短槍の扱いと昼食(前編)
「それでは、この後は武器の扱いです。それぞれの武器ごとに集まって庭で教えあってくださいね。あぁ、ヴィジェはエウイルに短槍を教えてあげてください。エウイル、くれぐれも振り回さないように」
周りから何とも言えない笑いが巻き起こった。隣のペッティナも、吹き出すまいと口元を押さえている。分かりやすいように頬を膨らませて、私はセピレーアを睨んでみせた。
皆が教会から出ていくのを見ながら、私はヴィジェに話しかける。
「ねぇ、ヴィジェ。御祈りの時に目を開けるのって……」
「やっぱり、見えたか?」
「見えたけど……」
あの光景を見てからずっと意識がハッキリしないし、ずっと夢見心地のような感覚だ。それに、あれだけ派手なら気づくはずなのにどうして今まで目を開けようと思わなかったのだろうか。
ヴィジェはセピレーアが教会から出たのを確認した後、躊躇いがちに口を開いた。
「多分な、『目を開けろ』って類のことを言われないと開けられないというか、開けることを考えられないような感覚にさせられてるんだと思う。なんでかは分からないんだが……」
とにかく行こう、とヴィジェは私の手首を掴んで引っ張る。私はとてもそんな気分にはなれなかったが、午後の刺繍のためにもここで気持ちを切り替えねばなるまい。強引に気持ちを切り替えた私に、ヴィジェのそれ以上の言葉は聞こえなかった。
「エウイル、短槍を構えて」
私は、ハイと歯切れよく返事をして短槍を持ち、腰を少し下へ落とす。右手で持って、左手は指を丸めて添えるだけ……。
練習しない日が続いたせいか、右手だけで短槍を持つのが辛い。段々、刃の方にある重心に引っ張られて左手の方へ傾いていってしまう。
「あぁ、もう前の練習から四日も空いたなら出来なくなるよな。じゃあ、補助するからそのまま構えてろ」
ヴィジェが後ろに回って、私の手ごと短槍を軽く持つ。ヴィジェに短槍の重みが分散されて短槍が安定し、私は、はぁと息を吐いて安心する。
「エウイル、気を抜くなよ」
そうヴィジェが言った瞬間、ズシリと両手に重みが戻った。想定していなかった出来事に狼狽し、均衡が取れずに体が後ろへ傾く。
目を瞑って衝撃を覚悟したのに、私の耳にはポフという軽く何かとぶつかる音と、衣擦れの音しか届かなかった。
「あ、あはは……」
いやでも自分の顔が引き攣った感覚が分かる。頭上を見上げると、キラキラ笑顔のヴィジェと目が合った。どうやら抱き留められているらしい。まぁまぁまぁと、お姉様陣から声が上がる。
「エウイル。刺繍の時間まで練習を引き延ばすか?」
「や、やります、やりますからそれだけは――!!」
「宜しい」
ヴィジェは満足そうに頷き、再び私に短槍を持たせて彼自身も私の手の上から短槍を握る。目をぎゅっと瞑って気を取り直し、また腰を落として右手に重心を戻す。
「この前も言った通り、短槍は武器の中でも屈指の間合いの取りやすさだ。エウイルの使っていた短剣とは間合いの取り方も全く違うが、習得のしやすさも随一。右手と左手の距離ですぐに測れる。ただ……左手の摩擦に慣れるまでは、耐えるしかないな」
私は、添えていた左手をまだ何か話しているヴィジェに気づかれないよう、顔を俯きがちにしてからそっと外し、数日前に作った手のひらのマメを見つめた。刺繍をする時に痛いだけで済むようになったのはありがたいのだが、皮膚の硬さに慣れなくて繊細な刺繍が出来なくなるのは困る。それに、手の皮もどんどん剥けていくので痛くて針が触れない日もあるのだ。
「刺繍に影響が及ぼすくらいなら、短槍なんてやりたくないのに……」
