第七話 学校案内、ここどこだよ!
昨夜の「雫襲来」という未曾有の災害により、俺のライフはほぼゼロだった。
一睡もできぬまま登校した俺を待っていたのは、無情にも『新入生向け校内オリエンテーリング』という地獄の行事だ。
「さあ! 迷える子羊諸君! この広大な札幌北南高校の迷宮を、私が案内してあげよう!」
目の前でマントのように制服のブレザーをなびかせているのは、昨日から俺の平穏を執拗に狙う不知火会長だ。
そして、なぜか俺の班には、昨日模型店で遭遇した内田とは別の、見慣れない女子がもう一人いた。
「……あの、孤崎くん。よろしくね。私、灰原もか。えっと……方向音痴だから、助けてもらえると嬉しいな」
おどおどした様子で袖を引いてくる、灰原。
(——ステップ一、弱者のふりをして庇護欲を煽る『守ってあげたい女子』の典型的なムーブ。ステップ二、袖を掴むことで物理的距離を固定。……不知火会長の『奇行』と、灰原の『計算(仮)』。挟み撃ちか、これは)
俺の脳内フィルターは限界を超えてオーバーヒート気味だ。
「よし、まずは北校舎の地下にある、開かずの備品倉庫から攻めよう!」
「会長、そこ案内しちゃダメな場所ですよね!?」
会長の暴走により、案内は開始五分で崩壊した。
迷い込んだのは、新入生どころか教師も立ち入らないような、複雑に入り組んだ旧校舎の連絡通路。
「……ここ、どこだよ」
窓の外を見ても、見覚えのない中庭があるだけだ。
右も左も、塗装の剥げた無機質な壁。
「ひえぇ、お化け出そう……孤崎くん、離れないでね?」
「灰原さん、近すぎる。……っ、会長! 地図はどうしたんですか!」
「ふふん、地図などという固定概念に縛られているから、真理に到達できないのだよ孤崎くん! 私は今、直感という名のコンパスに従っている!」
「それ迷子って言うんですよ!」
期待は裏切られる。信じるから傷つく。
だが、この二人の「予測不能な非論理的行動」の前では、俺の『人間不信フィルター』すら計算式が成立しない。
(——待て。これは高度な心理作戦か? 閉鎖環境に俺を追い込み、吊り橋効果で強制的に依存させるための……。いや、不知火会長にそんな緻密な真似ができるはずが……いや、しかし!)
不信感が一周回って、もはや疑うべき対象すら見失い、俺の脳内メーターは狂ったように回転を続ける。
「あ! 孤崎くん、見て! あそこに古い自販機があるよ! 炭酸飲んで落ち着こ?」
「灰原さん、こんなホコリまみれの場所の飲み物って……」
灰原が差し出してきた缶に手を伸ばした瞬間。
背後の暗闇から、鈴の鳴るような、だが心臓を直接掴まれるような声が響いた。
「——あれ? 皆さん、こんなところで何してるの?」
懐中電灯を手に、音もなく現れたのは、斉木雫だった。
その瞳は、暗闇の中で昨日よりもさらに深く、青く、透き通っている。
「……斉木さん?」
「探しちゃったよ、透くん。……ほら、早く戻ろ? 私が『正しい道』を知ってるから」
差し伸べられた雫の手。
迷宮の中で唯一、出口を知る「救世主」のような笑顔。
だが、俺にはそれが、クモの巣の中央で獲物を待つ主の姿にしか見えなかった。
加速する不信。
出口のない校舎。




