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努力だけで超能力者になった俺、就職せずに人生舐めて生きる  作者: ももの樹


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16/23

カメラは嘘つかない

「当店の警備責任者をしております、黄と申します」

 一勝負五万香港ドルの卓の脇で、俺は監視歴二十二年の男と向き合っていた。

 落ち着け、九条蓮。おまえは何も悪いことをしていない。カードには触っていない。機械も仕込んでいない。ただ、空間を歪めて光を曲げて、シューの中身を視ていただけだ。……うん、文章にすると悪いことをしている気しかしないな。

「これはご丁寧に。九条です。……あの、俺、何かしました?」

「いえいえ。九条様はここ数日、当グループの各店をご利用いただいている上顧客ですので、ご挨拶をと思いまして」

 にこりともせずに「ご挨拶」と言う男の圧よ。

「日本からのご旅行で?」

「はい。大学の卒業旅行を、少し早めに」

「ほう、ご卒業を。おめでとうございます。……失礼ですが、ご旅行にしては、少々長いご滞在のようだ。それに」

 黄さんの目が、卓の上の俺のチップの山を、音もなくなぞった。

「随分と、腕がよろしい」

「ツイてるだけです。最近フラれたんで、その、運が女から金に回ってきたのかと」

「なるほど。それは……お気の毒に」

 この男、「お気の毒に」を音読しただけで、一グラムも信じていない。指先の空間感覚が拾う黄さんの心拍は、恐ろしいほど一定のまま、それでも会話の主導権を静かに握りに来る。

「ときに九条様。城戸譲という男をご存知ですか」

 来た。ジョーさんの読みどおりだ。ここで隠せば、隠したという事実が残る。

「ジョーさんですか? 知ってます。観光ガイドとして雇ってます。日当三百五十パタカで」

「……ご自分から仰るとは」

「聞かれたので。何か問題が? 彼、モツ煮込みのうまい店とか、エッグタルトの行列の抜け道とか、めちゃくちゃ詳しいですよ」

「そうでしょうな。当店の元従業員ですから」

「らしいですね。客のおばあちゃんを助けてクビになったって聞きました。いい話だなと思って雇いました」

 黄さんの心拍が、初めて、ほんのわずかに揺れた。……ん? 今の揺れは、なんだ? 怒りではない。もっと、こう——痛みに近い何かだ。

「……あの件の処分を決裁したのは、私です」

 黄さんは、抑揚のない声で言った。

「規則は規則です。カメラは嘘をつきません。彼がカードに触れた以上、処分以外の選択はない。……ですが、九条様。一つだけ申し上げておきます。この街で城戸を『いい話の男』と呼ぶ人間は、あなたが初めてだ。皆、間抜けと呼ぶ」

「間抜けで結構。俺は人を雇うとき、履歴書より、クビになった理由を見るんで」

 我ながら、雇用主歴八日とは思えない台詞が出た。黄さんは三秒、俺の目を見た。二十二年分の視線だった。それから、彼はほんの数ミリだけ、頭を下げた。

「……お時間を取らせました。どうぞ、ごゆっくり。当店はいつでも、九条様のプレイを歓迎いたします」

 歓迎、の一語に、これだけの圧を込められる人類がいるのか。

 黄さんは踵を返し、フロアの雑踏に消えた。俺はぬるくなったオレンジジュースを飲み干し、椅子の背にもたれた。全身の関節が、今さら緊張を思い出して軋む。

 出禁ではなかった。警告ですらない。あれは——宣戦布告だ。「見ているぞ」とわざわざ顔を見せに来た。俺が動揺して尻尾を出すか、この街から逃げるか、それを泳がせて待つ構えだ。

「…………ふ」

 笑いが漏れた。周囲の客が怪訝な顔をする。

 まずいな。怖いのに、めちゃくちゃ面白くなってきた。監視二十二年の職人が、俺の十三年に、正面から「解いてみせる」と言ってきたのだ。これを実績と呼ばずに何と呼ぶ。


 ——同夜。地下監視センター。

 「主任、直接行ったんですか!? Aランク対象に!」

 「ああ」黄啓文は自分の椅子に沈み、録画を巻き戻した。画面には、オレンジジュースの若い日本人。

 「で、どうでした」

 「……九割方、完璧なシロの反応だった」

 「九割方? 残りの一割は」

 黄は映像を一時停止した。城戸の名を出した瞬間の、若い日本人の顔。

 「私が城戸の件を口にしたとき、こいつは怯えるべきだった。仲間の身元が割れたんだからな。だが、こいつの目は——私を、値踏みしていた」

 黄は、冷めた茶を一口すすった。

 「二十二年で三百七人のイカサマ師を送り出してきたが、あの目をした奴は三人だけだ。そして三人とも、落とすのに一年かかった」

 「……今回も一年かけます?」

 「いや」黄は静かに言った。「あれはたぶん、三人より上だ。——楽しくなってきた、とか思っとるんだろうな、あの若造」

 図星である。

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