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連環魔道術



 ラウトに額を射抜かれたオリンピアの躰から、溜め込んだ魔力が迸る。

 魔力は外気(マナ)に触れると形状を糸に変え、使い捨て(、、、、)の義体(、、、)を分解しながら橋を侵していく。


"環境マナの代わりに命を燃やしたか!"

"それも自分の命じゃないわ。他人の命よ"

"私たちも人のこと言えないけど、……大した外道だわ"


 魔力糸自体に特別な効果は付与されてはいなかった。ただ足元を埋め尽くし、移動を妨害しようという魂胆のみ。

 巨躯に似合わぬ無頼の敏捷性を封じる、単純で恐ろしい魔道術である。


「ラウト!」


 四人の中で最もオリンピアに近い場所に居た無頼は、魔力糸として解体されていく義体の一点――ソロスの封剣(魔弓)に射抜かれた額だけが、形状をそのままにしている事実を理解していた。

 視力が良くても視界が悪い。けれどもラウトは無頼の意図していることを察して弦を引き絞り、矢を放つ。

 魔道術を投下した後は用がない、と『紅燕の旅団』はラウトの矢を無視していた。


 カンッ……。


 しかし、生気の抜けた義体に矢が突き立った瞬間魔力糸の生成が止まったとなれば、団員の視線は嫌でもラウトに集まる。

 表立って戦うのは無頼で、旅団の戦闘手段を封じているのはミロシュであるが、陰から着実に戦力を削いでいるのはラウトである。


 取り囲む騎士たちは存在感が薄く、遊撃に徹するラウトの厄介さに気付く。

 数多の戦場を掻い潜った歴戦の戦士としての勘が、今ここで、ラウトが前に出てきている内に倒さねば、と告げる。

 足場が悪い以上、進行速度を決めるのは敏捷性ではなく、歩幅だ。

 勇んで距離を詰めていく騎士たちの耳に、オーガスタとサルバトーレを担いだレッドブラフの制止は届かない。


「ドンピシャだな」


 ラウトが注目を集めた一瞬の内、無頼はベロニカからの指示を受け取っていた。声を出さないハンドサインの指示は詳細を伝えるのは難しいが、進め戻れ程度なら付け焼刃でも扱える。

 髑髏マスクを着け直した無頼が魔力糸を切り拓いて進み、あたふたと逃げるラウトを回収する。

 その一連の動作は騎士たちに一行の狙いを教え、自分たちの立ち位置の危うさ(、、、)を自覚させる。


「《歯車糸車。全てを飲み込み、砕き、巻き取る》」


 足元を魔力糸で覆われた視界は距離感を惑わせ、厄介な相手を排除したいと沸き立つ欲目は判断を狂わせる。

 彼らは今、知らぬ間にミロシュの射程圏内へと踏み込んでいた。


「嫌だ、やめてくれ!」

「くそっ、くそっ、くそっ!!」


 魔力糸に足を取られて転倒した騎士が嘆き、どれだけ足を動かしても前に進まない。

 ベロニカの要望にぴったりと応えたミロシュの魔道術は、魔力糸を掻い潜って逃げようとする騎士たちを吸い寄せていく。


 バキッ、バキッ!


 同じように吸い寄せられた馬車が巻き込まれ、砕け散る。

 その様を見て巻き込まれている騎士たちは顔面を蒼白に、逃げ延びた騎士たちも助けに向かおうとする気力を削がれ、呆然と眺めていた。


「魔道術とは……これほど恐ろしいものだったのか……」


 単身レッドブラフが斬り込んでいく姿を視界に、騎士の一人が呟く。

 ミロシュの魔道術は、魔力糸を絡め取る歯車を創り出していた。

 空気を魔力で固めた歯車はミロシュが止めるまで延々と回り続け、無造作に広がる姉弟子オリンピアの魔力糸共々、踏み込んだ騎士たちを巻き込んでいる。

 幸か不幸かまだ一人も歯車に飲み込まれていないが、粉々に砕かれた馬車を見て、残量を充分に蓄えた魔力糸の河を見て、表情を絶望に染めていく。


「ラウト、あいつ」


 右往左往する騎士の面々を眺め、ベロニカは無情な指示を出す。

 ラウトは少しだけ躊躇いを浮かべ、けれども敢て催促しないベロニカに引き摺られるようにして、弓矢を放つ。

 ピンっと弦が鳴る。

 矢はあと少しで逃げ切れる騎士の背中に刺さり、それを助けようと飛び込んだ騎士もまた、ベロニカの指示で射倒される。


「ラウト、罪悪感は感じなくていいよ」


 呼吸を早めるラウトの様子に気付いたベロニカは、大丈夫と首を振る。

 ラウトは平然としたベロニカを訝しみ、それ程までに怒りを抱いていたのかと恐れる。


「この魔道術には、明確な(、、、)終わりがあります」


 施術者のミロシュがベロニカに先んずる。

 ミロシュと無頼、そしてベロニカの視線は魔力糸の奔流に紛れたオリンピアの義体に注がれ、オリンピアの人造魔力核――蒼氷の双眸は、身体が息絶えて尚魔力を排出し続けていた。

