【日記】酒の席、字が揺れる
三十六日目
俺は字の綺麗さには自信がある。
巨躯に似合わぬ器用さと律儀な性格……自分で言うのも妙だが、正確に模写するのは得意分野だ。
だが、今の俺の字はぐにゃぐにゃと曲がっている。
指先が覚束ないのか、視界が安定しないのかは分からない。
アルコールには強いと思っていたが、流石に蒸留酒を一本空けると酔いが回る。
この世界のお酒は美味しい。
街の酒場で出されるエールは温くて飲めたものではないが、ブドウや麦を使った蒸留酒は安い値で取引される割には味が良い。ウィスキーやウォッカの味を舌が思い出し、懐かしい気分にさせてくれる。
ミロシュに内緒でウィスキーの瓶が二本、魔法の鞄にしまってある。
本当は野営のお供にしたいが、飲めばローニャとラウトに気付かれてしまう。
それに買ってから気付いた。
仕方ないので、次の街での手土産にするしかない。
蒸留酒やツマミはローニャの祖国、聖王国の情報を集めるついでに手に入れた。
肝心の情報は……中々に酷いものだった。
現王はローニャの従妹イサベルで、ローニャの叔父の娘。
年齢は十二歳、ローニャの二歳下だ。
戦死した父親の代わりに戦火に塗れた国内を纏め、復興の足掛かりを南部自由都市連合に依頼しているらしい。
ただ、その方法はあまり賢いものではない。
復興と言う名の都市の改修改築に反対する官僚には容赦なく懲罰を与え、出資を渋る商人には言い掛かり染みた罪状を叩き付け財産を没収する。
戦後復興の名の下で行われるのは無邪気な独裁政治で、残忍さを滲ませる恐怖政治に正面切って反対できる者は存在しない。最初は協力していた南部の商人たちも、今は尻込みしているそうだ。
聖王国の諸侯は独立を望んでいるが、北国の冬は死者が出る。南部と違い纏まらなければ、守るべき領民が領主のエゴで死んでしまうのだ。
独立したのは、帝国との戦端となったゲイリー辺境伯の治めるビズマークとその周辺だけであり、他の諸侯を纏め上げ再び王家に反旗を翻そうとする意志は見られない。
突くなら、間違いなくこの部分だ。
ローニャは恐らく、祖国での人気が高いのだろう。
あの容姿、遠く離れたソルトレイクで暮らすテラーさんですら知っている血筋、悲劇染みた生い立ち。
混乱する国家に一波乱起こすには充分な劇物だ。
旗印を立て、資金を用意して領土の正当性を主張して奪い去る。
地図で見る限りゲイリー伯の治めるビズマーク辺りを抑えたならネブラスカ北部まで食い込める。ダコタ王国、ダラビッズ共和国を取り込んでからなら、フォーサイシアまで難なく……。
いや、笑われても仕方ないな。
今の俺とローニャは、何も持っていない。
まず欠けたモノを取り返し、次を手に入れる準備を整えなければならない。
それが俺たちの、旅の目的なのかもしれない。




