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努力だけで超能力者になった俺、就職せずに人生舐めて生きる  作者: ももの樹


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8/23

単位も空間も把握してる

 誤解のないように言っておくが、俺は大学四年生である。つまり、卒業という実績が未解除のまま残っている。

 木曜三限、社会経済学のゼミ。俺は最後列の席で、堂々と眠っていた。

 いや、正確に言おう。眠っている俺を、誰も認識できない状態で眠っていた。認識阻害を薄くかけると、人は俺を「視界には入っているが、意識に上らない存在」として処理する。教授が出席を取るときだけ阻害を解いて返事をし、また消える。出席率、百パーセント。授業を聞いた記憶、ゼロパーセント。

「九条ぉ、おまえ毎回いるのに、毎回いた記憶がないんだよなあ……」

 ゼミ仲間の田辺が首をかしげていたが、人間の記憶なんてそんなものだ。気にするな。

 卒論はどうしているかというと、これが我ながら傑作だった。

 テーマは『公営競技と宝くじにおける控除率の比較研究——プレイヤー側の期待値の実証的考察』。

 ……ん? と思った読者は鋭い。そう、全部実体験である。スクラッチ七百枚の透視データ、パチンコ十四日間の実測回転数、競馬場でのオッズ観察。俺の稼ぎの副産物を、そのまま学術っぽく整形しただけだ。指導教授の反応はこうだった。

「九条くん、この一次データの量は何なんだ……院に来ないか?」

 来ません。学問はコスパが悪い。

 金曜の午後は、俺の定例行事だ。四時限目をサボり——もとい、認識阻害で出席処理だけ済ませ——大学の屋上から離陸する。

 高度千二百メートル。雲の切れ間。眼下に関東平野が広がり、前方には富士。時速百キロの巡航で、俺は今日も日帰り温泉へ向かう。行き先は箱根だったり草津だったり、気分次第だ。交通費、ゼロ円。所要時間、三十分。世の社会人が金曜の夜に高速の渋滞へ吸い込まれていく、その頭上を、俺はタオル一枚持って追い越していく。

 露天風呂に浸かりながら、俺はしみじみと思う。

 平日昼の温泉は、空いている。湯がいい。飯がうまい。そして周囲の客は、リタイアした悠々自適の老人ばかりだ。

「兄ちゃん、若いのに平日から温泉かい。いい身分だねえ」

「はい。いい身分なんです」

 謙遜はしない。事実だからだ。爺さんは豪快に笑って、俺に瓶の炭酸ジュースを奢ってくれた。個人からは盗らないが、善意は遠慮なく受け取る。それが俺だ。

 湯上がり、休憩所の畳に転がってニュースを眺める。就活情報のコーナーで、リクルートスーツの学生たちが「面接で緊張しないコツ」を語っていた。

 二ヶ月前まで、俺もあっち側にいた。お祈りメールに一喜一憂し、「御社が第一志望です」を七社に言った。

 今の俺は、湯上がりの畳で、風に吹かれている。

「……人生って、舐めていいものだったんだな」

 二十二年間、真顔で努力しかしてこなかった男の、これが率直な感想である。もちろん、この舐めた人生は十三年分の前払いで買ったものだ。だから俺は堂々と舐める。利子までしっかり回収する。

 ただし、金の管理だけは舐めない。帰宅後、俺はノートに今月の収支を記帳した。

 収入:パチンコ収益 五十一万円

 支出:家賃・生活費 十二万円、温泉・飯・書籍 八万円

 残高:九十四万円

 もうすぐ百万。だが目標は一千万。パチンコの月収ペースでは、卒業に間に合うか微妙なライン——つまりそろそろ、マカオ渡航の具体的な計画に入る時期だ。

 俺はパスポート申請書をダウンロードしながら、ふと気づいた。

 証明写真、五年ぶりに撮るな。前回は高校の生徒手帳用。あの頃の俺はまだ、消しゴムを三センチ動かすのがやっとの、無名の修行僧だった。

「見てろよ、あの頃の俺。おまえの一万四千時間、今から利確するからな」

 翌日、俺は区役所への道すがら、ファミレスで優雅に昼飯を食っていた。

 そこで、声をかけられたのだ。

「——九条くん、だよね?」

 顔を上げると、見覚えのある女が立っていた。

 東和精機の内定者懇親会で会った、あの、妙に勘のいい女子だった。

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