第6.5話 斉木 雫の孤独の復習
夜の静寂に包まれた自室。
私はベッドに身を投げ出し、自分の手のひらを見つめていた。
そこにはまだ、さっきまで触れていた孤崎くんの、あの硬直した肩の熱が残っているような気がした。
「……ふふっ、あんなに震えちゃって。可愛い」
天井を見上げると、彼のあの「死んだ魚のような目」が脳裏に浮かぶ。
誰にも期待せず、誰の言葉も信じない。
鋼の殻に閉じこもっているつもりなのだろうけれど、私からすれば、あれは「誰かに壊してほしい」と叫んでいる寂しい子供の背中にしか見えない。
机の上に置いてある、一冊の古いノートを開く。
そこには、彼が中学時代に味わった「あの出来事」の記録が、断片的に記されている。
彼が誰に裏切られ、どうやって今の『フィルター』を作り上げたのか。
「ねえ、孤崎透くん。君は『期待するから裏切られる』なんて言うけれど。……本当の絶望は、そんなものじゃないんだよ?」
私は立ち上がり、鏡の前に立った。
鏡の中にいるのは、清楚で、品行方正で、誰もが信頼を寄せる「斉木雫」。
松岡先生が私に媚び、不知火会長が私を特別視する。それは私が彼女たちの望む『完璧な駒』を演じてあげているからに過ぎない。
私が彼に執着する理由。
それは、彼が私と同じ「色のない世界」に住んでいるからだ。
けれど、今の彼はまだ甘い。
あんな風に趣味に逃げたり、不信感を理屈で武装したりして、必死に自分を守っている。
「もっと加速させなきゃ。……もっと、君を孤独に。もっと、君を『不信』の深淵へ」
私が今日、彼の家に行ったのは、単なる誘惑じゃない。
彼の中にある「本能」と「理性」を衝突させ、彼が信じている『自分のロジック』が、いかに脆く崩れ去るかを分からせるための「復習」だ。
彼が誰も信じられなくなった時。
唯一、その絶望を肯定してあげられるのは、私だけ。
彼が『空気』だと思いたがっているこの世界で、私だけが『実体』として彼を抱きしめてあげる。
「不知火会長なんて、ただのノイズ。内田茜さんも、ただの端役。……透くんを完成させるのは、私だけなんだから」
私はスマホを取り出し、彼に短いメッセージを打ち込んだ。
あえて返信は期待しない。
ただ、彼の枕元でスマホが震えるその「音」が、彼の安眠を妨げ、私の存在を刻み込めばそれでいい。
窓の外、札幌の夜空はどこまでも冷たく透き通っている。
「おやすみなさい、透くん。……明日はもっと、君の世界を壊してあげるね」
私は、彼から奪った「ガンプラの小さなパーツ」を口元に寄せ、愛おしそうに目を閉じた。




