間欠泉
ダンジョンの出入り口である階段を塞ぐ岩は、まったく隙間がないわけではない。
幅30センチぐらいの、割れ目のような隙間があった。
しかし、ドブリンゾンビを数体連れてきて、隙間を登らせてみたが、狭すぎて殆ど進めず、すぐに戻って来てしまう。
「全然進めないって言うのかしら?」
『ギィ……』
「はいはい、サボってないのはわかってるわよ」
エトルアはドブリンを帰らせる。
「ドブリンでも通れないとなると、俺達は絶対に無理だな……」
アロッホはため息をついた。
外の様子が見れなかったのもこれが原因だ。
岩の中に埋まっているなら、何も見えないのも当然だ。
「これ、ダンジョンに悪影響はないのか?」
「どうかしら? 少なくとも、魔力は流れ込んできているわ。ドブリンも通れない小さな穴が、上の方まで続いているのかしら?」
「あの、思ったんですけど。入口がふさがってるって、もしかしていい事なんじゃないでしょうか?」
カルナが妙な事を言い出した。
「入口が閉じていたら、いろいろまずいだろ?」
「でも、敵が入ってこれないなら、安全ですよ?」
「入口がなかったら、ダンジョンじゃなくて地下空間じゃないか」
アロッホの考えるダンジョンとは違う。
なんというか、ロマンがない。
けれど、実用性を考えるのなら、その方がいいのだろうか?
「そういう考えは、ダンジョンドラゴンの間にもあったわ」
エトルアが言う。
「ただ、ダンジョンは敵を誘い込む物でもあるから、入り口を塞ぐのはあまりよくないの。それに、自分が出入りできないダンジョンなんて不便すぎるじゃない?」
「ダンジョン内で、自給自足できるなら、外に出なくてもいいと思うんですけど……」
「甘いわね。スターディアボロスは岩盤をぶち抜いてくることもあるから、いざという時に外に出れないのは逆に危険なのよ」
「え? おまえら、そんなヤバいのと戦ってたの?」
アロッホはドン引きする。
もしかして、そのうち、このダンジョンもそんな奴らに襲われるのだろうか?
覚悟だけはしておいた方がよさそうだ。
「つまり入口が塞がっているのは困るってことか」
しかし塞がっている物をどうすればいいのだろう。
エトルアは何かを決意したように拳を握る。
「こうなったら、掘るしかないわね」
「掘るって、どうやって?」
「ドブリンゾンビにツルハシを持たせるしかないわ」
地道すぎるが、他に名案も思い浮かばない。
「ツルハシ、どこかから用意できないかしら?」
「ツルハシか……」
アロッホは、今度、薬屋のマキアートに会う時に相談してみようと思った。
アロッホは念のため岩を調べてみる。
岩は一様ではなく、小さな斑点のような物があった。
周りの岩とは性質が違う物が混じっているようだが、少し見ただけでは判別がつかない。
溶岩は地下から上がってくる時に、地底にあった希少鉱物や宝石を持ってくる事もあるという。
もしかすると、この岩もそうなのか。
「この岩……もしかして地下鉱物が含まれてるんじゃないか?」
「何かいい物が取れるのかしら?」
「もしかすると、ヴォルトクラッカーの材料が取れるかもしれない……」
材料があっても特殊な機材がなければ調合できないので意味がないが。
とりあえず、入口の件は急を要する案件ではないと判断できたので、駅長室を探すことにした。
しばらくダンジョンを歩いていると妙な部屋に出た。
円形の大部屋だが、魔物はいない。
部屋には何本も高い柱が立っていて、柱の上の方に何かごちゃごちゃした部品がたくさんついていた。
エトルアは目を見張る。
「こっ、これは、たぶんテスラタワーだわ!」
「テスラタワーって何だ?」
「部屋に入った敵に、雷を放つトラップよ。弱っちい魔物ならまとめて感電させる凄いトラップよ」
「雷か……」
効果としてはヴォルトクラッカーと大差ないような気がする。
だが、ダンジョンの魔力を利用して、回数を気にせず撃てるなら、それはそれで便利かもしれない。
「入口が開いた時には、この部屋が最終防衛ラインになるかもしれないわ」
電流はどんな敵が相手でも有用な攻撃手段になる。
「溶岩部屋に電流部屋……やっぱり地上は、火山地帯なんだろうな……」
「どんな場所なんでしょう、一度、外に出てみたいですね」
カルナがのんきな事を言うが、アロッホは止める。
「やめた方がいいよ。外は溶岩部屋みたいな高温地帯になってるはずだ」
実際、溶岩で出入り口が埋まっているのだから、そういう事なのだろう。
毒ガスや火砕流、火山系の魔物……いくらでも危険な理由を思いつく。
「でも火山の近くって、観光地になるって聞きましたよ」
「観光地か……。そう言えば、アルトラ地方に火山があるって聞いた事があるな……」
距離や方角で考えると、この駅はその辺りにあるのかもしれない。
だが、そこは隣国だ。
迂闊に地上に出ない方がいい理由がまた一つ増えた。
ダンジョン内を歩く。
次に見つけた変な部屋は、足元が濡れていた。
床は平らではなく、岩場のようになっていて、浅い池がいくつもある。
魔物は、ゾンビが数体、うろついているだけだ。
「この部屋も暑くないですか?」
「そうだな、足元に水が溜まってるのに……いや? これはお湯なのか?」
アロッホは首をかしげる。
カンカンカンカンカンカンカンカン
急に、何か鐘の音が鳴り響いた。
侵入警報とは違った音だが、不安を煽る。
「な、何かトラップが発動したんじゃないですか?」
「おかしいわよ。私たちしかいないのに!」
近くの池から、轟音と共に熱湯が噴き出した。
「ひゃぁっ」
カルナが驚いてアロッホに飛びついてきた。
アロッホはカルナを背に庇いながら戦闘準備に入る。
だが敵の姿はない。ただお湯が吹きあがっているだけだ。
ダンジョンのギミックなのだろうか。
「これは……間欠泉か?」
間欠泉は、一定周期で水や水蒸気が吹きあがる、天然の噴水だ。
アルトラ地方にも、そういう物があると聞いたことがある。
エトルアは不思議そうに見ている。
「この噴水、随分と熱そうね」
「間欠泉は、水が過熱された水蒸気の圧力で噴出しているんだ。たぶん温度は百度に近いはずだよ」
アロッホは答えてからエトルアの発言に違和感を覚えた。
「溶岩は平気なのに、これは熱いと感じるのか?」
「熱に耐性があるからって、温度がわからないわけじゃないのよ? もちろん、私は人間じゃないから、このお湯を浴びても火傷しないわ」
「そういうもんか」
「そう言えば、人間たちは風呂という物に入るそうだけど、このお湯でもそういう事ができないかしら? まだ熱すぎる?」
「少し温度を下げた方がいいと思うけど……いや、待てよ」
アロッホは、アルドラ地方がどうして観光地になっているのかを思い出した。
「そうだ、温泉だ!」
カンカンカンカンカンカンカンカン……
(キンキンキンキンキンキンキンキン)
温泉回は、たぶんまだ先の話ですね(でも必ずやります)