表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
努力だけで超能力者になった俺、就職せずに人生舐めて生きる  作者: ももの樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/23

マカオ上陸

 フェリーターミナルを出た瞬間、湿気と熱気とネオンが、まとめて顔面に押し寄せてきた。

 マカオ。中国の特別行政区にして、ラスベガスを売上で超える、世界最大のカジノ都市。

 夜のコタイ地区は、率直に言って頭がおかしかった。運河が流れるホテル、エッフェル塔が建つホテル、天井に空が描かれたショッピングモール。すべてが「金は無限にある」という前提でデザインされている。この街の建設費は、全部カジノの負け客が払ったのだと思うと、味わい深い。

「……よし。まずは偵察だ」

 俺は安宿に荷物を置き、徒歩で大手カジノの一つに乗り込んだ。入場無料、ドレスコードほぼなし、二十一歳以上ならパスポート提示で入れる。

 フロアに足を踏み入れて——俺は、静かに息を呑んだ。

 広い。天井が高い。そして、視線だらけだ。

 天井を透視するまでもなく、黒い半球型のカメラが数メートルおきに並んでいる。ざっと見えるだけで百個超。ディーラーの背後には黒服が立ち、フロアを歩く警備員、そしてどこかの監視室では、この全映像を解析する目と、おそらくAIがいる。

 ようこそ、百年分のイカサマ師たちが鍛え上げた、世界最高峰の監視網へ。

 ……いいね。実績解除のしがいがある。

 俺はまず、賭けずにフロアを一周した。

 スロットマシンの海——敵、無視。電子乱数は俺の管轄外だ。素通りする。

 ルーレット——友。だが後回し。球の誘導は強力すぎて、下手に使うと勝ち方が不自然になる。

 そして、フロアの主役。どのテーブルにも人だかりができている、マカオの王様——バカラ。

 ルールは世界一単純だ。「プレイヤー」と「バンカー」、どちらの手札が9に近いかを当てるだけ。客は配られるカードに一切関与しない。ただ、どちらに張るかを選ぶだけ。

 つまり、だ。

 次のカードが視えている男にとって、バカラは「答えが公開された試験」である。

 俺は最低賭け金三百香港ドル(約六千円)のテーブルに着いた。周囲は中国本土からの客が多い。隣のおばちゃんは、前の勝負の記録がびっしり書かれた「罫線表」を睨んで、うんうん唸っている。おばちゃん、過去の出目に未来を読む力はないんだ……とは、言わないでおく。人の信仰は自由だ。

 ディーラーの脇には、「シュー」と呼ばれる箱が置かれている。これから配られるカードが、何組分もまとめて裏向きに収まった、いわば未来の入れ物だ。客はもちろん、ディーラー本人ですら、次に何が出てくるかを知らない。

 そのシューの中を、俺はそっと透視した。次に出る六枚——プレイヤー側の合計7、バンカー側の合計4。

 プレイヤーに三百ドル。

 勝ち。

 次のゲーム。シューの中身は、バンカー勝ち。三百ドル、バンカーへ。勝ち。

 その次はプレイヤー。勝ち。次はバンカー。勝ち。

「…………」

 あまりの手応えのなさに、逆に怖くなってきた。答えを見ながら解く四択問題。俺は意識して、わざと二回に一回ほど負けることにした。勝率百パーセントの客は、統計の怪物としてすぐ検出される。目指すのは「今夜ツイてる兄ちゃん」、勝率六割前後の、ギリギリ自然なライン。

 三時間後。

 俺の手元のチップは、五万香港ドル——日本円で約九十五万円になっていた。元手は十万円分。夜食のカップ麺を三年我慢するパチンコ生活が、なんだったのかと思う増え方である。

「先生、今夜はツイてるね!」

 隣のおばちゃんが、俺の張りに便乗して勝ち、上機嫌で肩を叩いてきた。いつの間にか「先生」と呼ばれている。この卓の中国語の語彙が「先生(シンサン)」「もう一回」「ありがとう」の三つ、増えた。

 俺はキリのいいところで席を立ち、換金所には向かわず、チップの半分をポケットに入れたまま出口へ歩いた。一晩で全額換金する客より、チップを持ち帰って「また来る」客のほうが、店の記憶に残らない。

 出口へ向かう途中、ふと足を止める。

 フロアの奥、赤い絨毯の先に、一般フロアとは空気の違う一角があった。ガラスの向こう、静かな照明の下で、一卓に積まれたチップの高さが、こちらの島と桁違いだ。

 VIPルーム。最低賭け金、十万香港ドルから。一勝負、約二百万円。

 あそこが、俺の目的地だ。あの席に座るには、カジノ側に「上客」と認められる実績と、数千万単位の種銭がいる。

「……焦るな。今夜の俺は、時給三十万円の『ツイてる兄ちゃん』。まずはこの街の養分のふりをして、静かに太る」

 ホテルへの帰り道、夜風が心地よかった。エッフェル塔(偽)がライトアップされ、観光客が写真を撮っている。

 俺はポケットの中のチップを指で弾きながら、鼻歌まじりに歩いた。

 人生、舐めてる。最高の気分だ。

 ——そしてこの時の俺は、気づいていなかった。

 三時間で二千回転する監視カメラ映像の片隅、俺の卓の記録に、監視室のある男が小さなフラグを立てたことを。

 『卓M-7の日本人客。ベットの切り替えが、罫線と無関係。要観察』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