薬屋
ベルナス市の薬屋、マキアートは、コルムン家に来ていた。
「娘の件では、君の世話になったな」
屋敷の主人、エイドリン・コルムンは笑顔で言う。
「いえ。お役に立てて光栄です」
マキアートも笑顔で礼を返す。
アロッホが来なければ、葬式になっていた可能性が高い。
あれは本当に運が良かった。
「最近は、ギカート市で儲けているらしいな」
「それほどでもありません」
ベルナス市の南西にあるギカート市の辺りでは、ホロム病が流行っていて、百人近い患者が出ているという。
マキアートは、そこに特効薬を売りつけたのだ。
価格は平時に比べれば高めだが、決して足元を見ないようなギリギリの値段を見極めた。
今は恩を売ることが大事だからだ。
「ただ、怪しんでいる者もいるらしい。どうして急に、不足していた薬が出回り始めたのか、とな」
「そうですね」
「単刀直入に聞く。大丈夫なのか?」
「……」
大丈夫なわけがなかった。
ないはずの物が、どこからともなく湧き出してくるわけがない。
出所を探る人間が現れるのは時間の問題だった。
アロッホは指名手配の身らしい。
王都で何をしたのかは知らないし、どうでもいいが……貴族に追われているというのは良くない。
アロッホの件をずっと隠し続けるのは無理があるし、バレたらマキアートも危険に晒される。
だが、切り捨てるには惜しい。
だからマキアートは、共犯者を増やし続ける事にした。
「前にも説明したように……マヌークという錬金術師が薬を調達してくれたのです」
「……そうか。その錬金術師には感謝の言葉を伝えておいてくれ。何か困ったことがあったら相談するように、ともな」
「必ず伝えます」
「娘の命を救った薬だ。しかるべき時に、恩義は必ず返す」
「ありがとうございます」
薬を買った人間には貴族もいるだろう。
というか、よほどの金持ちでなければ買えない値段だ。
それらを味方につけてアロッホを守るしかない。
「そういえば、聞いたか? 例のアロッホという錬金術師の話」
「……噂程度には」
「それなりに腕のいい錬金術師だったが、何か貴族を怒らせるような事をしたと」
「貴族を毒殺しようとしたとか?」
「いや、調べたが、それは少し違うらしい。むしろ、毒殺された貴族を助けようとしたとか……」
「なんですって?」
「毒殺の実行犯も貴族かもしれないと、指摘したそうだ。まあ、バカな事をしたものだよ」
「とんでもない話ですね」
「専門分野に関しては優秀なのだろうが、脇が甘いというか……優秀過ぎるゆえの問題だろう」
「優秀なのがいけない事だと?」
それは違うのではないかとマキアートは思った。
エイドリンは言葉を選ぶような間をおいて言い直す。
「いや……なんと言ったらいいかな? 例えば、無能な人間は、時としてとんでもない行動に出る事がある。つまらない保身、それも人の命とかではない、後から見たらちっぽけな名誉とか、そういうゴミのような物に価値があると思い込み、最悪の選択をしてしまう。想像がつくかね?」
「まあ、わからなくはないですが……」
「アロッホという男は、そういう要素を想像できなかったのだろうな。周囲がうまくコントロールしてやらないといけないタイプだよ」
完全にバレている、マキアートはそう確信した。
そして真実を知ったうえで協力してくれるらしい。
これで味方が一人増えた。
「マヌークとアロッホは別人ですよ」
「解っているとも。だが気をつけろ。王都から探られるような事はさせるなよ」
「もちろんです」
王都の貴族の動きについて、ある程度の情報交換をしてから、マキアートはコルムン家を後にした。
マキアートの薬店は、最近は店を閉めている事が多い。
注文は手紙で受けているし、マキアート自身が店にいない事も多い、というのが理由なのだが……。
裏口から店に入り、作業部屋に行く。
そこではアロッホが、何かの調合作業をしていた。
アロッホがここにやってくるのは通算三回目だ。
最初にやってきて薬を作ったのが一ヶ月前
次にやって来たのが一週間前、この時は三十人分の薬を作った。
