抵抗作戦
王都の片隅の貴族の屋敷の会議室に、四人の男が集まっていた。
いずれも、貴族だ。その地位は公爵から男爵まで幅は広いが。
彼らこそ、この国の貴族組織の片翼をる一団。グラッセン公爵の派閥の中枢だ。
そしてもう一人、若い女がいた。
メルワーレだ。
樹海から生還したメルワーレは、報告のためにここに呼び出されていた。
「キメラアントか。まさか、またその名を聞くことになるとは……」
報告を聞き終えたグラッセン公爵は頭を押さえる。
「マズいな。位置が王都に近すぎる」
王都の外壁から樹海の端まで、およそ二十キロ。
徒歩でも半日かからない距離だ。
キメラアントが樹海から出てくるようなことがあれば、翌日には王都の壁は破壊されているだろう。
だからと言って、正面から戦おうにも戦力は全く足りない。
「もちろん対応策はある。先人の知恵に従うのじゃ」
ミルアーヌ男爵が言う。
「キメラアントを倒すには毒を使う。外に出ているやつを、どうにか巣穴まで押し戻す。それから巣穴に毒ガスを流し込めばいい。もちろん、全ての巣穴に同時に攻撃を仕掛けなければならない。さもなくば、開いている巣穴からキメラアントの大軍が逃げ出してきてしまうからな」
レーリアが言っていた話と、だいたい同じ感じだ。
「毒ガスという事は、錬金術師協会の出番か……。素材は足りるだろうか?」
「必要な備蓄をするように、規則で決まっているはずじゃが?」
「本当に大丈夫か? この前、倉庫の整理とか何とか言って、何かやっていたが……」
アストット子爵が不安そうに言うと、グラッセンがため息をつく。
「足りないようなら、どんな手を使ってでもかき集めさせるしかあるまい」
「そうだな。どんな手を使ってでも……」
「我々の前の世代は勝ったのだ。それが一時的な勝利に過ぎなかったとしてもな。我々が負けるわけにはいかんのじゃ」
ミルアーヌが力強く言う。
だが、モロトロスが口を挟む。
「毒ガスを流す時は、全ての巣穴に同時に毒ガスを流さなければいけないと言ったか?」
「言ったとも」
「それは、全ての巣穴の位置を把握していなければできない事だ。つまり、これから調査しなければならない、という事で間違いないな?」
「ふむ。そうじゃな。……森の中を全て調べるのは、流石に無理があるか?」
ミルアーヌは少し不安そうな顔になったが、すぐに気を取り直し、言い直す。
「全ては無理だな。じゃが、せめて、森の外にある巣穴だけでも調べておくかの?」
「そうだな。他に、キメラアントが活動している場所か……森を中心にどこまで調べればいいんだ?」
「……確かバリアス平原の南西側で、異変が起こっていると報告がなかったか? 調査させた方がいいな」
アストットが言う。
「キメラアントの巣はかなりの範囲に広がると聞くが、いきなり、その辺りの地面を突き破って出現したりはしないだろうな?」
「それはない。王都の地下には防御結界がある。どのような魔物であろうとも、結界を突破する事はできない」
「絶対にか?」
「下方向から結界を破壊することは不可能だ。もし結界を破壊するとしたら、王都の周辺に設置してある結界の要石を破壊するしかない」
「確か、要石の一つはエルム要塞に設置されているはずだったな」
モロトロスが地図の一点を指さす。
王都の近くにある最終防衛ラインとされた場所だ。
歴史上、そこまで帝国兵が迫ったことは一度もなかったが、今回は本当に最終防衛ラインになる可能性が高い。
「そうじゃな。森のこの辺りからキメラアントが出て来た場合、破壊される可能性は十分にあるな」
「リトーノ川の西側で戦うのは危険という事か?」
「いや、川の東側にもいくつか要石があるぞ。むしろ、東側で戦いになると、防衛ラインが引きづらく街道なども被害を受ける」
「川の西側に誘導した方がいいな。それができればの話だが……」
話がまとまりかけた所で、モロトロスがメルワーレの方を見る。
「ところで、君は、どうやって樹海から脱出したのかね?」
メルワーレは身構える。
キメラアントと遭遇し、脱出手段すら奪われた状態から、どうやって帰って来たのか。
「それが、よくわからないのです」
メルワーレは、困惑した風を装い、視線を逸らす。
「森の中で急に全員が意識を失って、目が覚めた時には、グラナード市の近くにいたのです」
嘘はついていない。
森の中で、眠らされたのは事実だ。
眠っている間に運ばれ、目を覚ました時には、グラナード市と目と鼻の先の街道にいた。
レーリアもワトス達狩人も子ども達も、全員が無傷で解放されていた。
随分と親切だな、と思った物だ。
そして、エトルア達は、なんだかんだで余裕があるのだろうな、とも。
グラナード市は、グレイド湖の近くにある都市だ。
グレイド湖は、森を流れるリトーノ川の上流にあたる。
つまりエトルア達は、森を抜け、川をさかのぼり、湖を渡り、グラナード市を迂回した向こう側までメルワーレを運んだ事になる。
ダンジョンの入口の場所を隠すためかもしれないが、随分遠回りした物だ。
そもそも、ベルナス市の近くにあったはずのダンジョンが、どうして樹海の中にあるのか。
メルワーレには理解できなかったが、そういう物だと思うしかない。
大事なのは、ダンジョンドラゴンの話をせずに、キメラアントの脅威を伝える事だ。
もちろん、ここにいる面々が、穴だらけの説明を信じてくれるようなお人よしではないことは知っていた。
だが、それならどんな嘘をつけばいいのか。
逆の立場なら、どんな話をされたとしてもメルワーレは信じない。
それなら余計な事を何も言わない方がましだった。
この件についてはワトス達とも話を合わせてある。
ダンジョンドラゴンの話はしない。
そういう事になっている。
エトルアの事を説明するわけにはいかない。
それは単に約束したからというだけではない。
例え、真実を話そうとしたとしても、逆にメルワーレの立場は悪くなる。
もはや人類の裏切り者扱いされかねないほどに、深入りしてしまった。
「まあまあ。よかろう。話したくないというなら、無理に聞き出したりはせんよ」
ミルアーヌが老獪な笑みを浮かべながら言う。
まるで心の中を見透かされているようだ。
「それで、これから我々はどうするべきだ?」
「もちろん、キメラアントとの戦いに入る。とにかく、この件を王に報告するのだ」
男たちがそんな話をしている中、メルワーレは天井を見上げた。
ふと、鳥のような物が視界の端に見えたような気がしたのだが。
しかし、何もいなかったし、見間違いだろう。
室内にそんなものがいるはずがない。




