自力渡航、断念
パスポートを受け取った日の夜、俺はある重大な検討課題と向き合っていた。
東京—マカオ間、約二千九百キロ。
LCCの航空券、セール価格で往復三万八千円。
……ん? 待てよ、と。
俺、自分で飛べるのでは?
考えてみてほしい。俺の巡航速度は時速百キロ。頑張れば百五十は出る。二千九百キロなら、二十時間程度。認識阻害で航空レーダーにも映らない(はず)。燃料費ゼロ。手荷物検査なし。液体物の制限なし。深夜に出発すれば、翌日の夜にはカジノのテーブルに座れる計算だ。
三万八千円の節約。そして何より——「自力で国境を越えた男」という実績が、あまりにも輝いている。
「検証だな」
凝り性の血が騒いだ。まずは短距離テストだ。俺は週末の深夜、認識阻害を全開にして、房総半島の南端から太平洋へ飛び出した。目標は伊豆大島、片道約四十キロ。海上飛行の予行演習である。
結論から言おう。
海の上は、地獄だった。
まず、寒い。高度を上げると気温は百メートルごとに約〇・六度下がる。高度千メートル、時速百キロの風に晒され続ける俺の体感温度は、真冬の露天商どころではなかった。空間を固定して風防を作ればマシになるが、維持に集中力を食われる。
次に、何もない。眼下は真っ黒な海。目印なし。スマホのGPSだけが頼りだが、そのスマホが強風と寒さで、バッテリー残量をみるみる減らしていく。
そして極めつけ。大島の上空に到達した俺を待っていたのは、達成感ではなく、シンプルな疑問だった。
「…………帰りも、これやるのか?」
往復八十キロ、飛行時間約一時間。たった一時間で、俺の集中力と体温と心は、綺麗に磨り減っていた。これを二十時間? 東シナ海のど真ん中で? 積乱雲に突っ込んだら? 集中が切れて墜落したら、水深数千メートルの海に、認識阻害がかかったまま——つまり誰にも発見されない状態で沈むのだ。
帰宅した俺は、風呂で一時間温まった後、厳かにノートへ記した。
結論:飛行機は、人類の偉大な発明である。
三万八千円は、暖房と座席とオレンジジュースと、墜ちない安心の対価だ。安い。安すぎる。俺は喜んで文明に課金する。人生は舐めるが、太平洋は舐めない。
翌週、俺は成田空港にいた。
人生初の海外渡航。搭乗手続きを終え、保安検査場の列に並ぶ。前の外国人観光客が、スーツケースからペットボトルを没収されて抗議していた。
係員に促され、俺は金属探知ゲートをくぐる。
——ピンポンともスンとも言わない。当然だ。俺の武器は空間掌握。世界一、身体検査に強い男である。ナイフも銃も持たずに、そのどちらより強い。セキュリティの皆さん、お仕事お疲れさまです。あなたたちの検知対象に、俺の十三年は含まれていません。
搭乗ゲートの待合で、俺は窓の外のジェット機を眺めた。
隣の席の出張風サラリーマンが、ノートPCで資料を叩きながら、電話に頭を下げていた。「はい……はい、申し訳ございません、月曜までには必ず……」。日曜の空港で、月曜の謝罪を予約している。
二ヶ月前の俺なら、あれが「三年後の自分」だった。
今の俺の手荷物は、着替え三日分と、『バカラの数理』と、現金五十万円(申告不要ギリギリ)と、十三年物の超能力。
機内アナウンスが搭乗開始を告げる。
「さて」
俺は立ち上がり、ゲートへ歩き出した。
窓側の座席に収まり、シートベルトを締める。加速、浮遊感、離陸。ぐんぐん遠ざかる千葉の大地。
……素直に言おう。
楽だ。飛行機、最高。
自力で飛ぶより速くて、暖かくて、オレンジジュースが出てくる。俺は雲の上でジュースをすすりながら、窓の外の景色に小さく敬礼した。ライト兄弟、あんたらの努力にも、利子がついてるぜ。
五時間後、飛行機は香港国際空港に着陸する。そこからフェリーで一時間——
眠らない街、マカオ。
俺の一万四千時間を、桁違いの現金に両替する場所だ。




