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橋と馬車と③



 ベロニカの宣言を皮切りに、静寂を保った橋に鬨の声が轟く。

 鬨の声をあげるのは『紅燕の旅団』で、魔力にも似た熱気が戦場を整えていく。


「ラウト」


 戦場を盛り上げる『紅燕の旅団』とは逆に、ベロニカは静かに指示を出す。

 当人以外誰一人拾わない指示を受け、ラウトは指を離す。


「がぁっ!」


 ラウトの放った弓矢は一直線にチェサに向かい、無警戒の(、、、、)躰に突き刺さる。続いて放たれた矢はレッドブラフを襲うが、レッドブラフは紅剣で難なく斬り落とす。

 右足の付け根を貫かれて膝を付くチェサを庇うように立ち、レッドブラフは憤る。


「卑怯なっ!」


 そこで初めて、レッドブラフはラウトを知覚する。

 暗殺者のマントを羽織り、ラウトはジッと機を窺っていた。橋の上に物理的な遮蔽物は何一つないが、近くでは圧倒的な存在感を持つ無頼と魔力で意識を釘付けにするミロシュがいる。

 マントの魔道刻印も助け、ラウトは完全に橋の一部となっていた。


「大勢で囲むお前たちが言うのか?」


 注意がラウトに向いた一瞬の間に、無頼は距離を詰めてレッドブラフに斬りかかる。

 斜め上から下に一直線。

 咄嗟に受けようとした紅剣を動かし、レッドブラフは躰を捩って躱す。

 魔力を纏った剣風が鼻先を撫で、触れてもいないのに髪の毛が数本、眼前を舞う。


(今のを避けるのか……!?)


 完全に隙を突き、逃げ場を一切与えなかった袈裟切りを避けられ、無頼はレッドブラフの第一印象を上方修正する。

 レッドブラフを決して甘く見ていた訳ではないのだが、オーガスタやチェサが見せた熟練者のオーラのような気迫を、レッドブラフからは感じ取ることは出来なかったのだ。


「ふふっ!」


 髑髏マスクの下、無頼は自然な笑みを浮かべる。

 刃の向きを変え、足を滑らせて逃げるレッドブラフの躰に追撃を叩き込む。


「――ッ!!」


 悠々と避けきれる(、、、、、)軌道の斬撃を、レッドブラフは間一髪で受け止める。『亡霊挽歌』の切先が模造品(レプリカ)を押し込み、腕を裂く。

 血が滴り、レッドブラフは表情を苦痛で歪める。


「この、どこまでも……!!」


 ギリギリと迫る魔剣を押し返し、レッドブラフは紅剣を構える。


「軽薄そうなナリをして、意外と仲間想いだな」


 剣先を濡らした血が蒸発し、鉄錆の臭いが薄く広がる。

 笑顔で振るわれる『亡霊挽歌』を受けるレッドブラフの背後には足を射られたチェサがいて、レッドブラフが一歩でも下がれば魔剣の切先は忽ち傷付いたチェサに届く。

 レッドブラフは必死に無頼の斬撃を受け流し、時に斬り返して間を稼ぐ。


「チェサ、何故下がらん!」

「副団長殿、傷が塞がらんのです!」


 苛立ち紛れに後ろのチェサに叫ぶが、返ってくるのは悲痛の声で、右足から流れ落ちた血は止まる気配がない。

 怪我は塞がって然るべき、との前提を二人は共有していて、無頼はその妙な前提を訝しむ。


(……どういうことだ?)


 この世界には、まだまだ無頼が知らないことが沢山存在する。

 それはベロニカやラウト、魔法使いの指導を受けたミロシュも同じであり、初見で相対する場合、僅かな違和感を逃さない洞察力がそのまま生存率に影響すると一行は知っていた。


(腕の傷が塞がっている……何故……?)


