第11.5話 孤崎 透の至福のひととき2
深夜一時。
ようやく辿り着いた自室の静寂が、荒みきった俺の神経を優しく撫でる。
洗剤のせいでカサカサになった両手を見つめる。
不知火会長の暴走、灰原の処世術、そして斉木雫の……あの底知れない笑み。
外界から持ち帰ったあらゆる「ノイズ」を排斥するため、俺はいつものように入念な儀式を行う。
「……よし」
デスクのLEDライトが、冷たく、だが誠実な白光を放つ。
そこに鎮座しているのは、第3.5話から少しずつ進めていたHGUCの『メッサーMO1型』ではない。
今夜の相手は、さらに精密なディテールを誇るHGUC(ハイグレード宇宙世紀)シリーズだ。
皿洗いという「誰のためにもならない無益な労働」の対極にある、0.1ミリの狂いも許されない「究極の論理的構造物」。
「……いい。この精度こそが、真実だ」
ニッパーを握る。
皿洗いで荒れた指先がわずかに痛むが、ゲートを切り離す感触が、脳内に報酬系の物質を直接流し込んでいく。
パチン。
パチン。
この音には、裏がない。
この手応えには、打算がない。
(——雫の言った『マッサージしてあげる』という言葉。あれはステップ一、身体的接触によるオキシトシンの強制分泌。ステップ二、俺の『弱み(荒れた手)』をケアすることで、彼女なしではいられない環境を作る心理的去勢……)
作業をしながら、脳が勝手に不信感のログを解析し始める。
だが、パーツを組み合わせていくたびに、そのノイズは遠ざかっていく。
不意に、机の端にある『司法試験予備試験・導入テキスト』が目に入る。
法律もまた、プラモデルと同じだ。
条文を組み立て、論理という接着剤で固定し、誰にも侵されない「正解」を導き出す。
「……結局、俺が信じられるのは、これだけだ」
組み上がった右腕の関節を曲げてみる。
ギチ、という心地よい摩擦音。
女たちは、俺を『不信感という殻』から引きずり出そうとする。
だが彼女たちは分かっていない。
この殻の中にこそ、俺の守るべき「至福」があり、完成された「宇宙」があるのだということを。
朝、またあの狂った学園生活が始まる。
だが、今夜こうして、自分の手で組み上げた「裏切らない現実」が目の前にある限り、俺のフィルターはまだ壊れない。
「……ふぅ」
俺は、完成したばかりの小さな右腕に、自分の荒れた親指をそっと重ねた。
プラスチックの冷たさが、今の俺にはどんな人間の体温よりも、温かく感じられた。
加速する不信の果てに、俺が見つけるのは救いか、それとも——。




