情報戦
二か月ぶりに王都に戻って来たウィノーラを待ち受けていたのは兄だった。
ウィノーラはこの兄が苦手だった。
まあ、どちらが悪いかと言えば、確実にウィノーラの方なのだが。
「……、ただいま」
「……」
「あの、兄様がなぜここに?」
「おまえのせいだろうが! いきなり姿を消したと思えば、いきなり戻ってくる! 無事だったなら連絡ぐらいしろ!」
ウィノーラの兄、ガスペルは怒っていた。
前触れなく行方不明になった妹が、何食わぬ顔で戻ってくれば怒りもするだろう。
「私の扱いはどうなっているのでしょう?」
「実家で療養中という事にしてある……」
「そうですか」
悪くない案とも言えた。
元々の体調不良は、ディスオルトに毒を盛られたのが原因だが、それを証明する手段がない。
あったとしても、糾弾を始めれば裏から手を回されて潰される。
せいぜい共倒れが精一杯だろう。
だから、糾弾を諦めて、別の手段で雪辱を晴らす、という事になる。
「それで、本当はどこで何をしていた? 今戻ってきた理由はなんだ?」
「ある所でちょっとした手伝いをしていて……」
「手伝いだと? どこで? 誰を?」
ガスペルは詰め寄ってくるが、ウィノーラは正直に答えるわけにもいかず、目を逸らす。
「ある錬金術師の所で……」
「アロッホか」
「っ!」
一発で言い当てられてウィノーラは声も出せぬほど驚いた。
「なんでわかったのか、と言いたそうだな。バカが! わからないわけないだろ! 先月は、毎日のようにあちこちから手紙が届いてたんだよ。アロッホはおまえの領地に隠れているんじゃないか、みたいな質問状がな! モロトロスのスパイらしき輩は実際に探しに来ていたぞ」
確か、メルワーレも、モロトロス伯爵が派遣したスパイだったはずだ。
随分と情報収集に手を裂いているらしい。
アロッホが姿を消した時期と理由、そしてウィノーラの失踪。
まあ、見抜く人間がいてもおかしくはないだろう。
さすがにダンジョンドラゴンにまで気づいているわけはないと思うが。
「そ、それは大変でしたね……」
「大変だったとも……まあ、父上はともかく、私はおまえの事なぞ知らん。どうせ家督を継ぐのは私だし、政略結婚の道具にしようとまでは思わないからな」
「その家督を継ぐ兄様に忠告ですけど、数日以内に引き上げた方がいいですよ。できれば荷物やメイドたちも、まとめて避難させた方がいいと思います」
「なんだ? 帝国軍が王都に攻めてくるとか、そういう話か? それなら、逃げるよりむしろ兵力を集めるべきだと思うが……」
「いえ、もっとマズイ事になると思います」
「意味が解らん」
キメラアントの名前はまだ出せない。
メルワーレ達をライフレーク駅の近くに放り出した後、早馬で王都に戻っている。
つまり、王都においては、どこよりも情報が早い。
今の時点で余計な事を言い過ぎると、話がややこしくなる。
「王都に来ているという事は情報集めでしょう。宮廷魔術師に接触は取れていますか?」
「ん? ああ、エルメット家とのパイプはあるな」
「たぶん、そっち経由で情報が回ってくるのが一番早いと思いますので……」
「魔物か?」
「そういう事になります。私より強い上に、数も多いですよ」
ガスペルは怪訝な顔になる。
「随分詳しいな。……おまえ、なんで今になって王都に戻って来た?」
「ちょっと様子が気になったので……」
「誤魔化しても無駄だぞ。何が、王都に来ているという事は情報集めでしょう、だよ? それはおまえの事じゃないのか? ああん?」
図星だったので、ウィノーラは返答を避けた。
ガスペルは周囲を警戒するように視線をめぐらせた後、顔を近づけ、小声で告げる。
「そういえば、おまえ、杖を新しくしたのか? 随分いい魔石を使っているな。そこまでの杖は宮廷魔術師でもなかなか持っていないだろう。どこにそんな金があったんだ?」
「……さあ?」
「噂によると、ディスオルト・バラライムが宮廷魔術師になる時に用意した杖の材料が消失したらしい。被害総額を知っているか? うちの全財産を合わせても払えないぐらいだとか」
「え、そんなに? ……あっ」
「あっ、じゃない。自分が何をしているかわかっているのか?」
ウィノーラは杖を取り上げられないよう抱きしめる。
「こ、この杖は、人には見られないようにしますので……」
「……その方がいいだろうな」
ウィノーラはこの兄が苦手だった。
まあ、どちらが悪いかと言えば、確実にウィノーラの方なのだが。
二日後、情報が回り出したのか、王都はにわかに慌ただしくなった。
その間、ウィノーラは余りで歩かず、大人しくしていた。
最近、あまり眠れていなかったのでいい休息になった。
ガスペルも領地に戻っていった事だし、他の貴族に会って情報収集をしたかった。
パリクスと会うのはリスクが大きすぎる。
メルワーレと一緒にいた魔術師のレーリアは、パリクスの妹だ。
最速で情報が回るだろう。
下手をするとレーリア本人と顔を合わせてしまうかもしれない。
危険すぎる。
考えた末に会いに行ったのはアストット子爵だ。
モロトロス伯爵と関係が近く、情報の周りも早いはず。
アストット子爵は少し疲れているようだった。
「体調不良だと聞いていたが、元気そうですね」
「おかげさまで……」
特に含みのある物言いはされなかった。
どうやら、メルワーレは本当に報告していないらしい。
「何か近々戦いが起こると噂で聞いたのですが?」
「ああ、もうご存知でしたか……ちょっと、キメラアントが、ですね」
「ちょっと、というレベルではないのでは? 国が滅びますよ?」
「……まあ、大事ですね。戦う気がないなら、領地に戻った方がいいですよ。ソトム家の領地は樹海からはやや遠かったですね。アレぐらいの距離なら、最悪でも数日は安全でしょうから」
「樹海と王都は目と鼻の先ですよ? 表では、さほど騒ぎになっていないようでしたが」
「パニックを避けるためですよ……貴族が先に逃げるために、情報規制しているんです」
「いいんですか? そんな事をして」
「平民の命など知ったことがないと言うんですよ、本音では。困った物です」
アストットは皮肉気に笑う。
「本当に、大丈夫なんでしょうか。このまま抵抗せず、滅びてしまうのですか?」
「いえ、対策はある、らしいですよ。うまくいけば無傷で乗り切れます。早ければ、あと四日……いや、五日かな。それぐらいには準備が整うはずです」
「五日……なるほど」
これが、ウィノーラが求めていた情報だ。
「私も、近いうちに、領地に戻ろうと思っています」
「それがいいでしょう。明日にでも帰った方がいい。幸運を祈ります」
「私もです。キメラアント対策、うまくいくことを願っていますわ」
ウィノーラは作り笑いで答えた。
うまくいってくれないと困る。
少なくとも、毒ガスの材料を狩猟村に運び込む所までは。




