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ウィノーラの本気 前


ダンジョンの中に大した敵はいなかった。

動きの遅いゾンビがたくさん、数は多いがそれだけだ。


ウィノーラは短杖を構えると、トライアングル・カルテッドを発動する。

四枚の三角形がウィノーラを守るように四方に浮遊する。

ウィノーラが念じると、三角形の一枚が敵に向かって飛んで行って、切り裂く。


ウィノーラの高祖父が考案した魔術の一つだ。

一つの呪文で攻防一体の性能を持つ。


三角形を操って、近づいてくるゾンビを切り倒しながら、ダンジョンの奥へと進む。


まだダンジョンの規模は大きくないようだ。

ゴチャゴチャとした複雑な通路があるだけで、完全な防御態勢は整っていない。

今なら、ウィノーラ一人でも潰せるかもしれない。


ダンジョンドラゴンは、ウィノーラが生まれる前に絶滅したらしいが、当時の戦いを知る人の話によると、ダンジョンの一番奥には、ボス部屋のような物があって、そこにドラゴンが宝物を抱えて待ち構えているらしい。


「アロッホは、たぶんドラゴンの近くにいるはず……」


自分の意思なのか、脅されているのかは知らないが、ダンジョンに出入りしている以上、ドラゴンと関わり合いをもっているのは間違ない。


『あなた、いい加減にしなさいよ』


突如、天井から声が響いた。自分に向かって呼び掛けているらしい。

ウィノーラは天井を見上げる。

何か箱のような物がぶら下がっているのが見えた。

そこから声が聞こえたようだ。


「誰? そこにいるの?」

『聞こえているようね。私はエトルア。このダンジョンは私の家よ』

「ダンジョンドラゴンなの?」

『そうよ。あなたは、どうして私の配下を倒して回っているのかしら?』

「ダンジョンドラゴンは人類の敵、出会ったら殺し合うしかない。あなたもそれは知っているでしょ?」

『意味が解らないわ。私があなたに何の迷惑をかけたって言うの?』


確かに、どういう経緯で人間とドラゴンが争ったのか、ウィノーラは知らない。エトルアも知らないのだろう。

それなりの理由があったのだろうけど、ウィノーラの行動指針にはならない。


だが、今はウィノーラにも戦う理由がある。


「アロッホを返して! そうじゃなきゃ、私は帰らない!」


答えを待つ。

何か困惑したような口調で、エトルアが言う。


『ええと、一応確認するんだけど、あなた、ウィノーラで間違いないわね?』

「そう。私はウィノーラ・ソトム。そしてアロッホの婚約者」


言ってみた。

相手が向こうでブチ切れた気配があった。


『はぁ? 嘘つくんじゃないわよ!』

「嘘じゃない。将来的に結婚する予定」

『何それ? あんたの片思いじゃないの?』

「アロッホがそう言ったの?」

『言わなくてもわかるわよ。あんたが嘘をついている事ぐらい!』


確かに嘘はついた。

だが、わかると言うエトルアの言葉も、たぶん嘘だ。

そうでなかったら、あんなに慌てるわけがない。


『あの、エトルアさん、落ち着いてください』

『うるさい! あんな訳の分からない奴に偉そうなこと言われて、黙っていられるわけないでしょ!』

「答えて。アロッホは何をしているの?」

『いろいろと役に立ってくれてるわ。でも全部あなたには関係ないことよ』

「関係なくなんかない! ちゃんと答えないならこのダンジョン潰す!」

『へぇ、やってみなさいよ? できるものならね』


挑発に挑発で返してきた。

こうなると、ウィノーラも引き下がれない。


「……『グラウンド・コラプス』」


体から大量の魔力が引き出されていく脱力感。

ウィノーラは足元がふらつきそうになるが、相手が見ていると思い、耐えた。


数秒の間、目に見えるような変化は何も起こらなかった。

それでもウィノーラにはイメージできた。

空間に不可視の鎖が何本も撃ち込まれ、渦を巻くように引っ張りあい、大地がよじれていく姿を。


ギギギギギギギギギギギギギギギギギ


ダンジョンのあちこちから異音が響く。

通路の天井が少し傾いて土が降ってくる。


『ちょっ、やめなさい。そんな事したら、崩れるわよ! あんたも潰れて死ぬのよ!』

「私は死なない。仮に埋まったとしても、自力で地上まで脱出できる……」

『何それ、あんた本当人間なの?』

「人間だけど、私より強い魔術師には会った事ないかも。で? どうするの?」


これは冗談でも何でもない。

王都で会った教師役の魔術師たちは、豊富な経験と技術的な鋭さは持っていたが、単純な出力や魔術の同時起動数でウィノーラを超える者はいなかった。

そして技術的な鋭さも、ウィノーラは全て吸収している。


『解った、わかったから! アロッホは今、そっちに向かってるから、そこで大人しく待ってなさい! 絶対に何もしないで! いいわね?』

