このまま突っ込めば、撃墜される事ぐらい、惣太郎にもわかっていた。


 だが、こんなところで死ぬわけにはいかないのだと、強く思う惣太郎なのである。『綾瀬』に無事に帰還して、やらねばならない事が惣太郎にはあるからだ。それはレスティスを、助けだす事。この一点であった。迷った挙句、惣太郎は決意して伝声管に口を近づけていた。


「中野君、聞いて下さい」


「はい!?」


「少し考えたんですが……。射撃を許可します。リブル軍機が近づいて来たら、撃って下さい。私も撃つことにします」


 頑なに射撃許可を出さない惣太郎が一転、射撃許可の下令に中野は驚喜した。


「やっとわかってくれたんですね! そうこなくっちゃあ少尉! じゃないと、コイツを載せてる意味がないですからね!」


 鼻息荒く、勇んで機銃の両グリップを握り、照準器を覗き込む中野だ。その顔たるや、時間前にはっけよいしそうな関取である。


「ただし、撃ってもいいですけど弾を当てないでくださいよ」


「えっ!? 当てちゃダメなんですか?」


「そうです。この三七水偵を狙うリブル軍機を妨害、牽制して下さい。それが中野君の役目です」


「ええ、いいですとも! 了解です! 何もしないより、全然マシですからね!」


「頼みます」


 撃ちたがっている中野が、意外にもすんなりと受け入れてくれて安堵する惣太郎が、前を睨んだ。


 誰も傷つける事なく無事に帰還するには、もうこれしかないと惣太郎は判断した。これが吉と出るか凶と出るかは、わからない。だが、二機のリブル軍機を不時着水させている。まだ未熟だが自分の腕前と、運を信じることに惣太郎は決めたのだ。


 尚も隊形を崩さず、リブル軍機は獲物を狙うかのようにして、確実に三七水偵へと近づいていた。


 あれだけのリブル軍機の数である。それにフロート付きの、水上機ではない。相手はれっきとした戦闘機だ。いくら空中戦の出来る、格闘性能を秘めてる三七水偵とはいえ、やはり所詮は偵察機だ。その性能には限界がある。能力も知れないリブル軍機の懐の中にヘタに突っ込んで、なぶり殺しに遭うのはゴメンである。


(どう足掻いてでも、絶対に帰ってやるんだ)


 そう決意して惣太郎は、


「よぉーし、行くぞ!」


 と一声気合いを入れて、がら空きの空、プラージュ市街へ三七水偵の舵を切るのであった。








「おいおい、アイツこっちに向かって来るつもりだぞ!」 


 プラージュ市街にけたたましくサイレンが響く中、高みの見物を決め込み、アジトのあるおんぼろビルの屋上で双眼鏡を覗き込んでるのは、ラファイエルである。


「本当だ。どうします? 一応避難しますか?」



 双眼鏡にうつる、翼を翻しこっちにまっすぐ飛んで来る水上機、三七水偵を見て少し不安そうにして訊くディオンだ。


「まさか。たった一機の小さな偵察機に、避難だぁ? 冗談はこの巷の人間だけにしとけよ」


 ラファイエルの言う巷の人間、プラージュ市民達が久しぶりに聞く空襲を報せるサイレンに驚いて、表に出て来て右往左往していた。


 最前線からは遠いプラージュだ。それもあってか、モロシカ島に似て状況はそっくりで、大エーデルセン帝国軍による直接の脅威はほとんどない。


 これでも開戦当初は海軍施設と工場地帯が狙われて、大エーデルセン帝国軍の飛行船による爆撃も頻繁に行われていたものだ。


 ところがそれも、今は昔の話。大エーデルセン帝国の勢力範囲から、プラージュまで唯一にして直接、足の届く存在であった大エーデルセン帝国軍の飛行船は、飛行機の発達とともに空から駆逐されてしまったのである。


 だからそれ以来のサイレンの響きに、人々はその時のことを思い出して驚き、各々しばらくの間使うことのなかった防空壕を目指している人々の群れが、ラファイエル達のいるビルの前も含めて市内各所で確認できた。