 今まで相対して来た魔道士や騎士の中に、膨大な魔力を保持して義体を遠隔操作する者はいたが、生身(、、)に与えた傷を瞬時に修復する者はいなかった。

 コートに刻まれたような魔道刻印なら瞬時に再生させることも可能だろうが、魔道刻印は肉体に刻めないとの大前提に反する。似た特性を手に入れた無頼は、アーデルハイドのように例外中の例外である。


「無頼、下がって!!」


 目の前の相手を分析する無頼の耳に、ベロニカの指示が届く。

 無頼はレッドブラフの剣戟を打ち払い、二歩三歩と後退する。気付けばレッドブラフとチェサを追って無頼は相当前に出ており、無頼を囲んで仕留めようと幾人もの騎士が飛び出していた。


「覚悟っ!!」


 オーガスタの槍が魔剣と交錯して火花が散る。側面から切り込んできた騎士の攻撃を躱し、鎧の端を掴み投げ飛ばす。背後に回って槍を突き出したオーガスタの攻撃を紙一重で避け、左拳で殴り付ける。

 背後を塞いだオーガスタが退き、無頼は大きく後ろに下がる。


「逃がすか!」


 好機とばかりに飛び込んだ騎士の胸元を、『亡霊挽歌』の切先が撫でる。

 速く鋭く、けれども斬撃は鎧に弾き返される。


「ちぃっ!」


 よろよろと後退る騎士を見て無頼は舌打ちする。

 灰色熊の強化種のような硬化を鎧に刻んでいるのだろう。鎧の表面に切れ込みは入っていたが、中の肉体までは達したとは言い難い。灰色熊のような巨躯を持たず、対人戦闘の経験を積んだ騎士たちに、大振りを当てるのは無理だと見切りをつける。

 距離が生まれたのを良いことに、無頼は『亡霊挽歌』を鞘に収めて後退する足を速める。


「待て、それ以上寄るな!」


 更に追撃を掛けようと踏み込んだ騎士たちを、レッドブラフが留める。

 無頼の体勢、鞘で溜め込んだ魔力、機敏に動く瞳の先――そこから狙いを割り出せたのは、レッドブラフだけであった。


「もう遅いぞ」


 無頼は右足で大きく踏み込み、『亡霊挽歌』を抜き放つ。

 紫電一閃。

 シャンと小気味いい音を立て鞘から滑り出した紫の刀身は、足を止めて防御姿勢を取った騎士たちの躰を通り抜ける。

 魔剣そのものは届いてはいないが魔力の残滓は魔道刻印を裂き、騎士の片方は胸から血を流して倒れる。

 九死に一生を得たもう一人の騎士も、ラウトに鎧の繋ぎ目を射られて転倒する。

 矢が突き立ったのは腰付近――そこを射られては、満足に足を動かせなくなるとラウトは知っていた。


 刀身を再び鞘に収めた無頼は、足取り軽やかにミロシュたちの元に戻る。

 アレだけの斬り合いをして、仕留めた騎士はたったの二人。

 無頼自身は傷を負っていないが、敵の主力級――レッドブラフにオーガスタ辺りは健在で、手負いのチェサにすら一太刀も浴びせることが適わなかった。


保管(プール)した魔力が妙に少ないな……」


 胸を裂かれ倒れた騎士の前に立ち、レットブラフは吐き捨てる。並び立つオーガスタもそれは感じていたようで、深刻な表情でミロシュを見つめる。


「あの魔道士の仕業か……」

「恐らくは」


 個人技ではなく、集団戦闘を主とする『紅燕の旅団』にとって、環境マナを独り占めにするミロシュのような魔道士は優先して排除しなければならない対象である。

 特別な技能(、、、、、)により繋がっている彼らにとって、魔力の専有は戦力の低下に直結する。


「団長は、到着済みです」


 オーガスタは顔を上げ、雲間の陰を探す。

 身体能力は上がり、傷口は塞がる。彼らの魔道術が発動しているのは確かであるが、いつもに比べて格段に効果が薄い。

 環境マナを戻すには、ミロシュに魔道術を使わせなければならない。けれどミロシュは牽制や補助に魔道術を一切充てず、無頼一人が前線を支えている。

 魔道術を使わせるには無頼が対応し切れない数を差し向けるのが一番だが、膨大な魔力を蓄えたミロシュの前に、囮として団員を差し出すことは出来なかった。




「あら、苦戦しているの?」


 橋を塞いで睨み合う一行と旅団の間に、簡素な黒ドレスを纏った女が歩み出る。

 何食わぬ顔で戦場に降り立った女は蒼氷の瞳に怪しげな光を宿し、全員の注目が集めた中で口を開く。


「いいわ、手伝いましょう。ふふっ、《私は、強欲》」


 その詠唱――たった一節で、場の空気がガラリと変わる。

 三十人以上が一堂に会した最中、彼女の素性に行き着いたのは四人だけ。

 同じ句を耳にした憶えのあるミロシュに無頼、そして何度か会ったことのあるレッドブラフとチェサ――その誰もが彼女の存在に驚き、同時に疎ましく思う。


「三賢魔道士オリンピア……!」

「何故、あなたがここに……」


 無頼とミロシュは呆然と呟き、ベロニカだけが唯一、現状を正しく認識していた。


「ミロ、無頼、魔道術がこっちに向いてる! ラウト、撃って、敵だから!!」


 ベロニカは素早く指示を飛ばし、無頼は言われるまでもないと距離を詰める。

 ラウトの放った矢は真っ直ぐオリンピアの躰に吸い込まれ、少し遅れて無頼の斬撃が迫る。


 キンッ! キンッッ!!


