交渉
地下へと続く階段は、果てしなく続いているように思えた。
メルワーレは確信した。
これはダンジョンドラゴンの領域だ。
100メートル近い長さの階段を下りきると、そこは奇妙な明かりに照らされた通路だった。
行く手を塞ぐように、巨大なナメクジのような物がいた。
レーリアが攻撃態勢に入る。
「低位の魔物に見えるわ。たぶん、あまり強くない」
「待ってください! 攻撃しないで!」
メルワーレは慌てて止める。
「なんで?」
「だって、ここから追い出されたら、それこそ終わりですよ。交渉するためには、相手の機嫌を損ねないようにしないと……」
「交渉って……相手が人間かどうかもわからないのに?」
「私に考えがあります。信じてください」
「……まあ、いいわ」
メルワーレは、奥に向かって叫ぶ。
「ウィノーラさん! あるいはウィノーラさんの知り合いの方はいませんか? メルワーレです、助けを必要としています!」
十秒ほどの沈黙、もう一度呼びかけてみようかと思っていると、ようやく返事が返って来た。
『……あんた誰?』
「メルワーレです、えっと」
『もしかして、町に出た時に角に触って来たやつ?』
「あ、そうです。そこにいるのはエトルアさんですか?」
数秒の沈黙、ため息が聞こえる。
『なるほど、一度は見逃してあげたのに、自分からノコノコやってくるとはいい度胸ね。そんなに死にたいのかしら』
「死にたくないからここに逃げ込んだんですよ!」
『こっちは今、忙しいの。宣戦布告以外の要件なら、帰ってくれるかしら? っていうか、宣戦布告だとしても後にして』
「そんな事言わないでください、外がどうなっているのか知っているんですか?」
『外? 知ってるわよ。アリが暴れてるんでしょ』
「私もアリに追われて来たんです、助けてください」
『どうして私が人間を助けないといけないの!』
ある意味、当然の話だった。
ダメかと諦めかけた時、別の声が聞こえた。
『これは、まずいですよね。アロッホさんたちを呼び戻して相談した方がいいのでは?』
向こうには、誰かもう一人いるらしい。
『聞こえてるんだから名前を出さないで! あーもう、とにかく、ちょっと相談するから、そこで大人しくしてなさい!』
とりあえず、即殺すとか、そういう事にはならずに済みそうだ。
メルワーレが安心していると、レーリアに指でつつかれた。
「どういう事? 知り合いなの?」
「まあ、一度会った事がありまして……」
「会った事があるって、これ、ダンジョンドラゴンよね?」
ワトスも驚きの声を上げる。
「ありえませんよ。キメラアントだけでなく、ダンジョンドラゴンも生き残りがいたのですか?」
「絶滅したはずの魔物が二つ同時に出てくるってどういう事? まさかとは思うけど……」
レーリアは、キメラアントがエトルアの指金ではないかと疑っているようだった。
確かに、ダンジョンドラゴンはダンジョン内に他の魔物を生み出し、部下のように扱うと聞いたことがある。
キメラアントを使役する事も可能なのではないか。
メルワーレが困っていると、天井からエトルアの声が響く。
『待たせたわね。とは言っても、まだ何も決まってないけど』
「あの、一応確認したいんだけど、外にいるキメラアントは、あなた達が使ってる魔物なんですか?」
『違うわよ。あんなやつら……』
『いや、待てよ、その手があったか……』
割り込んできた声は、たぶんアロッホの物だ。
『簡単に言うけど、それは、やらないといけない事が多くないかしら? 一度侵入者を一掃しないと……』
『ドブリンだけじゃ足りないかな……でも、うまくいけば、状況が一気に好転するよ』
『アリを追い払う手段を用意するために、一度アリを追い払えって言うの? 矛盾してるわよ』
何か揉めているし、結論が出た気配もなかったが、アロッホが聞いてくる。
『一応聞きたいんだけど、ここから人里に帰れたとして、君たちはどうするつもりなの?』
「キメラアントの出現を、王都に報告しなければならないんです。ここの事は報告しません。約束します」
『報告して、どうなる? 勝てるの?』
「わからないけど、せめて避難ぐらいはしないと……」
失望したようなため息が聞こえる。
『人間の知恵も大したことないのね。キメラアントにも抵抗できないなんて』
『一度は絶滅に追い込んだって聞いたんだけどなぁ……』
『そこにいるの、魔術師よね? キメラアントの倒し方、習ってない?』
最後のは、ウィノーラの声だった。
レーリアを指名しているらしい。
「た、たぶん、巣穴を全部抑えて、毒ガスを流し込んだって、聞いたような?」
『その全部同時にって言うのは……残った穴から逃げ出してしまうのを防ぐため、って事だよね?』
「そうだと思うけど……」
レーリアが自信なさげに言う。
『わかった。この人たちは人里に帰した方がいいと思う』
ウィノーラが言う。
ただ、少しだけ嫌な予感はした。
その提案が、こちらの身を案じるのとは全く違う理由でされたような、そんな気配があった。
『ちょっと待って。こっちで相談するから少し待っていなさい!』
声が途切れる。
ワトスが不安げに言う。
「本当に、信じても大丈夫なんですか?」
「せ、せめて子ども達だけでも許してもらえるといいんですけど」
ウィノーラが何を考えているのか全く見当もつかない。
ただ、強盗に襲われている子どもを見て、自分よりも先に飛び出した事だけは確かだ。
人間性を信じるしかない。
十分ほどしたころ、メルワーレ達の前に、奇妙な三人組がやって来た。
一人は顔に仮面をつけ、杖を持った少女。
一人は顔に仮面をつけ、背後に金属の腕のような物を浮かべた男。
そして最後の一人は、顔に仮面をつけ、バリスタを担いだメイド服の女だった。
二人がウィノーラとアロッホだとして、三人目はエトルアではない。
メルワーレの知らない人物だ。
仮面のメイドはバリスタを設置すると、メルワーレ達の方に向ける。
だが、その動きは、少し素人っぽい気もした。
本来の戦闘員ではないのだろうか。
もちろん、その隙を突いて何かしようなどと言う気には、ならなかったが。
「抵抗したら殺す」
アロッホが言って、何かを投げた。
箱のような物で、床に落ちた途端、煙が噴き出す。
「ヴェン……」
「ダメ!」
メルワーレは、換気魔術で防ごうとしたレーリアを止める。
煙の正体は睡眠ガスだったらしく、すぐに意識が遠くなった。
たぶん、一番頭がおかしいのがウィノーラ。
外見は点数が高いけど、内面は限りなくゼロ点に近い。




