防衛戦
アロッホ達は、どうにかブラックフォレスト駅の駅長室まで戻って来た。
「それで、今回はどうするんだ?」
アロッホが問うても、エトルアは返事をしない。
部屋の隅で、膝を抱えたまま座り込んでいる。
ブラックフォレスト駅のホーム付近では、巨大アリ数体とヘビの魔物十体ほどの死骸が転がっていた。
死んだ魔物は、アップキープが来なければ復活しない。
補給できるのはゾンビ系だけ、それも沸く速度より倒される速度が速いだろうから、あまりあてにはできない。
次の襲撃が来たら、アロッホ達が出て防がなければいけない。
巨大アリの残り戦力がどれぐらいかはわからないが、物量で攻められたら勝ち目はないだろう。
エトルアが返事をしないので、ウィノーラの方に聞く。
「なあ、キメラアントって何なんだ? ウィノーラは知ってたのか?」
「言葉を話し、魔術を操る魔物よ。数十年前に王国の総力を挙げて絶滅させたって聞いたわ。その脅威を忘れないために、魔術師の教科書には、今でもキメラアントについての教えがあるの」
「絶滅させた? ……人間は、どうやってあんなのに勝ったんだ?」
宮廷魔術師が束になって掛かっても、勝てるかどうか怪しい物だ。
ウィノーラも首をふる。
「習ったような気がするけど、よく覚えてない」
「ええ……」
「だって私、正面から戦っても普通に勝てるし……」
強すぎるのも考え物だ。
カルナが聞く。
「錬金術だったら倒せますか?」
「どうだろ? 可能性があるとしたら毒だと思うけど」
「用意、できるんですか?」
「樹海のどこかに、バズアド草っていう毒草が生えているはずだ。それを採取して毒ガスを作る。たぶん効果があると思う……ただ、毒を抽出するとなると、それなりに時間がかかるから……」
「それって、今すぐ始めたら、終わるのはいつになる?」
エトルアが顔を上げてこっちを見ていた。
「……三日あれば、とりあえず抽出はできる」
「それでキメラアントを全部追い出せるのかしら?」
「いや、無理だ。アリを完全に倒すなら、トンネルを毒ガスで充満させるしかない」
「それは準備にどれぐらい時間がかかるの?」
考えるだけで頭が痛い。
「俺一人だと、材料を集めるだけで年単位の時間がかかる。ドブリンゾンビを使えば、少しは時間が短縮できるかも知れないけど……」
「毒草って事は、やっぱり毒が出るのよね? ドブリンは平気かしら?」
「訓練した方がいいんじゃないかな……」
「じゃあ、それだけで二週間はかかるわね……。それだとアロッホと私が前線に出れなくなるけど」
エトルアはウィノーラの方を見る。
「え、私一人で二週間はちょっと無理があると思う。魔力ブースターって、あと何本ある?」
「十本ぐらいはあると思うけど……今から量産するか?」
「そんな事してたら、いつまで経ってもドブリンの訓練が始められないわよ」
全てが足りない、それが結論だった。
カルナがおずおずと手を上げる。
「あの、この駅は諦めるっていうのはどうですか? 一度後ろに引いて、準備ができてから取り返すとか」
「毒草が他で手配できるなら、それもありだけど……」
他の選択肢はない。
「やるしかないか」
三日ほどが過ぎた。
毒ガスの試作品を完成させたアロッホは、ホームまで降りる。
ホームにはウィノーラがいて、その周辺は、大量の巨大アリの死骸が積み重なっていた。
倒した巨大アリの死骸をバリケードにして、時間を稼いでいるようだ。
「思ったより、耐えてるな」
「今のところはね……でも、私が休んでる間に片付けられてる」
「おい、ちゃんと寝てるか?」
「うん……」
ウィノーラは目が虚ろだった。
睡眠時間を確保できるわけがない。
巨大アリの方も、こちらが一人で押さえている事に気づいている。
休息を取らせないために、勝てないとわかっていても波状攻撃を仕掛けてくるのだろう。
「今日は一日休むっていうのはどうだろう。ここは俺が抑えるから」
「錬金爆弾、足りる?」
「……微妙だな」
言っている傍から巨大アリが押し寄せてくる。
毒ガスをいれたビンを投げつける。
ビンが割れて灰色の煙が広がると、先頭の巨大アリがその場でけいれんし始めた。
他のアリも慌てたように逃げていく。