 あの蒼氷の瞳がミロシュの魔道術に巻き込まれた時、オリンピアの魔力糸は残らず消えて無くなる。必死に逃げる騎士たちはオリンピアの魔力核より遠く離れていて、冷静かつ客観的に考えたなら、巻き込まれることはないと容易に知ることが出来る。


「そもそも、私たちの勝利条件は?」


 ベロニカはラウトに指示を出すのを止める。


「先手を打って地の利は得た。ラウトは的確な射撃で相手の足を止め、無頼は一人で前線を持ち堪えた。でも、そのままだと勝てない。こっちは四人、相手は三十人以上。無頼の『亡霊挽歌』でも一人二人斬るのがやっとなんだよ。ミロシュが魔道術を使って環境マナが戻ってからは、形勢はガラリと変わる」

「……魔道術?」

「そう、相手も魔道術を使える。だから私たちはこの状況を利用して可能な限り溜めないといけない」


 仲間を殺させまいと魔力糸を切り裂き進むレッドブラフを指差し、ベロニカはポツリと零す。


「疲労と、恐怖心を」




 オリンピアの登場により一行は環境マナを抑えた圧倒的優位を手放すことを強いられたが、その代わりに僅かな勝ち筋と見出すことに繋がった。

 どれだけ個の戦力が高かろうと、一度に相手に出来る数には限度がある。

 例えば無頼の相手を犠牲覚悟で他の騎士たちに任せ、足止めを行う。その隙にレッドブラフやオーガスタなど、敵方の個人技に長けた者たちが後衛のミロシュやラウトを脅かせば端から苦戦はしない。


(正々堂々を貴ぶ騎士道……もしくは身内の犠牲を嫌ったか……)


 ラウトの矢で射抜かれ、凶悪な魔道術に腰が抜け、当初は三十人を数えた『紅燕の旅団』は半数が脱落していた。

 ベロニカの策は、空回りすることなく嵌っていた。

 無頼と旅団の行動を先読みして飛ばすラウトやミロシュへの指示は的確で、それを為す洞察力は、人を動かすと言う一点においてのみ、未来を視たアーデルハイドよりも優れている。


「……」


 人には向き不向きがある、と無頼は知っている。得意と願望は必ず噛み合う訳ではなく、時には正反対の属性を持ち苦悩を与える。

 自ら戦いに出て虜囚となったお姫様は、皮肉にも後方に構えて指示を出す能力に長けていた。

 剣を持ち並んで戦いたい。その為に腕を取り戻したい。

 そう望むベロニカはの才能に、左腕は必要ない。


「無頼、ミロ! そろそろだよ!!」


 二人の背中に、戦闘意欲を鼓舞する声援が届く。

 見るとオリンピアの義体はミロシュの創り出した歯車に飲まれ始め、生気の欠けた表情が砕かれるまでそう時間は掛からない。

 そして邪魔な魔力糸が消えた後には、『紅燕の旅団』との戦闘が再開する。


「ミロシュ、ローニャを連れて下がれ!」


 無頼の直感が、危険を嗅ぎ取る。

 何が危険なのか、と問われたら、叫んだ当初の無頼は閉口するしかない。

 危険な何かを感じ取ったのは無頼の経験が培った直感で、亡霊を経由して広がる無頼の第六感と言っても差し支えがない。


「どうしたんですか!」


 眉根を寄せたミロシュが振り返る。

 誰もが戦闘再開に注意を向けた瞬間を突かれて――――


「はにゃぁっ!!」


 ――――ベロニカの矮躯は、空に浚われた。

 通り過ぎた影は一瞬の合間を縫い、過ぎ去った後には旋風が舞う。

 遠く頭上から、ベロニカの悲鳴がドップラー効果で聞こえる。


「え、ちょっ!」

「ちぃっ!」


 無頼とミロシュは相手のやり方に口惜しさを噛み締め、ラウトは番えた弓矢を降ろして首を振る。

 空高く、ベロニカは三人の誰も手の出せない領域に攫われてしまった。

 上空から舞い落ちるのは青白い羽根で、瞬く間にベロニカを攫ったのは背中に大翼を背負った翼人である。


「羽根……くそっ!!」


 無頼はゆらゆらと落ちる羽根を掴み取り、擦れ違い際に見えた真っ赤な髪を思い出し舌打ちする。

 翼人が希少な存在だという仮定を鵜呑みにするなら、無頼はベロニカを連れ去った翼人の容姿に心当たりがある。


「ローニャ、空に!」

「まさか……、リルエットさんですか?!」

「分からん!」

「何故!!」

「ミロシュ、誰、何故を考えるより、どうやって取り戻すかを――――」


 上空を周遊するベロニカと翼人を見上げ、三人は右往左往する。

 必死に取り戻す策を練る三人の目の前で、オリンピアの魔力糸が霧散する。


「まだ猶予はある筈なのに……」


 ミロシュが絶句し、無頼とラウトが武器を構える。


「俺たちが、いつまでも良いようにやられると思ったのか?」


 三人の目の前には、レッドブラフが立っていた。

 魔力糸の奔流を切り裂いて進み、巻き込まれるリスクを冒して自らの手でオリンピアの魔力核を砕いたのである。

 煌々と魔力を滾らせ、レッドブラフは無頼を睨む。


「俺たちを、舐めるなよ」




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