最終面接で、俺の十三年が笑われた
「九条くんさぁ……君、大学四年間、何やってたの?」
面接官が、俺のエントリーシートをテーブルに放った。紙が滑って、俺の目の前で止まる。
株式会社大鷹商事、最終面接。役員三人を前にした、いわゆる圧迫面接というやつだ。
「サークルなし。バイトは単発のみ。留学なし。インターンなし。ガクチカの欄に書いてあるのが——」
真ん中の男が、老眼鏡をずらして紙を読み上げた。
「『十三年間、毎日三時間の自主練習を継続』。……何の練習?」
「スプーン曲げです」
会議室の空気が、三秒止まった。
それから、左の若い役員が「ぶふっ」と噴き出した。真ん中の男は笑いを噛み殺すのに失敗して、肩を震わせている。右端の女性役員だけが、憐れむような目で俺を見ていた。
「スプーン……曲げ? 手品の?」
「手品ではありません。念力です」
「ねんりき」
真ん中の男が、ひらがなで発音した。バカにするとき、人は言葉をひらがなにする。俺はこの二十二年の人生で、その法則を嫌というほど学んできた。
「小学四年の冬に、テレビでスプーン曲げの特番を見ました。『練習すればできるようになるのでは』と考え、以来十三年間、一日も欠かさず訓練を続けています。累計練習時間は約一万四千時間です」
「一万四千時間」
「一万時間の法則、というものがあります。どんな分野でも一万時間を注げば一流になれるという説です。私はそれを、四千時間超過しました」
「……で? スプーンは曲がったの?」
左の若い役員が、ニヤニヤしながら聞いた。
曲がったどころではない。
俺は今この瞬間、あんたのネクタイの結び目の内側にある空間を、指一本触れずに掴んでいる。その気になれば、あんたごと天井に貼り付けることもできる。ついでに言うと、あんたの胸ポケットの内側、透けて見えている退職届の下書き——転職活動中なんだな、お疲れさまです——も読める。
だが、それを言う場面ではない。
「はい。曲がります」
「あっはっは! いいねえ、九条くん。じゃあ聞くけど、そのスプーン曲げ、うちの商社で何の役に立つの? 取引先でスプーン曲げて、契約が取れる?」
「…………」
「十三年だっけ? 一日三時間? その時間、TOEICでもやってれば九百点は取れたよねえ。簿記でも取れた。プログラミングでも学べた。ねえ九条くん、君の十三年って——」
男は、心底楽しそうに言った。
「——無駄だったんじゃない?」
……ああ。
その瞬間、俺の中で何かが、カチリと音を立てて切り替わった。
怒り、ではない。怒りはとっくに通り過ぎていた。訪れたのは、もっと静かで、もっと晴れやかな感情だった。
俺はなぜ、就活などしているのだろう。
答えは分かっている。保険だ。既に一社、中堅メーカーの内定を持っている。それでもこの大鷹商事を受けたのは、「能力で食えなかった場合の保険は、太いほうがいい」という計算からだ。俺は自分の力で稼げる確証を、まだ数字で確認していなかった。だから内定という浮き輪にしがみついていた。
だが、今、目の前の男に問われて、逆に明確になった。
俺の十三年は、無駄だったのか?
物体を、空間ごと掴んで動かせる。重さは関係ない。距離もほぼ関係ない。
空間を歪めて光を曲げれば、壁の向こうが見える。
空間を固定すれば、刃物も銃弾も俺には届かない。
自分の周囲の空間ごと動けば、空を飛べる。ついでに光と音を迂回させれば、誰にも認識されずに飛べる。
これが、無駄?
冗談だろう。俺は人類で唯一、「努力」というカードだけで神の領域に届いた男だぞ。
問題はただ一つ。この力を金に変える方法を、俺がまだ真剣に設計していなかったことだ。真剣にやれば? ——できるに決まっている。ルーレットの球を一ミリ単位で誘導できる男が、飯を食えないわけがない。
つまり、保険は、もういらない。
「九条くん? 聞いてる? 君の十三年は無駄——」
「あ、いえ」
俺は顔を上げて、にこりと笑った。
「今、御社を受けるのが無駄だと気づきました。選考の辞退を申し出ます。お時間をいただき、ありがとうございました」
「……は?」
三人の役員が、揃って固まった。
俺は立ち上がり、一礼して、ドアに向かう。その途中——ほんの、ほんの出来心で——真ん中の男のネクタイの空間を、くいっと持ち上げた。
「うわっ!? な、なんだ!? ネクタイが……浮いて……!?」
「エアコンの風じゃないですか」
振り返らずにそう言って、俺は会議室を出た。
廊下の窓から、五月の空が見えた。よく晴れている。絶好の、飛行日和だ。
九条蓮、二十二歳。本日をもって、まっとうな人生を辞めることにした。