アロッホ達も、毒ガスから逃げるため、ホームの上の階まで上がる。
防毒マスクを用意した方がよさそうだ。
「これ、時間稼ぎに仕えそうだな」
「そうだね……私、ちょっと寝る」
ウィノーラはアロッホに寄りかかって寝てしまった。
『アロッホ、ウィノーラ! 緊急事態よ。今すぐ駅長室まで来て!』
天井からエトルアの声が響く。
「ウィノーラ、なんか呼ばれてるよ、ほら起きて!」
「眠い……負ぶって……」
「あーもう、わかったから、ほら……」
ウィノーラを背負って駅長室に戻る。
「遅いわよ……何してたの?」
「もう下は限界が近いんだよ。こっちはなにか進展でもあったのか?」
「あれを見て」
ダンジョン端末の映像には、ダンジョンの入口の階段を下りた所が映し出されていた。
10人ぐらいの人間がいる。
しかも、先頭に立っている女の顔には見覚えがあった。
メルワーレだ。
「もしかして、ベルナス市で俺の事を追いかけてきた人か? どうやってここに?」
「それは偶然だと思うけど……。じゃ、会話を再開するから」
エトルアは通信をつないで、映像の向こうに呼び掛ける。
「待たせたわね。とは言っても、まだ何も決まってないけど」
『あの、一応確認したいんだけど、外にいるキメラアントは、あなた達が使ってる魔物なんですか?』
「違うわよ。あんなやつら……」
「いや、待てよ、その手があったか……」
アロッホは名案を思い付いた。
「キメラアント・ゾンビを作ればいいんじゃないか?」
「簡単に言うけど、それは、やらないといけない事が多くないかしら? 一度侵入者を一掃しないと……」
「……でも、うまくいけば、状況が一気に好転するだろ?」
「アリを追い払う手段を用意するために、一度アリを追い払えって言うの? 矛盾してるわよ」
「いや、毒ガスを使えば、一時的に退かせることはできる……何とかならないか?」
「難しいわね……」
アロッホは考え方を変えてみる。
「一応聞きたいんだけど、ここから人里に帰れたとして、君たちはどうするつもりなの?」
『キメラアントの出現を、王都に報告しなければならないんです。ここの事は報告しません。約束します』
「報告して、どうなる? 勝てるの?」
『わからないけど、せめて避難ぐらいはしないと……』
「避難か……」
キメラアント対策は、彼らも知らないらしい。
だが、ウィノーラが眠そうな目をこすりながら身を乗り出す。
「そこにいるの、魔術師よね? キメラアントの倒し方、習ってない?」
メルワーレの隣にいる少女を指名する。
『た、たぶん、巣穴を全部抑えて、毒ガスを流し込んだって、聞いたような?』
「その全部同時にって言うのは……残った穴から逃げ出してしまうのを防ぐため、って事だよね?」
『そうだと思うけど……』
魔術師は自信なさげに言う。
それを聞いたウィノーラは何かを思いついたようだ。
「わかった。この人たちは人里に帰した方がいいと思う」
「え?」
「ちょっと待って。こっちで相談するから少し待っていなさい!」
エトルアは慌てて通信を切ると、ウィノーラに怒る。
「勝手に決めないで! ただでさえマズい事になっているのに、なんで厄介ごとを増やすのよ!」
「完璧な解決策を思いついた。聞いて」
ウィノーラは、既に眠気が吹っ飛んだのか、目をキラキラさせていた。
自分の考えに興奮しているようにも見える。
「王国は遅かれ早かれキメラアントに気づいて、全部の巣穴に毒ガスを流し込む。そうしたら、キメラアントが逃げ出す先はどこ?」
「どこって……」
ダンジョンに開けられた穴も巣穴の出口の一つと言える。
「まさか、全部のキメラアントがダンジョン内に押し寄せてくるのか?」
「だったら、一日でも遅らせないと。なおさらあいつらを人里に帰したらダメじゃない!」
エトルアがそう言うと、ウィノーラは首を振る。
「違う。だから帰した方がいい。あの人たちがここに来たという事は、樹海の中にも巣穴があるという事になる」
「それがなんなの……」
「毒ガスの材料を調達する方法を思いついた」
アロッホも、ウィノーラの考えを理解した。
「おまえ、なんでそんな酷い事を思いつくんだ……」
ここが67話の裏側