 そんな中で、チラホラと冷静に情況を把握しようと、空を見上げる紳士達や、家に忘れ物でも取りに戻るのか、老人が人々の群れの流れに逆らっている。


 あまり見慣れない、人々の異様な光景に驚いて泣きわめく幼児をあやす婦人の横を、サイレンを鳴らした消防車が何処へ行こうとしてるのか、急いで通り過ぎて行くのを、ラファイエルは冷ややかな目で眺めていた。


「海軍も罪深いねぇ。こんなに市民を驚かせてしまってさぁ」 


「ですね。たった一機で、この騒ぎとなれば……。市長からの苦情だけでは済まないですよね?」


「ここは、安全地帯のはずだからな、海軍司令官の首が飛びかねん」


 双眼鏡を下ろし、手をチョン、と首にあてる仕草をするラファイエルの目の前で、三七水偵がグングンと高度を下げた。


 その後ろには、四機のリブル海軍艦上戦闘機、セルヴォーC14だ。さらに、左右から斜めに四機のセルヴォーが編隊を組んで突っ込んで来る。その高さは明らかに、ラファイエル達のいるおんぼろビルの屋上ギリギリだ。


 この様子を見て、ディオンが顔をひきつらせてラファイエルに訊く。なんだか嫌な予感がするからだ。


「これ、なんだかヤバくないですか?」


「うん? 何が?」


「あの水上機を追尾してるセルヴォー、まさか撃たないですよね?」


「パイロットが馬鹿じゃなければの話しだが、こんな街中で撃つはずないだろう」


 ラファイエルが鼻で笑った途端に、セルヴォーC14の機銃が火を吹いた。


「危ないっ! 伏せろ―!」


 ラファイエルが叫ぶと同時に、屋上の床に突っ伏す二人の側を、機銃弾が突き刺さる。その真上を三七水偵に四機のセルヴォーC14が、爆音を轟かせながら飛び去って行く。


「この下手くそがぁ! 街中で撃つやつが居るかってんだ! 馬鹿たれ野郎―!」


 素早く立ち上がり、機銃弾ではねあがったコンクリート片をクシャクシャ頭から払うまえに、まずは空に向かって、悪態をつくラファイエルである。


「しかし、水上機でセルヴォーに立ち向かうのは、どう贔屓目(ひいきめで見ても勝ち目はありませんね。それに、この数じゃあ逃げ切れるのもどうかと」


 ひどい目に遭ったと言わんばかりの表情をしながら立ち上がって、グレーの一張羅の背広を叩く(はた)ディオンにラファイエルが顔を向けた。


「そんなことは、どうでもいいんだよ。それより、見たか? あの水上機どこの国の物だ?」


「あの水上機ですか? どこって、大エーデルセンのに決まってますよ」


「大エーデルセン? このボンクラ野郎。何を抜かす。これだから、彼女が見つからないんだよ。ようく見やがれ!」


「ったく、彼女は関係ないでしょう……」


 ブツブツ言いながら双眼鏡を空へと向けるディオンだが、いまいちピンとこない。


 三七水偵とセルヴォーC14は、追いつ追われつを演じて今や、プラージュ郊外の森の上空だ。


 ラファイエルが悪態をつくだけあってなのか、三七水偵のパイロットの腕が良いのか、盛んにセルヴォーC14が機銃弾を撃ち込んでるようだが一向に命中する気配がない。


 右へ左へターンして、三七水偵が今度は宙返りだ。それを追うリブルのセルヴォーC14の攻撃を巧みにかわすその姿は、華麗にも思えるほどだ。


「おいおい、見とれてないで、よぉく見ろよ。答えは、あの迷彩がらの水上機にあるんだ。これで、わからんのならお前の目はふし穴だ」


 腰に手をやり、左の口角を吊り上げて、どや顔のラファイエルを横目で確認して、ディオンが双眼鏡に喰らいつく。


 三七水偵は機体を傾け、フロートをこちらへ向けて、ターンする。その翼には大エーデルセン帝国を示す、黄金の双頭の鷲が描かれていない。


 翼に描かれていたのは、ピンク色の花。それは桜、桜花であった。それが、この別世界に存在しない神聖八島帝国の印であるのを、彼らが知らないのは当然の事であった。


 思わず双眼鏡から目を離し、眉根を寄せてラファイエルを見るディオンだ。


「なんだぁ? 答えを見つけたのか、劣等生」


「劣等生は余計ですよ。それより、なんですあの機体のマークは?」


「どこぞの国の可愛らしいお花のマークだ。爆砕して機体が吹っ飛んだら、さぞかし綺麗だろうな。破片が、花びらが散るようにして大空に飛び散るんだぜ。やがて、アレがそうなる」


