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努力だけで超能力者になった俺、就職せずに人生舐めて生きる  作者: ももの樹


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2/23

一万四千時間の男

 俺の十三年を語らせてほしい。安心してくれ、面接官に話すより百倍面白いから。

 始まりは小学四年の冬。夕飯の後、なんとなく点けていたテレビで、スプーン曲げの特番をやっていた。海外の超能力者が、スタジオでスプーンをぐにゃりと曲げてみせる。ゲストの芸能人が悲鳴を上げる。司会者が「信じるか信じないかは、あなた次第」と締める。

 隣で親父が言った。「タネがあるんだよ、こんなの」

 俺はその時、まったく別のことを考えていた。

 ——タネがあるかどうかは、どうでもいい。もし本物だとしたら、あれは「できるようになる」ものなんじゃないか?

 逆上がりだって、跳び箱だって、最初は誰もできない。練習したらできるようになった。ならスプーン曲げも、練習すればいいのでは?

 小四の発想である。普通の子供なら、三日で飽きる発想である。

 だが、俺には生まれつき、致命的な欠陥があった。

 一度始めたことを、やめられないのだ。

 ゲームをやれば実績を全部コンプするまで寝ない。プラモを作れば同シリーズを全部揃えるまで小遣いを注ぎ込む。凝り性、と言えば聞こえはいいが、実態はただの執念の化け物だ。

 その化け物が、「スプーン曲げ」という実績解除に取り憑かれた。

 毎日三時間、スプーンを睨む。念じる。曲がれ、曲がれ、曲がれ。

 一年目、何も起きなかった。

 二年目、何も起きなかった。

 三年目、何も起きなかった。普通ならここでやめる。俺の中の執念が言った。「実績、まだ解除されてないぞ」

 そして四年目——中学二年の秋。

 スプーンが、微かに震えた。

 断言する。あれは世界で一番地味な奇跡だった。震度〇・一の地震のほうがまだ揺れている。母親に見せたら「あんたの手が震えてんのよ。勉強しなさい」と言われた。

 だが俺には分かった。手は、触れてすらいなかった。

 ここからは早かった。……いや、嘘だ。全然早くなかった。曲がるまでにさらに二年かかった。高一の文化祭で初めて人前で披露したときの感想は、満場一致で「手品うまいね」だった。十年の努力が、手品。俺はその日、割り切ることを覚えた。世間が手品だと思うなら、手品ということにしておけばいい。本当のことを言う義務は、俺にはない。

 ちなみに、この間、学業を完全に捨てていたわけではない。英語だけは、異様にできた。理由は単純で、念力やスプーン曲げの文献・実践報告・議論の九割は、英語圏のオカルトフォーラムにあったからだ。参考書の長文より、海外の「PK(サイコキネシス)開発法」のスレッドを読むほうが、俺には百倍切実だった。受験のためでなく、超能力のために鍛えられた英語。リスニングの教材が海外の超能力番組だった高校生は、日本で俺一人だったと思う。ついでに言うと、あの面接官へ。TOEIC、練習の合間に受けたら九百二十点でした。

 転機は大学二年の物理の講義だった。教授が黒板に書いた「場」という概念を眺めていて、雷に打たれた。

 ——俺、スプーンを動かしてない。

 ——スプーンが置いてある「空間」を、掴んでる。

 それに気づいた瞬間、十年分の霧が晴れた。俺がやっていたのはテレキネシスじゃない。空間掌握だ。物を包む空間ごと握って動かす。だから重さは関係ない。スプーンも、机も、原理的には同じ。

 そこから二年間の応用開発は、我ながら狂気だった。

 空間ごと自分を持ち上げれば——飛べた。初飛行は深夜の河川敷、高度三十センチ、飛行時間四秒。着地に失敗して尻から落ちた。人類の偉大な一歩は、大抵尻から始まる。

 空間を固定すれば——バリアになった。固まった空間は、物理的に「通れない」。検証のため自分でボールを投げつけたら、顔の前十センチで静止した。感動して三時間投げ続けた。

 空間を歪めて光の通り道を曲げれば——壁の向こうが見えた。透視だ。光を「迂回」させて俺の目に届かせる。ついでに、自分に当たるはずの光を周囲に逃がせば——俺は誰からも見えなくなる。音も同じ要領で逸らせる。認識阻害。飛んでいる俺を、誰も見ない。誰も聞かない。

 大学四年、二十二歳現在。累計練習時間、約一万四千時間。

 で、この神の力を、俺は何に使っているかというと。

「……よし」

 朝八時。俺はベッドに寝転がったまま、台所の食器を空間ごと持ち上げ、スポンジと蛇口を同時に操作して皿洗いを完了させた。所要時間四分。人類最高効率の家事である。

 通学は飛行だ。認識阻害をかけて、高度百五十メートルを時速六十キロで滑空する。満員電車? あれは能力のない人間が乗るものだ。眼下に見える中央線の混雑に、心の中で合掌する。

 ……お気づきだろうか。

 神の力の使い道が、皿洗いと通学なのである。

 言い訳をさせてもらうと、俺は「力を伸ばす」ことに十三年執念を燃やしすぎて、「力で稼ぐ」設計を後回しにしてきた。実績解除中毒者にありがちな本末転倒だ。ゲームは極めたが、換金所に行っていない。

 だから就活をした。稼げる確証が出るまで、内定は保険。それが俺の計算だった。

 その計算を、昨日、大鷹商事の役員がぶち壊してくれた。「君の十三年は無駄だったんじゃない?」——結構。目が覚めた。

 保険は解約だ。今日から俺は、換金所に行く。

 手始めに、世界で一番手軽な換金所——宝くじ売り場のスクラッチから、いかせてもらおう。

 なにせ俺には透視がある。当たり券が「見える」んだぞ?

 これはもう、ギャンブルではない。投資だ。

 ……この時の俺は、まだ知らなかった。

 スクラッチという商品の、本当の恐ろしさを。

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