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官邸


チキンカリー駅の駅長室は、少しいつもと様子が違った。


「どうかしら? 人間の貴族が住む屋敷というのを再現してみたのよ」

「どうって……」


それは酷い光景だった。


廊下には、赤いふかふかした絨毯が敷かれている。

壁際に整然と並ぶウッドワークベンチ。

右側にはガラスがはまった大きな窓。もちろんここは地下なので、ガラスの向こうは岩だ。

左側には鏡や額縁が所狭しと並んでいる。額縁の中には巨大ナメクジや巨大カエルが描かれていた。

廊下のあちこちには、ゾンビを模った彫像が置いてある。

そして天井には鉄球にガラスでできた針を付けたような物が、等間隔に鎖で吊るされていた。


「あのワークベンチは?」

「昔、貴族の屋敷を覗いたことがあるんだけど、廊下にそういう物が並んでいたわ」

「ワークベンチがあったの?」

「……あれは、他の場所で見たんだったかしら? でもただのテーブルより実用的でしょ?」


アロッホは、この廊下に整然と並んだテーブルで、ドブリンゾンビが作業をしている光景を幻視した。

将来的に本当にそういう事になりそうな気がして、頭が痛くなってくる。


「なんでゾンビの彫像を並べたんだ?」

「それよ。最初はドラゴンの彫像を並べようかと思ったの。でも人間の貴族の屋敷を真似するのだから、できるだけ統一しようと思って……でもモデルにする人間もいないし、ゾンビでもいいかなって……」

「いや、たぶんドラゴンを置いた方が良かったと思う」


ドラゴンが主の屋敷なのだから、それで文句が出るわけがない。

ゾンビの像を並べるなど邪教か何かの発想……いや、邪教でもそんな趣味が悪い事はしないだろう。


「貴族の屋敷って、こういう物じゃないんですか?」


カルナはよくわからないらしく首をかしげている。

止めなかったのか。


「天井のあれは何?」


何がしたいのかもわからない、鉄球とガラスの針の組み合わせ。


「お金持ちの家にはあんな感じのがぶら下がってるんですよ。夜になると光るんです」

「も、もしかしてシャンデリアのつもりだったのか?」

「私は天井まで見てなかったから、よく思い出せなかったんだけど……落ちて来たら痛そう、というカルナの意見を尊重した結果、あの形で決まったわ」


形が違い過ぎる。

説明されなければ絶対わからないと思う。


「落ちて来たら痛そう、という情報だけでシャンデリアの再現に挑戦する人を見たのは初めてだよ」

「あれは実用的なトラップでもあるわ。ここまで来た侵入者がいれば、頭の上に落ちるようになっているの」

「えっ……」


誤作動が怖い。

アロッホは、絶対に下を歩かないようにしようと心に決めた。


「じゃあ、あれはどう思うのかしら?」


エトルアは廊下の奥を指さす。

壁の上の方に色とりどりの光を放つステンドグラスがあった。


「昔、町に潜入した時に見た者よ。なんか、すごく大切な物らしくて、みんなが祈りをささげていたわ」

「なんで大切に扱われているのか理由は調べなかったの?」

「調べてないけど、たぶん、作るのが大変だからじゃないかしら」


エトルアがそれを見たのは、たぶん貴族の屋敷ではない。

教会か何かの宗教施設だ。


普通、ステンドグラスは、天使の姿とか聖典の重要なシーンとかを表現したりするものだが、ここにあるそれは、カラフルなだけで何の模様にもなっていなかった。


「まあ、俺はゾンビ対策で忙しかったって言うのはあるけど、一言ぐらい相談してほしかったかなぁ……」

「そうなの? 人間の作る物って、いろいろ難しいのね」


考え込んでいるエトルアに、カルナが小声で耳打ちする。


「……もしかして、アレを相談せずに作ったのはまずかったのでは?」

「どうかしら? とりあえず、それは見せてから考えましょう」


他にも何か想像だけで作ってしまった物があるらしい。アロッホは先行きが不安になって来た。



廊下の先にはこれまた豪華な部屋があった。

部屋の奥中央には大きな台があって、そこまで赤絨毯が伸びている。

玉座か何かにも見えたが、椅子らしき物はない。


「支配者にふさわしい部屋というのを用意してみたわ」


エトルアが誇らしげに言う。

さっきの廊下に比べれば、それっぽく作られていてアロッホも好感を覚えた。


エトルアは部屋の奥にある台の上に立つ。


「いい感じじゃない……いつか、配下を並べてみたいわね」

「玉座は置かなくていいのか?」

「あら? そういう時になったら、私はドラゴンの姿に戻るわよ。人間用の椅子じゃ潰れちゃうわ」

「そこは普通の感性なんだな……」


一族の誰かがそういう事をやっていたのかもしれない。


「さてと、例の部屋をアロッホにも見てもらいましょうか」


エトルアは言うと、ダンジョンの中を歩いて行く。

アロッホはよくわからないまま後をついていく。

カルナは微妙に緊張しているようだった。

いくつかの部屋と廊下を抜けた先に、その部屋はあった。


その部屋は天井が高かった。

天井の高さが30メートルぐらいあった。

可動式のレールがあって、そこからクレーンのような物が下がっている。


アロッホはエトルアを見る。


「この部屋は?」

「とりあえず、格納庫と呼ぶことにしたわ」

「格納? 何を格納するんだ?」


エトルアは誇らしげに答える。


「アロッホ。あなた前に言っていたじゃない。いつかスターディアボロス、魔神? それに匹敵する物を自分の手で作り上げるのが夢だってね」

「まあ、言ったけど」

「それを実際に作り始めた時に、何が必要になるかなんて私にはわからないわ。ただ、確実に一つ、必要な物があるでしょう?」

「必要な物?」

「広い部屋よ。スターディアボロスを組み立てられるだけの空間……立たせるなら、それなりに天井も高くないと困るでしょうし……完成したら外に出すことになるから、それが出入りできる特別な通路も必要になるわ」

「特別な通路……」


確かに、ダンジョンの廊下の広さでは、魔神は出入りできないだろう。

エトルアは壁の一角にあるシャッターを指さす。

横幅も高さも20メートル近くある巨大なシャッターだ。


「まあ、あの向こうは、まだ地上までつながってないんだけど、何回かダンジョンを拡張すれば、入り口も作れると思うわ」

「凄いな……」


エトルアはアロッホの顔を覗き込む。


「気に入ってもらえたかしら?」

「もちろん気に入ったさ。……でもいいのか? ダンジョンの奥にこんな部屋を作っちゃって」


将来的には地上への出入り口まで設けると言っているが、下手をするとダンジョンの弱点となりえるのではないだろうか?

だが、エトルアは微笑む。


「あなたは結構役に立っているからね。特別よ?」


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