「300数えるたびに、今の魔術を使う。それが嫌なら早くアロッホを出して!」

『そんなに急かされても早くならないわよ! ああもう、アロッホは何やってるの!』

『地下鉄に乗っても、二時間はかかりますよね。えーと、300秒に一回って事は……』

「24回ぐらい?」

『やめなさい! 本当にやめて!』


ウィノーラは、それを敗北宣言と受け取ったので、やめておいてあげた。



アロッホが乗った地下鉄はモリソバ駅のホームに到着した。

そこには、もうウィノーラが来て待っていた。

エトルアに説得を任せたつもりだったのに、なんか話がこじれているというか、完全に負けたようだった。


普段はあまり意識していないが、魔術師は人間凶器だ。

下手に怒らせて、自暴自棄にさせたら、災害の一つや二つ、簡単に起こせる。


問題は、何がウィノーラを自棄にさせているのか、という事だった。

アロッホには心当たりがない。


「久しぶり」

「うん……」


ウィノーラはアロッホに向かって手を伸ばそうとするが、何かに怯えたように途中でやめてしまう。

アロッホも何を言えばいいのか見当もつかない。

だが、何かを言わなければならない。


アロッホはウィノーラを上から下まで眺めてから、どうにか言葉を絞り出す。


「え、えっと……ちょっと太った?」

「えっ?」


ウィノーラは予想外だったのか、慌てて体を触って確かめている。


「別にそんな事ないと思うけど……、やせた方がいい?」

「ち、違うよ! 最後に会った時は、病み上がりだったから、それと比べて今は健康そうだなって、そういう意味だよ」

「……なにそれ、まあいいけど」


ウィノーラは溜め息をつく。


「それで? 一つ確認なんだけど、あの女、誰?」

「あの女?」

「エトルアって名乗ったダンジョンドラゴン。他にもう一人いたみたいだけど」

「カルナは人間だよ」

「ふーん?」


ウィノーラは、疑わしそうな目でアロッホを見る。


「あのさ、アロッホが私の知らない所で誰かと仲よくなってたとしても、それは別にいいよ? だけど、ダンジョンドラゴンはないでしょ?」

「言いたいことはわかるけど……仕方なかったんだ」

「追われていたから?」

「それもあるけど、目的が一致したというか……」


魔神のことはウィノーラに説明していなかった。

どういう表現をすればわかってくれるのか、自信がない。


アロッホが困っていると、ウィノーラは微笑みながら数歩後ろに下がる。


「私ね、アロッホに渡したい物があるの」

「うん?」

「今は持ってない。ベルナス市に馬車ごと置いてある」

「馬車ごと?」


随分大荷物らしい。


「だから、ちょっと私と戦ってくれない? アロッホが勝ったら、荷物は全部あげる」

「いや、なんでそうなるんだ? 俺とおまえが戦う理由なんてないだろ?」

「あるよ。だって、アロッホ、人間を裏切ってドラゴンについてるじゃない」

「それは……」


後ろめたい事実。

アロッホに反論の余地はなかった。


「だから、この戦いで私が勝ったら、あの女と縁を切って、まともに戻って?」

「いや、それは無理だろ。俺は外に出たら捕まるんじゃないか?」


アロッホは指名手配されている身だ。


「ディスオルトの事なんてもうどうでもいいし。そもそも、アロッホの事を真剣に探している人なんていないでしょ? 父さんに頼めば、領地に秘密のアトリエを作ってもらえると思うから、そこで一緒に暮らそう?」

「いや……ごめん。ここよりいい設備のアトリエは、多分無理だ」


チキンカリー駅の格納庫を見る前なら、戦いすらせずに、素直にウィノーラの言う通りにしたかも知れない。

だが、表の世界で、アレより目的に近い物を得れる公算はない。

ウィノーラの実家の力ではもちろん、何かの間違いで錬金術師協会の全面的協力を得られたとしても難しい。

もはやエトルアと縁を切れる段階ではない。


アロッホの意志が固いことを悟ったか、ウィノーラは寂しそうに笑った。


「そっか。じゃ、戦うしかないね。でも安心していいよ。身体再生薬が効かないような大ケガはさせないから」

「それの何が安心なんだ?」


失った手足すら生えてくるような薬の使用を前提に会話されるのは怖い。

ウィノーラは攻防一体型の魔術を発動させる。


「……『トライアングル・カルテッド』」


アロッホは、身体強化薬を口に放り込むと同時に、ウィノーラの脇を走り抜けて、階段を駆け上がった。


「ちょっ、なんで逃げるの!」


ホームのような狭くて見通しがいい所で戦ったら、十秒以内に負けるからだ。

ウィノーラが叫ぶのを無視して、アロッホはとにかく走る。


今までで一番のピンチのような気がする


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