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努力だけで超能力者になった俺、就職せずに人生舐めて生きる  作者: ももの樹


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招かれざる招待状

 VIPデビューから一週間。総資金は四千万円を超えた。

 勝ちすぎないよう、週の半分は休む。休みの日は、ジョーさんの「マカオ裏グルメツアー」だ。ポルトガル人街の家庭料理、路地裏の牛乳プリン、埠頭の海鮮屋台。日当三百五十パタカのガイド料の元は、正直、取れすぎている。

「九条くんさ、そろそろ日本の家族とか恋人に、なんか買ったら? 金って、使わないとただの点数だよ」

「恋人はいない。設定上はフラれた」

「あ、そうだった。じゃあその、LINEの『既読で心拍読んでくる子』に」

「あれは恋人じゃない。監査法人だ」

 その日の夜だった。

 VIPサロンでいつも通り「ちょっといい寿司の顔」で打っていた俺の隣に、一人の男が座った。

 五十絡み。仕立てのいいスーツ。太い金の腕時計。そして、給仕もホストも、男と目を合わせない。フロア全体が、男の周囲だけ、空気の質量を変えたようだった。

「——九条さん、だね。日本の」

 流暢な日本語だった。

「最近、よくお見かけする。若いのに、いい打ち方をする。私はサム。**サー**とも呼ばれてる。この階の上の部屋を、いくつか預かってる者だ」

 ……上の部屋。ジョーさんの講義を思い出す。カジノ直営VIPのさらに上、ジャンケットが運営する超高額の間貸しルーム。ミニマム百万香港ドル——一勝負、二千万円の世界。

「九条さん。うちの部屋で打たないか。信用枠は、こちらで五千万ほど用意する。君ほどの打ち手なら、審査は要らない」

 心拍を、指先の空間感覚で拾う。凪ぎだ。黄さんと同じ、揺れない心拍——だが、質が違う。黄さんの凪は職人の静けさだった。この男の凪は、温度がない。

「光栄なお話ですが、遠慮しておきます。俺は自分の金でしか打たない主義なので」

「ほう。主義」

 サムは、笑った。目は笑っていなかった。

「いい主義だ。若いうちの主義は、宝石みたいなもんでね。……ただ、九条さん。この街じゃ、宝石は持ち歩き方を間違えると、持ち主ごと消えるんだ」

 男は俺の肩を軽く二度叩き、立ち上がった。

「気が変わったら、フロントで『沙の客だ』と言えばいい。……ああ、それと」

 去り際、男は思い出したように振り返った。

「城戸くんに、よろしく。あの間抜け、まだ雲呑ばかり食ってるのか?」

 男が消えたあとも、俺はしばらく、チップを張る手を止めていた。

 俺の名前を知っていた。ジョーさんとの関係も知っていた。つまり、調べた上で、調べたと分からせる言い方を選んだ。堅気の営業ではない。あれは「おまえの全部を把握している」という名刺代わりの脅しだ。

 その夜、俺は勝負を早めに切り上げ、ジョーさんの事務所に直行した。サムの名前を出した瞬間、ジョーさんの顔から、見たことのない速度で血の気が引いた。

「……(サー)が、直接? 九条くんに?」

「知ってるのか」

「知ってるも何も……ジャンケット狩りの摘発を生き延びた最大手だよ。表向きは投資会社。実態は、金と、取り立てと、それ以上のこと。ディーラー時代、沙の部屋の担当になった同僚が三人いたけど、みんな一年で辞めた。理由は誰も言わなかった」

 ジョーさんは、部屋の窓のブラインドを下ろしながら(気持ちは分かる)、声を落とした。

「九条くん、いい? 黄さんは怖いけど、ルールの中の怖さなの。最悪でも出禁。でも沙は、ルールの外の人。断ったんだよね? 断って、相手はなんて?」

「『宝石は持ち歩き方を間違えると、持ち主ごと消える』」

「〜〜〜っ、それ、脅迫のフルコースの前菜!」

 ジョーさんは頭を抱えた。俺は、窓の隙間から夜のネオンを眺めながら、状況を整理した。

 カジノの上限までは、俺の想定内だった。監視、統計、出禁。全部「胴元との勝負」の延長だ。だが、四千万を超えたあたりから、俺は胴元ではないものの視界に入った。金が大きくなると、勝負の相手が変わる。誰も教えてくれなかった、社会の授業だ。

「……なあ、ジョーさん」

「な、なに」

「俺のバリア、銃弾も止まるんだが——おっと」

「今、なんて?」

「なんでもない。独り言だ」

 さて、どうする、九条蓮。逃げるか? 資金は四千万ある。日本に帰って投資編に移る選択肢は、常にある。

 だが——俺の中の凝り性の化け物が、静かに首を振った。

 実績リストの「マカオ編」に、まだ「未解除」の項目が三つ残っている。

 VIPのさらに上を見る。黄さんとの勝負に決着をつける。そして——沙に、舐められたまま帰らない。

「ジョーさん。基本日当、五百パタカに上げる。成功報酬も倍の二万だ」

「昇給の幅と理由が怖いんだけど!?」

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