 ラファイエルが顎をしゃくったその先では、激しい回避運動をとりながら、海上へと逃走を図ろうとする三七水偵である。ところがやはり、多勢に無勢。たちまちセルヴォーC14に阻止され、意図的に空けられた森の上空に追いやられて行く。そして、それは突然だった。


「あっ!」


 思わず、声を洩らすディオンだ。


「見ろよ、ゲームオーバーだ」


 ラファイエルの予言が的中した。ヴォルシーC14の機銃弾が命中して爆砕とまではいかないが、煙を引き出す三七水偵だ。やがて三七水偵は機首を下げ、その先にある森へとまっすぐに突き進んで行った。







「中野君、脱出するぞ! 貴方は、早く先に飛んでください!」 


「さ、先に? 少尉は!?」


 セルヴォーC14の放った機銃弾が、遂に三七水偵に命中して黒煙が吹きあがり始める中、、てっきり一緒に落下傘降下をするもんだと思っていた中野が大声で惣太郎に訊いてきた。


「君が無事に飛ぶのを見届けたら、飛びます! 早く行け!」


 機体が激しく、ガタガタと振動している。今にも操縦不能となって、急に下へと湾曲を描きそうな三七水偵を必死に操作しながら、惣太郎が叫ぶ。


「わかりました! 後で地上で会いましょう!」


 そう告げて、躊躇なく中野は巨体を空中へと踊らせていた。すると、直ぐに白い落下傘が展開だ。


 後ろを振り向き、中野が無事に脱出したのを確認しながら、惣太郎は固定ベルトを素早くはずす。火の回り具合が思っていた以上に早い。これでは、三七水偵が地上に激突する前に空中爆発を起こすとも限らない。


 だから夢中で落下傘を背負い、慌てて惣太郎も空中へと飛び出していた。すると惣太郎の落下傘が展開して、空中に大きな白い球体が表れる。黒煙を追って、三七水偵はどこかと惣太郎が視線を忙しく動かすと、黒い尾を引き森の緑の海に沈む瞬間の三七水偵が見えたかと思えば、爆発音とともに黒煙が立ち上った。


 その後を追うように三七水偵に続いて、惣太郎も森の中へと落ちて行く。


「バキッバキッ!」


 と木々の枝を揺らし、かつ折りながら落ちていた惣太郎の体が何かに引っ張られたかのようにして急にガクン、と強い衝撃と共に落下が止まってしまった。


 どうやら、落下傘が木の枝に引っかかってしまったようだ。こんなところで、宙ぶらりんなんて、いただけない。ここはリブル共和国なのだ。早く中野のと落ち合って、逃げなければならないのだ。


 反動で外れないものかと、惣太郎が激しく体を揺らすが状況は変わらない。


「けっこう、しぶといなぁ……それならこれはどうだ!」


 気合いを入れて、渾身の力を込めて体を揺する惣太郎だったが、ダメだ。お手上げだ。どうしても外れてくれないのである。


 できるだけ遠くへ逃れたいと思っている惣太郎だから、これ以上グズグズしてはいられない。


「しょうがない、切るしかないか……」


 落下傘と体を繋ぐ索を切断してやろうと、肩で息をしながら腰のナイフに手をかけた惣太郎が、ピタリと動きを止めた。高い、高いではないか。上にばかり気をとられて、下を見ていなかったのだ。ヘタをすれば、怪我をしかねないような高さに、どうしようかと惣太郎が腕を組んだ瞬間、いきなり枝が折れた。ストンと体が落下する。


「わっわー!」


 物凄い勢いで景色が上に飛んで行く。悲鳴をあげる、惣太郎が最後に見たのは迫りくる土であった。不意に地面へと落下した惣太郎は、その場でピクリともしない。あろうことかプラージュの森で気絶してしまったのだから。

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