「甘ったれるな、どうせ子供は狩りには出なきゃいけないんだし最低限は刺繍師でも必要だろ」
私が唇を尖らせて不満を示すと、ヴィジェは大きく溜息を吐いてから、その金の瞳を細める。
「話を戻すぞ。それじゃあエウイル、思い出しながら二回、的に向かって突いてみろ」
「二回? 普通に突けばいいのよね」
「あぁ、初めは好きにやってみてくれ」
その言葉を聞いて私は少し体に力を入れ、ギュッと左目を瞑って的を見る。左手は動かさず、右手をスッと後ろに引き、力を込めて的の方へ突く。また右手を後ろに素早く引き、同じ動きをした。ただ、それだけ。ヴィジェの手が重なっているので少しだけ重かったが、上々の出来……だと思う。
私は落としていた腰を戻し、ヴィジェが手を離したのを確認して石突を地面につけた。
「それじゃあ説明する。まず、左目を閉じるな。慣れないうちは遠近感が狂うし、焦点も合いにくくなる。次に、槍は同じ方向には二度突かないんだが……ラウリ、その棒と盾を貸してくれないか?」
ヴィジェが、隣で短剣の訓練をしていたラウリから訓練用の棒と盾を借り、私の前に足を肩幅に開いて立つ。
「今度は俺に向かって突いてみろ」
「は、はい……」
ヴィジェの瞳がギラリと光ったような気がして、背筋に悪寒が走る。棒を持っているということはつまり、私に一発は必ず入れる気だということだ。頭を振ってその不吉な考えを振り払うと、ヴィジェの鳩尾めがけて短槍を構えた。
「やぁ!」
右手を鋭く突き出し、一発目。コン、と音を立てて盾ではじかれたが、薙ぎ払われなかっただけマシだと思おう。ヴィジェが右にキュッと体を捻ったのは、必死だった私の目には映らない。二発目を突こうと刃を引っ込め、素早く首元へ刃を向けた瞬間、そこにヴィジェはいなかった。
私が刃を引っ込め、意識が完全にそちらに向いた隙に姿勢をかなり低くしたようで、視界には入らなかった。右足、次に左足の内に鈍い痛みが走り、体全体がグラリと大きく揺れて背中を地面に打ち付け、視界がどんよりとした雲の灰色になった。
草が生い茂っていることでだいぶん衝撃は緩和されたが、痛みは全く消えていない。
「けふっ」と声が出て、頭を打つ、というギリギリのところで、しゃがんだヴィジェの手が私の胸元の布地を掴んだ。感覚的には馬乗りにされている気がする。限界まで下へ視線を下げると、首元には先程の木の棒が当てられていた。相変わらず手加減が出来ないようで、首を絞められているような感覚だ。
「ヴィジェ、痛い」
そうとだけ言って私がギロリとヴィジェを睨むと、彼は左の人差指を立てて満足そうに口を開いた。
「短槍も槍も同じだが、軌道を変えねば避けられるからな。それに、直線的な動きばかりだとズレが出来るので隙を狙われやすい。一度突いた後は斜め下から押し出すように突くんだ。そうすれば滑らかに……」
ヴィジェの長ったらしい説明を遮ったのは、昼鐸の重い鐘の音だった。はぁ、と溜め息を吐いたヴィジェの胸を力の限り押し返し、足を抜いて立ち上がる。大きく腕を伸ばすと、昼食の時間だと知らせるように、私のお腹が大きな音を立てて鳴った。
「で、では昼食の時間ですから、各見習い先か家でしっかり食べてくださいね……?」
セピレーアの気まずそうな、何とも言えない雰囲気に気づく気力は、空腹に邪魔されたのだった。
短剣の扱いと昼食、前編です。
読んでくださってありがとうございます。
少しでも良いなと思ってもらえたら評価やコメント気軽にお願いします!
(後から分割しているので後書きが少々適当になっております)




