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努力だけで超能力者になった俺、就職せずに人生舐めて生きる  作者: ももの樹


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一千万円と、大根餅の男

 マカオ、十二日目の朝。

 俺は安宿のベッドの上で、儀式を執り行っていた。ベッドに現金とチップを並べ、正座して電卓を叩く。名付けて、月次決算。経理の顔と言われようが、金の管理を舐めた奴から破滅するのがこの街だ。

 香港ドル現金、マカオパタカ現金、チップ三店舗分、日本円の残り。合算——

 一千二十七万円。

「…………到達」

 俺は静かに電卓を置き、ベッドの上の金の山を見下ろした。

 目標、種銭一千万。あの日、残高十七万の通帳を睨みながらノートに書いた数字だ。スクラッチで時給マイナス九千二百円を叩き出した男が、七十日で、ここまで来た。

 込み上げてきたのは、達成感——と言いたいところだが、実際に込み上げてきたのは、猛烈な実績解除の続きへの渇望だった。凝り性の化け物は、ゴールテープを切った〇・二秒後に、次のテープを探し始める。一千万は、VIPルームの入場券にすぎない。あの赤絨毯の先、一勝負二百万の世界。あそこで俺の一万四千時間は、本当の桁を叩き出す。

 昼、報告を兼ねてジョーさんの事務所に行くと、雲呑麺の出前が二人分届いていた。気が利く従業員である。俺の分から雲呑を一個奪っていくのをやめれば、もっといい。

「一千万かー! 早いねえ。じゃ、いよいよVIPの話する?」

 ジョーさんはホワイトボードに「VIPルームへの道」と書いた。字が下手だ。

「道は二つ。正規ルート——カジノ直営のVIP。一般フロアで実績を積んで、ホストに招待される。時間はかかるけど安全。で、もう一つがジャンケットルート」

「ジャンケット。名前だけは本で読んだ」

「VIPルームの又貸し業者ね。客を連れてきて、金を貸して、負けたら取り立てる。手続き最速、今日にでもハイレートで遊べる。ただし——」

 ジョーさんは、珍しく笑顔を消した。

「連中の金の出どころと取り立ての方法は、聞かないほうがいい世界。ここ数年の締め付けでだいぶ潰れたけど、生き残ってる組は、生き残るだけの理由がある組。九条くんが変な勝ち方をしたら、カジノは出禁で済ませるけど、ジャンケットは出禁じゃ済まさない。俺のおすすめは、時間かかっても正規ルート」

「同感だ。裏の連中と紐付く実績は、解除したくない」

「ん、賢明。じゃ、今夜から『上客ムーブ』ね。ホストの目に留まる立ち回り、教えるから——」

 と、講義が始まりかけたその時、ジョーさんのスマホが鳴った。画面を見た彼の眉が、ぴくりと動く。

「……元同僚から。『黄さんが、おまえのことを調べてる』って」

「俺を、じゃなくて?」

「俺を。『クビにした元ディーラーが、最近、例の日本人とつるんでいないか』って部下に調べさせてるらしい。……さすがだわ、あの人。九条くん個人の数字は誤魔化せても、人間関係は数字の外側だもんね」

 背中に、ひやりとしたものが走った。俺の偽装は完璧だったはずだ。勝率五割五分、失恋キャラ、換金の分散。だが黄さんは、数字を諦めた瞬間に、数字の外を掘り始めた。二十二年、伊達じゃない。

「どうする? しばらく俺と会うのやめとく?」

「いや——」俺は少し考えて、首を振った。「隠れて会うほうが、見つかった時に不自然だ。ジョーさんは『観光ガイド』で、俺は『長期滞在の観光客』。表の関係は、堂々と表に出す。嘘は、真実の皮を被せるのが一番強い」

「……九条くん、さらっと詐欺師の名言みたいなこと言うよね」

 その夜。俺はジョーさんの助言どおり、上客ムーブの初日に出た。一般フロアで最高額に近い卓、一勝負五万香港ドル。服も安物のパーカーをやめ、ジャケットを新調した。勝率は五割五分の鉄の掟を守り、それでも収支は着実に積み上がる。

 二時間ほど回したところで、ホスト風の男がすっと近づいてきて、飲み物の希望を聞かれた。順調だ。オレンジジュースを頼む(この店のは搾りたてでうまい)。

 ジュースが届き、一口飲んで、顔を上げた——その時だった。

「——お楽しみいただけていますか。九条様」

 振り向くと、そこに立っていたのは、ホストではなかった。

 角刈り。眉間の皺。上等だが飾り気のないスーツ。ジョーさんの下手くそな似顔絵より三割ほど貫禄があるが、間違えようがない。

 黄啓文。監視歴二十二年の男が、地下の監視室を出て、俺の目の前に立っていた。

「当店の警備責任者をしております、黄と申します」

 差し出された名刺を、俺は受け取った。指先の空間感覚が、男の心拍を拾う。恐ろしく、静かだ。凪いだ海のような五十四歳が、俺を見下ろして、にこりともせずに言った。

「少しだけ、お時間をいただいても? ——ああ、ご心配なく。別室ではありません。ここで結構」

 ここで、が一番怖いんだよ、おっさん。

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