 ラウトの矢は獣人の少年騎士の剣で弾かれ、無頼の斬撃はオーガスタの紅槍で受けとめられる。

 無頼はオリンピア、オーガスタ、少年騎士の順に視線を巡らせ、突き崩し易い箇所(、、、、、、、、)に狙いを定める。


「サルバトーレ、下がれ!」

「俺だって!!」


 オーガスタの紅槍を押し返した無頼は、下から迫るサルバトーレを待ち受ける。

 剣を封じられた無頼を見て、隙を晒したと勇んで飛び込んだサルバトーレは、オーガスタを撥ね退けて万全の状態の無頼と対峙する。

 闇夜のような黒曜の瞳に射竦められ、サルバトーレは反射的に震える。


「……っ!!」


 恐怖で剣先が鈍り、その僅かな間に無頼の左腕が割り込む。

 左腕はサルバトーレの鎧を掴み、丸太のように太い無頼の左足が華奢な躰に叩き込まれる。何本もの肋骨が砕ける音がして、サルバトーレは苦痛に耐えきれず蹲る。剣を手放してはいないが、利き腕側が砕けては満足に振るうことは出来ない。

 無頼はその矮躯に向かって魔剣を振り上げる。


「くそっ、サルバトーレ!」


 そして容赦なく命を刈り取る一撃を防ごうと身を乗り出したオーガスタを見て、無頼は笑みを零す。


「ようこそ」

「っ!!」


 振り下ろした『亡霊挽歌』は途中で軌道を変える。フェイントだ、と気付いた時には魔剣はオーガスタの蟀谷に届いていた。

 オーガスタの巨躯が数メートル飛び、倒れて微動だにしなくなる。


「殺しはしないぞ。お前には、借りがあるからな」


 無頼は咄嗟に刃を返し、オーガスタを刀背で打ったのだ。場所が場所だけに致命的な障害が残る可能性も捨てきれないが、見るからに頑強そうなオーガスタの体躯なら問題ないと無頼は判断した。少なくとも、脳みそを晒すよりはマシだ、と。


「お前も、ついでだ」


 無頼は魔剣を鞘に収め、サルバトーレの襟首を掴みオリンピアに向けて放り投げる。オリンピアは難なく躱してみせたが、受け身を取れなかったサルバトーレは小さな悲鳴を零し、脇腹を押さえて動かなくなる。


「相変わらず、素敵な瞳」


 詠唱を終え、魔道術を完成させたオリンピアが口を開く。

 以前と同じ蒼氷の瞳が以前と同じモノを見て、以前と違う口元が言葉を紡ぎ出す。

 無頼はオリンピアの挑発染みた言動に取り合わず、ミロシュに迫る素振りをみせたレッドブラフを警戒する。


「環境マナは、ミロシュが悉く抑えたと思っていたが……!」


 無頼は誰にも聞こえない声量で嘆き、それを亡霊たちが拾う。


"これは青目の魔道士が凄い"

"体内魔力を遠慮なく燃やして、ほぼゼロから作ってるわ"

"さあ、無頼。身構えなさい。来ますよ"


 亡霊たちが囁き、無頼は髑髏マスクを外して待ち構える。

 無頼が構えた様を満足気に見つめるオリンピアは最後の一節を紡ごうと口を開き、前髪の垂れた額に矢が突き立つ。


「《全ては私の……手の上で……》」


 カンッと頭蓋骨を貫通する音が橋に響き、仰け反った頭部から最後の一節が漏れ出す。

 背後から舌打ちが聞こえる。

 ラウトか、ミロシュか、ベロニカか。

 誰のものとも知れない舌打ちは、何より的確に状況を説明していた。


 オリンピアの魔道術は完成した。

 その魔道術には、一行が手にしたアドバンテージを捨て対処しなければならない。


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