ウィノーラの本気 後
ウィノーラは逃げるアロッホを追いかけて階段を駆け上がった。
アロッホは通常の倍の速さで移動して、長い廊下を駆け抜け、遠くの曲がり角に消える。
(有利な場所に移動しようとしている? それとも私と戦いたくないの?)
どちらにしても、追いかけるしかない。
ウィノーラは身体再生薬の使用を仄めかした。
戦闘の結果として、頭や胴体は攻撃しないが、腕や足を切り落とすことはあるかもしれないと宣言したに等しい。
アロッホもその程度の攻撃は仕掛けてくるだろう。
あるいは、それ以上の攻撃すらも。
(アロッホが私を殺すとは思いたくない。でもダンジョンドラゴンの側についている、絶対とは言えない)
ウィノーラは角を曲がる。
アロッホが廊下の向こうに立っていた。
「えっ?」
罠を警戒してウィノーラは立ち止った。
周囲に視線を走らせるが、怪しい物はない。
アロッホの背中辺りに浮いていたメカアームが動いた。
何か四角い箱のような物が飛んで来てウィノーラの足元に落ちる。
「あっ?」
ウィノーラはトライアングルの一枚を盾としてその場に残し、息を止めて逃げた。
パスゥゥゥゥゥッ
爆発はなかった。
変わりにうっすらと何かの煙が広がる。
たぶんメルワーレが眠らされた睡眠ガスと同じ物だろう。
効果範囲の外に逃げながら、ウィノーラはトライアングルの一枚をアロッホに向けて飛ばす。
メカアームの右腕が一閃され、トライアングルが砕け散る。
ヒートブレードだ。
それを見て、ウィノーラは残りのトライアングルを破棄した。
(やっぱり、古式魔術じゃ不利だ……)
100年前の魔術は、弱点もある。
たとえば今展開しているトライアングル・カルテッドは、MP消費のわりに攻撃力が高く防御もこなせるが、ガスなどの攻撃には弱い。
ダンジョンを力押しで攻略するための物だ。
人間同士の戦いには向いていない。
最近の魔術は、複数の魔術を同時起動することを前提としている。
攻撃、防御、移動、索敵……それらを個別の魔術で行い、状況が変われば、その場に合った魔術を組み合わせて戦う。
「……『ヴェンチレイト』」
空気浄化魔術で、睡眠ガスを無効化。
「『マジックシールド』『グラビティー・コントロール』」
防御魔術、そして自分自身に重力制御をかけて移動速度を早める。
呪文をかけ終わった時にはアロッホは姿を消していた。
「『サーマル・ロケーション』」
視界から色が消え、代わりに熱源が見えるようになる。
アロッホの歩いた跡が、オレンジ色の足跡になって床に残っている。
足跡を追うと、袋小路だった。
壁の向こうに消えている。
「『ペネトレイト・バレット』」
光の弾丸を壁に撃ち込む。
壁は妙に薄くて、簡単に大穴が開いた。
穴を飛び越えて向こう側に瞬間に、強烈な冷気が襲ってきた。
空気がチリチリと凍り付いていく。
ヘルフロストを作動させたのだろう。
「『フレイムボルト』」
炎の矢を数発連射して、冷気を吹き散らす。
「どこ?」
冷気を放たれ、炎でそれを打ち消し……熱源の足跡は消えてしまったようだ。
「え? どっちに行ったの?」
ウィノーラは通路を歩く。
四辻だ。
どこを向いても、アロッホの足跡が見えない。完全に見失った。
カツン
天井に何かが当たる音がした。
睡眠ガスの箱が床に転がっていた。
「しまった!」
ウィノーラは口と鼻を手で押さえて、周囲に視線を走らせる。
(今のはどこから飛んできた? なんで天井にぶつかった? 違う、投げた場所をごまかすためにわざと天井にぶつけたんだ。つまり凄く近くから投げた。……でも、近くにいない? 見えない?)
後ろだ。
ウィノーラが振り返った時には、アロッホは目の前にいた。
ヒートブレードが振り下ろされる。
マジックシールドの耐久がガリガリ削られていく。
「『ヴェンチレイト』」
ウィノーラはとにかく、魔術で強制換気するしかない。
アロッホはどうして睡眠ガスを使ったのか。
換気魔術読みで突っ込んできたのか、あるいは何か対策をしているのか。
どちらにしても、これで一手消費させられた。
「『スパーク・ウェーブ』」
苦し紛れで雷撃魔術を放つが、上手く雷撃が広がらない。
雷撃は、さっきの箱に吸い込まれていく。
(騙された!)
睡眠ガスではなかった。
マジックシールドが耐久を失って砕け散る。
アロッホの手が伸びて、口に何か突っ込まれた。
「んぐっ?」
身体強化薬だった。
急激に心臓が脈打って、手足に力がみなぎる。ウィノーラは一瞬、全身の筋肉をコントロールできなくなった。
その隙に、機械の腕でつかみあげられて、放り投げられた。
それでも、ウィノーラは空中で体勢を立て直す。
グラビティー・コントロールはまだ効果が続いている。
「『フレアボルト』」
空中で放った炎の矢を、アロッホはメカアームの左腕で受けた。
メカアームがアロッホの背中から外れる。
「えっ?」
重荷を捨てたアロッホのは、着地寸前のウィノーラに体当たりしてきた。
そのまま床に押し倒される。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
アロッホの息は荒かった。
ウィノーラは魔術で高速移動していたが、アロッホは身体強化薬を飲んだとはいえ、自分の体力で高速移動していたのだ。
薬の効果が切れれば反動も大きい。
押し倒された格好のまま、ウィノーラは聞く。
「ねえ、なんで? どうやって後ろに回り込んだの?」
「え? ああ、おまえがシャッターの穴から飛び出して来た時、おれはあそこにいたんだ」
アロッホは廊下の隅を指さした。
アロッホがシャッターと呼ぶ壁のような何か。
あれがもう罠だったのだ。
穴を抜けてすぐダイヤモンドダストを見せられたから、周囲を確認せずに前に出してしまった。
アロッホは呼吸を整えると、ウィノーラの上から離れた。
「俺が勝ったって、ことでいいんだよな?」
「うん、そうだね……負けちゃった……」
ウィノーラは床に転がったまま溜め息をつく。
「勝ったなら、何かご褒美を上げないと」
「荷物をくれるんだろ?」
「あれはもともとアロッホの物だから運んできただけ。勝っても負けてもアロッホの物だよ」
「そうなのか?」
「私が勝ったら、アロッホにいう事を聞いてもらう予定だったんだから、逆に、なんでも言うことを聞いてあげないとダメだよね」
「えっ?」
この言い方では勘違いがあるかもしれないと思いなおし、ウィノーラは言い直す。
「間違えた、何でもはダメ、エッチな事だけ」
「えええっ?」
アロッホが次の言葉を言う前に、天井から声が響く。
『アロッホ。終わったなら、そいつを連れて戻って来なさい。急ぐのよ』
エトルア、見ている事しかできずイライラ