そして今、五十人分の薬を調合している最中だ。
「作業は進んでいるか?」
「まあまあ……」
テーブルの端では、前回は見た事のなかった液体が沸騰している。
「そっちは何やってるんだ?」
「耐火効果のある布を作っているんだ」
「耐火効果……」
前回、やって来たアロッホは、妙な素材を注文してきたのだ。
マキアートはそれが何に使う物なのかもよくわからないまま集めたのだが、用途がピンとこない。
「まあ、薬の方をやってくれるなら、俺は何も言わないさ」
「そうだな。けど、この薬、やっぱり高い金で売るのか?」
「そりゃそうさ。稼ぎ時だからな……」
「それだと、金持ちしか助けられないんじゃないか?」
「ある意味では、そうかもな……。だが、材料も、調合できる人間も、無限にいるわけではないだろう? 無料で手に入る薬なんてないんだ」
「それは、そうだけどさ……」
アロッホはまだ納得がいかないのかぶつぶつ言っていた。
「それより、これなんだが……」
マキアートは部屋の端に置いておいた箱を指さす。
「頼まれていたツルハシ、十本用意した。だが、本当にこのサイズでいいのか?」
「ああ。それぐらいの大きさがちょうどいいんだ」
「そうか……」
人間用にしては小さすぎる。
「まさかドブリンを指揮して、鉱山開発でもしてるのか?」
「……いや、それは少し違う」
ドブリンと聞いた時に少し反応したようにも見えた。
だがそんなわけがない。
実際には、子どもか何かを使っているだけだと思う。本当にドブリンを操れるわけがない。
「これは善意からのアドバイスだが、鉱山はやめた方がいい。アレは利権の塊だからな。潰されるぞ」
「わかっている。金儲けを考えてるわけじゃないし、他人の商売の邪魔になるようなこともしないさ。ただ、ちょっと壊したい岩があるってだけで……」
「錬金術師なら、そういう時は爆薬だろ? ……ここじゃ調合できないかもしれないが」
謎の液体の沸騰は終わったらしい。今度は布をその液体に浸している。
耐火効果のある布で、何をするのだろう?
「それ、どれぐらいの温度まで耐えられるんだ?」
「そうだな……鉄が溶けるような温度でも燃えないし断熱性を発揮する」
「鉄が?」
想像もつかない高温だ。
火山では高温で岩が溶けると聞いたが、どちらが熱いのだろう。などと考えてから嫌な事を思いついてしまった。
「なあ、おまえアルトラ地方って知ってるか?」
アロッホはガタッと音を立てて、機材を取り落としそうになった。
これはマキアートの見間違いではない
「おい、おまえ……」
「いや、知ってるよ。アルトラ地方だろ。温泉があるとかなんとか」
「わかってるのか? あそこは国境線の向こうの敵国だぞ。まさか、行く気なのか? 耐火装備とツルハシを手に?」
国際問題、などというレベルではない。
ただでさえ小競り合いが続いているのに、そんな事をしたら、そのまま次の大戦に繋がりかねない火種だ。
これは、もしかしてマキアートの予想以上にマズいことになっているのではないだろうか?
全部正直に話して、コルムンに丸投げしてしまった方がいいのでは?
いや、戦争になったらコルムンでも無理だ。
今この場で、諦めさせるしかない。
「なあアロッホ。さすがにそれはダメだろ。国境線は超えたらダメだよ」
「違う、誤解だ……。あのな、溶岩って言うのは、どんな場所でも、地面を掘れば出てくる物なんだ」
アロッホは何かふわふわした弁解を始める。
「どこでも? この家の床を掘っても出てくるのか?」
「出てくる……ただし、ものすごく深くまで掘らないと無理だけどな」
「そんな深い穴を、一人で掘ろうって言うのか?」
「いや、ちょっと深い穴を見つけて……」
「そうか……まあいいや」
マキアートは追及をあきらめた。
このまま問いただしても、正直に答える様子がない。
むしろ逃げられて、知らない所で訳の分からないことをされる方が困る。
コルムンに報告して厳重に監視させる必要がある、という結論に達した。
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